第7話 養護施設てんし
俺が本当は28歳の男と、この看護師に言っても意味のないことだ。
誰が信じる。見た目は明らかに小学校一年生の女児だ。
「でも、本当、世の中には信じられないことってあるね。子供を人に売るなんて。私にはそんなことできない」
看護師の偽善的な見解に、俺は自分自身もその信じられないことが身に起きていますと宣言したくなった。
俺はこの白石喜和子が可哀相に思えた。
無事に人身売買から逃れても入院してしまい、俺と入れ替わり、挙句の果て運命すらも俺の手にある。
どこまでこの美少女に災難が起きたのだろう。何故に災難が降り掛ったのだろうか。神様のミスにしても酷い有様だ。
「だから、私は喜和子ちゃんがこれからも幸せに過ごせるように祈っているよ」
「ありがとう」
「何か遭ったら私のとこに着てよ」
「え?」
「富山病院の桐山聡子を頼ってね。私、実はここの令嬢なの」
俺はこの看護師の女を少し、鬱陶しいと思っていたが、中々に良い人だと見直した。
業務中に無駄口を叩いても注意されないのはそんな理由だったのか。
そもそも、この看護師が桐山聡子というのを今さっき知った。
俺はとことん、興味のない事柄は憶えられない。桐山は俺の頭を優しく撫でた。
「私、喜和子ちゃんのこと気に入っちゃった。可愛い」
「はぁ。どうも」
やはり、この見た目はかなり得をするらしい。あくまで得はするけど、色々と苦労もしそうに思えた。
白石喜和子の母親は死んでいる。本当の父親はどうなったのだろうか。
会ったりしていたのだろうか。それとも。俺は自分自身を思い出していた。
俺には兄弟がおらず、両親との三人家族だった。
高校卒業の前日、両親は交通事故で死んだ。まだ50代くらいだったと思う。
あの時は本当にショックだった。けれど、親父の女癖の悪さは目に余るものがあった。
家庭を顧みず、母を大切にしなかった。今思えば、俺のやっていたことは父と同じだ。母は毎日、辛い思いをしていた。
卒業式の前の日、母が珍しく父と「ドライブに行こう」と話し、その矢先だったと思う。
今思えば、あれは無理心中だったかもしれない。
高校卒業の一月前、俺が進路について母に相談したことがある。その時のことをよく覚えている。
「お笑いになりたい」と言った俺に母は応援してくれた。
母はいつでも俺の味方だった。
「人は何時死ぬか解らない」と言い、「悔いのない人生を送って」と俺に願う姿が印象的だった。それは自分が心中する予定だったのだろうか。
今となっては解らない。母は何を思っていたのだろうか。
俺はゆっくりと目を閉じ眠りについた。
**********
退院する当日の朝、島本と供に中年の女が迎えにやってきた。中年の女性は俺を見るなり、嬉しそうにした。
「なんて可愛い子なの?美少女じゃない」
「でしょう。絶対、施設で人気者になるよ」
島本はなぜか自慢気だった。なぜ、コイツが自慢気に言うのかよく解らない。
中年の女は養護施設の館長で寮母の
「白石喜和子ちゃん、これからよろしくね」
「あ。はい」
「皆、いい子だからね。喜和子ちゃんは可愛いから絶対、皆友達になれるよ」
俺は島本と神前とともに退院した。タクシーに乗せられ、俺は後ろの座席に神前と座り、前の運転手の隣に島本が座る。道中、神前は俺に気を遣っていた。家族の話には触れず、これから過ごすことになる養護施設「てんし」の話をし始めた。
「養護施設にはね、沢山の仲間がいるんだよ」
「そうなんですね」
「緊張する?でも、大丈夫。同じくらい子たくさんいるからね」
俺の心配は、俺自体が本当は28歳の成人男性だということだ。
どうやって七歳として過ごせばいいのか。このまま、あまり喋らずに寡黙な少女ってことにするか。
「あ。そうなんですね」
「うん、そうだよ。きっと楽しい生活が待っているよ」
神前の言う楽しい生活というのは所謂、子供がわいわいしているものだろう。
「楽しいですか。でも。気が合わなかったら」
「どうして?気が合わないと思うの?」
「人って色々あるじゃないですか」
「喜和子ちゃん。大人だね。大丈夫、いいコばかりだから」
神前は俺の頭を撫でた。けれど、俺の心配はそんなことじゃない。
そんなのを神前に言ったところで絵空ことになるだけだ。
神前は俺が新しい場所に行くことの不安を抱えているように思ったらしい。
「大丈夫だよ」
神前の俺を気遣う素振りは本当のものだった。けれど、俺自身はこのまま、身体が戻るまで七歳の子供のフリをしようと決めた。
俺は島本の様子を見ようと、バックミラーを見た。島本は俺が見ていると解ったのか、にっこりと笑う。その表情はどこかのタレント臭くてうざかった。
車は養護施設に着く。一般的な養護施設がどんなものか知らないが、綺麗な建物のようにも思えた。
俺の想像では学校のような雰囲気かと思っていたが、どちらかと言うと協会のような外装だ。
「喜和子ちゃん。ようこそ、養護施設「てんし」へ。皆に挨拶をしようね」
こうして俺は白石喜和子として養護施設の世話になることになった。
養護施設「てんし」では子供たちに二人で一つの部屋を割り振られ、ホール、勉強部屋、体育館、食堂、管理室があった。
俺は施設に着くなり、神前と供にホールに連れて行かれた。そこには十人の子供たちがいた。白石喜和子と同じくらいの年齢の子供だ。俺はすこしだけ緊張する。
「喜和子ちゃん。皆に挨拶を」
「白石喜和子です。よろしくお願いします」
俺はゆっくりと頭を下げる。俺の顔を見た子供たちは何か感動しているように見えた。
そんなにこの外見が良いのだろうか。
俺には魅力が解らない。けれど、人によっては魅力的なのだろう。
各々に「可愛い」や、「このコ好き」などという声がする。つくづく、この外見は徳を得れるのだろう。
「先生!喜和子ちゃんはどこから来たんですか?」
「ん?喜和子ちゃんはね、色々と事情あってお父さんと暮らせなくなったんだ。だからここに着たんだ」
「へぇ」
神前は俺に気を遣い、人身売買という言葉を避けた。
まあ、俺自身は気にならないが、普通に考えて子供にとってはかなり思いことだろう。神前はさすがに寮母だけのことはあると思った。
「喜和子ちゃんの部屋はどうなるの?」
「そうだね。えみちゃんの部屋でいいよね」
神前は俺の顔を覗きこむ。えみちゃんの部屋と言われても、そのコを知らないから何ともいえない。
「えみちゃんって」
「このコね」
神前はえみちゃんらしき子を俺の前に紹介する。えみちゃんは一般的な少女という雰囲気で、なおかつ、元気そうだった。
「
「あ、よろしく!」
「喜和子ちゃん、めっちゃ可愛いね。同じ部屋で嬉しい」
映見は人懐っこい笑顔を向けた。この少女となら何とかやれるだろうと思った。映見は俺の手を取り、引っ張った。
咄嗟に引っ張れたことで俺はよろける。けれど、映見が俺を支えた。
「大丈夫?」
「うん」
「先生、喜和子ちゃんに部屋を案内しに行ってもいい?」
「あ、いいよ。仲良くしてあげてね」
「うん」
俺は映見に連れられて、部屋に向かう。映見は俺の手を掴み、嬉しそうにスキップしている。映見は何でこんなに嬉しそうなのだろうか。俺は映見を見る。
「どうしたの?」
「いや、何でそんなに嬉しそうなの?」
「え?だってお部屋、私、一人だったからさ。お友達ができてうれしいの」
「そうなんだ」
映見は天使のような表情だった。屈託のないその笑顔に俺は癒された。
裏表のない、子供の純粋な気持ちに触れたような気分だ。
「私ね、ここに着たの一年くらいで、それまでは親から虐待されていたの。一人っ子で、お母さんは私を邪魔者扱いだったんだ」
「そう。それはまた辛い」
「うんうん。助けてくれたから。島本さんが助けてくれたんだ」
映見は目を輝かせている。その様子は憧れを抱いているように見えた。
俺は少しだけ羨ましく思えてきた。
養護施設てんし 了
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