第9話 養護施設でのできごと

その後は楽しくみんなでゲームや会食をして、夜にはお風呂に入り一日を無事に終えた。

今は丁度夏休みらしい。恐らくだが、俺が刺されて入院したのが7月9日で、そこから一ヶ月経過の8月9日に《しらいし》白石きわこ喜和子として転生して退院したのだろう。

寮母の神前によると、この養護施設は小学校までの卒業の資格も取れるらしく、実質は養護施設兼学校のようだ。

けれど、学校の役割は小学校までで、中学校からは別で通うことになっているそうだ。

俺が本当の中川なかがわりゅうに戻るまでにどのくらい掛かるのだろうか。早く戻るためにはどうすればいいのか。

俺は二段ベッドの下で考える。しばらく戻らないことも想定して過ごすべきなのだろう。

俺が悶々としていると、ベッドの上の段から顔を出してくる。それは勿論、《えまかわ》江間川だいすけ大輔だった。

「よっ」

「アンタさ、色々な人の身体を借りて俺に何かを言ってくるけど何なの?」

「いや、それはさ、俺がこの転生をさせてしまったことと、神様から監視しろって言われているからさ。っていうか、こう見えて《えんま》閻魔だいおう大王の仕事って《ひま》暇なんだよね」

「あっそ」

江間川は暇を持て余していたからこの転生を実行したか。

そう思うと、とてつもなく殴りたい気分になる。

けれど、今の自分の身体じゃ、江間川に攻撃しても意味ないだろう。

「へぇ。解ってんじゃん」

「うざー。心読むなよ」

「いや、聞こえてくるからね」

「本当、うざい」

「うざい連呼しても君の身体が戻ることはないよ。君が反省しないと」

「反省ねぇ。どうやって」

「それはこれから起こることに君がどうやっていくかだよ」

江間川は姿を消した。消したというより、映見に戻って頭を引っ込めたというのが正しい。

江間川に一時的に身体を乗っ取られた人間はその間の記憶がないようだ。

映見も島本も覚えていない。本当の意味で江間川の能力を実感する。

反省ってどうやるんだっけ。俺は考えることを止めて眠りについた。


*************

養護施設での生活は平和そのもので、退屈だった。

けれど、俺自身、お笑い芸人として大活躍していたときの慌しさよりは幾分、気楽だった。

夏休み期間でも午前中の3コマ授業が週5であとは自由時間。

朝昼晩と夕飯つき。カウンセラーも居る。ここには俺と同じ7歳のコは映見と《きみじま》君島りょうこ諒子というコだった。

俺らより上の年齢のコが何人かいるが、名前と顔がすぐに覚えられなかった。まあ、その内、覚えられるだろう。

ただ7歳の子供として過ごすのは想像以上に疲れる。毎日、怪しまれないように子供のフリをした。

某探偵漫画の主人公が尊敬に値すると思えてきた。本当は28歳の男性で、今は7歳。ため息が出る。

「はぁ」

「どうしたの?」

寮母の神前が話しかけてきた。

「いや。特には」

「色々と不安だよね。少し、管理室で話そうか?相談、乗るよ?」

「いや。いいです。そんな大したことじゃないので」

「大したことじゃないって?」

神前は俺が深刻な悩みを抱えていると思っているらしい。

気を遣ってのことだが、俺としては放置してほしいところだ。神前は俺の顔を見るという。

「私があなたくらいのときは何も考えていなかったわ。というのも7歳の小学校1年生のコは本当に子供だから。大人に甘えるものだからね。喜和子ちゃんのふとしたときに見せる大人びて憂いた表情を見ていると心配になるのよ。まあ、大したことないならいいけど。いつでも相談に乗るからね」

「あ。はい」

神前は俺の表情をよく見ているようだ。大人びて憂いた表情という言葉に少し焦った。

ばれることはないにしろ、勘が鋭い人みたいだ。

「私、売られそうになって。それがまあ、ちょっとショックというか」

「だよね。こんなに可愛いと本当、心配になってくる」

「いや、まあ、自分でもよく解らないんですけどね」

「そう。でもね、大丈夫。私含む、養護施設のみんなが守ってあげるからね!」

「あ、ありがとうございます」

神前は俺の頭を優しく撫でる。初対面の神前についてはあまり良い印象がなかった。

失礼な人なのではないかと思ってまった。

けれど、今日までの神前は真面目で子供たちのことを第一に考えるすばらしい人に思えた。これまでの自分の人生が情けないものに思えた。

 調子こいていたのは自覚していた。現に女にモテたし、すぐに関係を持ち込むこともできた。お笑いも正直、俺よりも隆の力に依存していた。

「喜和子ちゃん」

「何ですか?」

「喜和子ちゃんの夢はなに?」

「夢?ですか?」

「そう、将来どうなりたいかってこと」

俺は急に振られた質問にどう答えたいいか迷う。正直に答えるも何も、仮の器だしと思えた。答えに困っていると神前が笑う。

「そんなにすぐには決まらないよね」

「は、はい」

「ゆっくりでいいからね。何かを成し遂げなくてもいい。ただ人を傷つけたり、自分の欲ばかりを優先して生きるのは良くないよ。生きるのは大変だから。要は幸せだったらそれでいいんだよ」

 幸せなんて、考えたこともない。ただ退屈に生きるのが嫌でお笑いになった。

 想像よりもお笑いの世界は上下関係も厳しく、芸能界という場所自体が酷いものだと実感している。

その反動から、俺は自分自身を少しだけ恥じた。

欲のままに、自分の思いばかりを優先して生きてきた。

それでもずっと、隆は相方として支えてくれた。なのに俺は。俺は隆を申し訳なく思った。

隆は今何をしているのだろうか。まあ、本当にこの身体が元に戻る保障もないし、白石喜和子として生きる自信はない。

もしかしたら、江間川の言うように俺と喜和子は死ぬのだろう。喜和子は本当に何も関係ないのにこんなことになるなんて。

あまりにも理不尽ではないだろうか。俺はいつの間にか喜和子に対しての同情の思いがいっぱいになった。

「どうしたの?暗い顔して」

「ん?いや。大丈夫です」

「ここの皆は喜和子ちゃんの味方だよ」

「ありがとうございます」

「でね」

 俺はこの後、神前が話す内容が頭に入らなかった。隆は今、俺をどう思っているか解らない。

俺がこうなる前、隆を酷く失望させた。ライブの日にネタの紙を失くし、紙を再発行させた。俺に原因がある。でも、もし、やり直せるなら真面目に。

「真面目にやれるの?」

「は?」

さっきまで隣に居た神前ではなく江間川大輔に姿が変わっていた。江間川は笑っている。やっぱり気に食わない。

「散々やりたい放題やっていたのに?今更?」

「今更で悪いか」

「いや。俺はお前が意外と早く反省の兆候が見えて内心嬉しいよ」

「だったら戻せ」

「おっと、それとこれとは別。それに俺だけの権限で身体戻すことできんのよ。まあ、神様の力が必要で」

「はぁ。もう」

俺は江間川に何を言っても無駄だと思った。ため息をついたところでどうにかなるわけではない。

問題はどんなことがあれば俺は元に戻れるのだろうか。江間川が言う。

「まあ。君はこのまま白川喜和子で過ごさないといけない」

「解っているよ。つか、まだ戻んないの?」

「はいはい。じゃーね」

江間川はいつのまにか消え、神前に戻っていた。神前が何かの話の続きを再開する。

「それで今度はさ」

神前が何かを言っているが適当に相槌をした。

その後も適当に俺は話を流した。これからどうなるのか。俺自身も解らない。

ただ、江間川の言っていた「金持ちの養子になる」ということは本当なのだろうか。いずれにせよ、俺はもう流れに身を任せることにした。


養護施設でのできごと 了

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