第4話 閻魔大王なんているのかよ (下)

鬼芽おにめは地獄街に帰ったのだろうか。俺がその様子を見ていると、江間川えまかわがどこからともなく持ってきた書類を読んでいた。

俺が江間川に視線を寄越よこすと、こちらに来るように手招きしてきた。

「中川。お前、やっぱ、まだ死んでない」

「そうなの?」

「うん。この書類見て。病院でこん睡状態ってある。でさ、君としてはどうしたい?」

「は?」

「うーん。だから。君はこのまま、中川なかがわりゅうとして目を覚まして過ごすか、貧乏なとこの少女に転生して過ごすか。どっちか選べ??」

「は?意味分からんのだけど。そんなの元のほうがいいだろうが!」

「あーはいはい。中川君。君、そんな態度でいいの?俺、こう見えて神様からの絶大なる信頼を得ているわけ。だから、俺への態度で君の運命なんか簡単に決めることができるの?わ・か・る?」

江間川は俺の顔を睨み、嫌みったらしい表情だった。

こんな奴が神様に信頼されていることのが可笑しく思えた。

というのも昏睡状態の俺を勝手に死亡にして、天国や地獄に送ろうとしていた奴だ。

世も末どころか、絶望しかない。神様が俺に絶望というプレゼントを寄越してきたようなものだ。

「くっそ」

「クソね。君のほうがクソ。君は女性の敵」

「は。女性の敵ねぇ。江間川さんってモテなさそうだもんね」

「っふ。今のうちだよ。俺にお願いすれば、元の身体に生き返らせてあげる。歯向かうならば」

 江間川は俺を睨みながら牽制する。江間川の目は恐かった。

「わかったよ。江間川様。俺を元の芸人の中川劉に戻してください」

「よろしい」

「ありがとうございます」

「なんのその。じゃあ、目をつむって」

 俺は江間川の言われた通りに目をつむる。俺は江間川が近づいた気配を感じた。

江間川は俺の両肩を掴み、座るよう促す。俺はその通りに座る。江間川は何かを唱えている。

「万物の神が宿りしとき、器に戻る」

江間川がそう言うと、ゆっくりと身体が軽くなっていく。

身体が浮いた感覚がしばらく続く。その状態が一分くらい続いてから、江間川が俺を座らせる。

江間川は俺にゆっくりと目を開けるよう促す。「いいか。ゆっくりと目を開けろ。現実世界に戻れる」と言った。


**********************************************************************


 俺がゆっくりと目を開けると、見たことのない天井が広がっていた。恐らく、ここは病院だろう。

「……え?」

「目覚めた?」

俺の隣にいる人は全く見たことのない人だった。恐らくは30代くらいの男性で短髪。

爽やかで嫌味のない人だった。けれど、どうにも俺はこの爽やかさがしゃくさわる。

仕事の仲間でも関係者でもない。

「君は海外に売られそうになったんだよ」

「は?」

「そうか。ショックだよね。義父とは言え、自分の父親に売られるとはね」

「あの、何を言っているのか」

この人は一体、何を言っているのだろうか。ネタを振っているのか。

だとしても悪質すぎる。病人の前までお笑いをやれってことか。それとも俺がダウトの中川劉と気付いていないのか。

「あの。何のことだか。俺はダウトの」

「ダウトってあれ?お笑いの?僕も彼らのファンなんだ」

「はい?」

俺はこの男が何を言っているのか解らなかった。目の前にいるのが俺だと気付かない。どういうことだ。

「まあ、ツッコミの中川君ってカッコイイしね。君くらいの年齢のコだと憧れるんじゃない?」

「あの。俺」

「さっきから君、俺って言っているけどボーイッシュな感じなの?」

「だから何だよ!あんたは!」

「ごめんごめん。僕はね、NPO法人のこどもセイバーの島本しまもと裕貴ゆうきです。君は白石しらいし喜和子きわこちゃんだよね?」

「白石喜和子?」

「そうだよ」

俺は思わず自分の顔を触る。肌の質感が滑らかできめが細かい感じがする。

ベッドの布団から浮かび上がる自身の足の長さが短い感じがした。俺は一気に布団をめくった。

手術胴着から見える二本の足は小さく、長さはやはり短い。

俺はこの短時間で理解した。これは江間川により、本当の身体に戻されたのではなく、少女に転生させられてしまったようだ。

「あのさ。鏡ない?」

「え?鏡?」

「そう鏡」

島本は引き出しの中から鏡を出し、俺に手渡す。俺はその鏡に映った姿を見る。

髪の毛はおかっぱで目鼻立ちがはっきりとした美少女だった。

「は?」

「は?って君どうしたの?」

「つか、これ」



閻魔大王なんているのかよ (下) 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る