第8話 俺の評判

人を純粋に好きになるという感情は俺にない。というより昔から人としての何かを忘れているのか。単なる欲の吐き出しで女との関係を持っていた。

第三者からするとそれは「クズ」だろう。欲を満たすために関係を持つ。

俺が反省すれば、この白井しらい喜和子きわこも俺自身も元に戻れる。俺にはどう反省すればいいのか、やはり解らなかった。

「じゃあ、映見ちゃんは島本さんが好きなんだ」

「あ。いや。その」

「別に隠さなくていいよ」

「まあ、そうかな。憧れに近いけどね。あ、そうだ。喜和子ちゃんも七歳なんだよね?」

「うん」

「じゃあ。学校も一緒だね。楽しみ」

映見との学校生活も悪くないかもしれないと思った。

ただ、俺の中身が28歳だから、再び、学校生活に戻るのかと思うと面倒臭さを感じた。

そんなことを思っていると、部屋に着いたらしい。

部屋は二人部屋用で、トイレとお風呂が常設、二段ベッドに二つの机、それほど狭くなかった。

映見の机は女の子らしい雰囲気でかわいらしかった。映見は自分の机の引き出しから、未使用の鉛筆を出す。

「これ。良かったら使って」

「あ、ありがとう」

その鉛筆は俺の写真がプリントされているものだった。

正確には身体がこうなる前のダウトの俺の写真がプリントされているものだ。

これは公式サイトで12本入り、俺と隆の写真がそれぞれ6本で印刷されて販売されている。

複雑な気分だ。俺は喜ぶフリをしながら聞く。

「映見ちゃんはダウトの劉が好きなの?」

「うーん。そうでもないかも。ダウトが好きって感じかな。劉の入院は可哀相だと思うけど」

俺は何気に映見が俺を非難しないことが少しだけ嬉しかった。

映見はグッズを買うくらいのファンってことか。

ダウトの人気は小学生にまで派生していたのだろう。

確かにライブに来るのは若い女性ばかりだ。親子で来る人もいた。俺は興味本位で質問をぶつける。

「映見ちゃんは劉と隆のどっちと結婚したい?」

「結婚?」

「そうそう」

「そうだね。隆かな。正直、劉は遊び酷いみたいだしね」

「そっか」

俺はこれが一般人の直の声かと思った。本当に俺の素行そこうは知れ渡っているのかと同時に実感した。

これは俺自身が撒いた種でもある。

お笑いは笑いを取っているだけじゃダメだという隆の言葉が今になって突き刺さる。

今しがた知り合いになったばかりの少女に言われただけなのに。俺は少しだけショックを受けている。

「おい」

「は?」

いつの間にか映見が江間川大輔の姿になっていた。

背丈せたけは映見だが、顔が江間川。気持ち悪くて俺は離れる。アンバランスさは奇妙を上回り、奇怪きかいにものに見えた。

「気持ち悪っ」

「なんだと!」

「だってキモいじゃん。顔だけおじさんだって」

「悪かったな。お前、クズだな」

「クズで結構」

「はぁ。これじゃあ、お前のせいで喜和子ちゃん死ぬぞ」

「は?俺。関係ないし」

「あーあ。もう」

江間川はうざったそうな顔をした。

その表情は心底、俺をバカにしているようにも見えた。ところで、なぜ江間川になったのか。俺が呼び寄せた覚えはない。

「呼び寄せた憶えはなくとも、お前のクズさに説教しに来たの」

「説教ね。俺は説教される覚えがない」

「お前は本当に反省しろ」

「はいはい。江間川さんの言うとおり、俺の評判の悪さって小学生にまで広まっていたんだな」

「おうよ。君の相方の岩崎隆くんの言うとおりだったでしょう?」

「そうですねぇ」

江間川は俺を馬鹿にするような表情で見る。

俺はその見方が気に入らない。やはり、この江間川自体が気に入らない。

ムカつく野郎としか思えない。

「君が改心しないと、この身体の持ち主の本物の喜和子ちゃんも助からないんだよ?解っているの??」

「解っているとかどうの、の前にさ俺だって好きでこの子の身体に転生したわけじゃねぇよ」

「あーいいの?俺に立て突くとどうなるか」

「っぐふ」

 心臓がきゅっとなり苦しくなる。俺は屈む。本当に俺と喜和子を殺そうとしているのか。

だとしても、この喜和子になんの罪があってのことだろう。可哀相じゃないか。

「でしょう?可哀相でしょう?そうそう。そういう気持ち。思いやる気持が大事。だから、俺に逆らったらだめ。いいね?」

「っくそ。解ったよ。あー」

心臓の痛みは消えて元気になった。やはり江間川は俺の命を自由に操れるのか。

それとも神様からの指令で俺の命すらも自由に出来るのだろうか。

「あのさ。神様ってどんな存在なの?」

「どんな存在って?姿のこと??」

「ああ、そうだよ」

「そうだね。強いて言うならスマートって感じかな。とても賢い。そして慈悲深い。でね」

江間川が神様について語る姿は不思議な雰囲気だった。

神聖な者に見えた。江間川が閻魔大王である証明のようにも思えた。

江間川は正真正銘の閻魔大王で間違いなかった。

「お前、俺の話聞いていたか?つか、俺は正真正銘の閻魔大王だからな。お前の考えていること筒抜けだから」

「っ」

「そ。それに神聖な者みたいに思ってくれてありがとうよ」

「は?照れてるのか?おい」

「あーうるさい」

江間川はかくんと下を向く。するとクビをあげて俺のほうを向いた。

映見に戻っていた。俺が驚いているのを映見は笑う。

「え?なんで驚いているの?どうしたの?」

「あ。いや。別に」

さっきまで違うおっさんになっていたよ、何て言えるわけがない。

「お部屋の案内が終わったから、ホールに戻ろっか」

「あのさ、映見ちゃん。私、人見知りだから、誤解されるかもだけど。映見ちゃんだけは味方でいてくれないかな」

「ん?ああ。いいよ。私も喜和子ちゃんと友達になりたいって思っているから」

映見はまぶしいくらいの笑顔だった。

これでひとまず、心細い状況からは抜け出せる。我ながら七歳の子供のフリをするのは厳しいと思っていた。

けれど、何とかやれそうに思えた。少し人見知りって設定にしておけばいい。

映見と俺は手を繋いでホールに向かった。


俺の評判  了

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