第3話 閻魔大王なんているのかよ(上)


一体、何が起きたのだろうか。ずっと目の前が暗かった。

次第に視界が明けていく中、自分が何処にいるのか解らないまま、見知らぬ男が目の前にいた。

白装束に身を包んだ30代くらいで目が印象的な男だ。目が合うと、男は鼻で笑う。

「っ。お前。愚かだな」

「……っなんだよ。いきなり。つか、お前。誰?」

「俺か。俺は強いて言うなら生前の他人の生き様を審判する人ってとこかな」

「なんだそれ。くだらねぇ。ここ何処だよ」

 突如として頭の可笑しい男が他人の生き様を審判する人だと主張する状況自体が可笑しい。

俺は白装束の男を睨む。俺自身の格好もなぜか、白い手術胴着のようなものだった。

「おっと俺を睨んでも君の人生の評価は変わらんよ」

「……っつか。お前、本当、何様?」

「何様?まあ。そのままの言葉を返すよ。中川なかがわりゅう。享年28歳。お笑い芸人ダウトとして、活躍。令和3年07月09日、午前6時39分ごろ、ファンの女性に腹部や胸部を何度も刺されたことにより死亡。ダウトは事実上、解散かと思われたが、岩崎いわさきたかしは新しい相方を作り再始動。名実供に人気芸人へ。そして、中川劉に関しては週刊文冬によるスキャンダルで、「死んでよかった」などといわれる始末。君、どんな生き方してきたの?」

「……死んで良かったぁ?は?俺、死んでないだろうが」

俺はエゴサをしたことがあるから、死んでよかったと思う奴がいるのは解っていた。

確かに俺が亡くなって悲しむ奴はいないだろう。

相方の隆は悲しんでくれるだろうか。いいや、直前まであいつは俺を説教していたから違うかもしれない。

両親は既に他界し、兄弟もいない、親戚とも疎遠だ。

「死んで良かった」と全く面識のない人が言っていたとしても、改めて多少、不快だ。

「いいや、き・み・は・死んだよ」

「……っ」

「死んでいる証拠はここに君がいること」

白装束の男はけらけらと笑っている。俺は見てのとおり、碌な人間関係を築いてきていない。

女たちともほとんど遊び。男は惨めな俺を笑っているように見えた。実に不快に思えてきた。

「そうか。解ったよ。ま。俺に未練なんてないし」

「本当にぃ?未練ないの??ねぇ」

「なんだ。お前」

白装束の男が顔を近づけてきた。俺を面白がっている素振りが気に食わない。

「ま、未練ないなら、このまま俺は君を地獄か天国に送るだけ」

「地獄か天国。マジであるの?」

「あるよ。君が知らないだけ。人類が知らないだけ。だって死んだ後、人が何処に行くかなんて知りようがないでしょう。宗教的には天国と地獄があるから、生前の内に徳を積んどけとか。ま、それあながち間違っていないんだよ。だから、さっきも言ったよね。俺は人様の生き様を審判する人間だって。君が善人か、悪人か審判する。つまり、それが宗教で言われていることだよ。で、今の段階で君は極悪人とまではいかないけど、褒められた生き方はしていない」

 白装束の男の得意げな表情が憎たらしくなってくる。

「解ってる」

「女性を泣かせてるし、相方の妹には手を出すし、中絶させた人もいた。それも二人も」

「……っく。その責任はもう執っているだろう」

「執っていたとしても。人としてはどう?」

白装束の男は俺の顎を持ち上げてまじまじと見つめる。

気持ち悪い男に思えてきて、俺は振り払おうとするができない。

白装束の男はにやりと笑うと、顎を離した。

「執っていたとしても君は地獄行き確定だよ」

「俺が地獄だって?は?俺よりも最低な奴いるだろうが」

「でもねぇ。あ、俺、いい事を思いついた。地獄が嫌ならさ、人生やり直してみない?」

「は?何言ってんだ?」

俺は思わず白装束の男の首元辺りを掴み、揺らした。

男はへらへらと笑い、動じなかった。俺はイラつきが頂点に達し、男を殴ろうとこぶしを振り上げる。けれど、その手を捕まれてしまった。

「暴力反対だよ」

「うるせぇ。殴らせろ」

「君にとって悪いことじゃないと思う。どう?」

「転生って」

「世間で流行っているでしょう?転生もの」

「流行っているって少し昔だろうが。いい加減なこと言うな」

「あーそんな態度でいいんだぁ。じゃ、君、今から地獄ね。あ、もしもーし。地獄街行きのタクシー一つ手配ね。なるはやで」

白装束の男はいつのまにかスマートフォンでわけのわからないタクシーを呼んだ。

地獄街って一体何だよ。数秒でまがまがしい黒いタクシーがつく。

「あ。来た。中川劉。君は地獄行きとなりました。つきましては私、江間川えまかわ大輔だいすけによる審判となります。令和3年07月10日にて決定となりました」

白装束の男の名前は江間川大輔というらしい。どうでもいいが、閻魔えんま大王だいおうという意味なのだろうか。

くだらないと思っていると、禍々まがまがしいタクシーが到着する。

タクシーから見るも醜い鬼のような人が降りてきた。その鬼を見て俺はぞっとして、後ろに下がる。

「コイツが中川?」

「はい。そうです。鬼芽おにめさん」

「江間川さん。コイツ本当に大丈夫ですか?」

鬼芽と呼ばれた鬼人間は俺を下から上へと見つめる。不気味な様相に俺は逃げたくなる。逃げようとしたら、江間川が俺の服を掴んだ。身動きが取れなくなった。

「逃げれないよぉ、君」

「地獄に行ったらどうなるんだ?」

 鬼芽の言葉に出来ないおぞましい様子から、地獄がよほど酷い場所なのだと想像がついた。

「地獄に行ったらね。そうだね。君が殺された瞬間を何度も何度も繰り返すんだ。で、そうだな100回くらい繰り返したら天国?うーんどうだろうな。行けるかもね」

「ふざけんな。なんで、女遊びが激しいだけでそんな」

「っちっち。君は中絶させた人が二人。つまり、赤ん坊を二人も殺しているんだよ。母親だった女性たちは産みたかったのに。赤ん坊たちも生まれてきたかった。だからだよ」

「……っ」

「俺はフェミニストなんよ。だから、君のやっていること、個人的に許せない」

「は?閻魔大王みたいな奴が個人的な感情持ち合わせいいのかよっ」

「あー。職権乱用みたいなの?ここはそういうの全然オッケーなの。じゃ、中川くん、大人しく地獄に」

「あ。江間川さん。ちょっと」

鬼芽が江間川の肩を掴む。江間川は心底しんそこ鬱陶うっとうしそうに鬼芽を見た。

「なに?」

「中川ってまだ死んでないです」

「は?」

「だから、中川劉はまだ死んでいないです!」

「はぁ。また冗談を」

「これ、見てくださいよ」

鬼芽はどこからともなくタブレット端末を取り出し、江間川に見せる。

俺はその光景が滑稽こっけいに見えて噴出ふきだしそうになる。次第に鬼芽の様子のおぞましさと、タブレット端末のミスマッチ具合が可笑しいくて仕方ない。鬼芽は俺を一瞬だけ睨む。

「鬼芽さん。ありがとう。そうか。中川は死んでいない。こんすい状態ね」

「そうです。だから、江間川さんが勝手に地獄か天国かを決めて、俺が送迎した場合、ヤバイんっすよ」

「そうね。おっし。わかった。じゃあ、鬼芽さん。ごめん。帰ってもらっていい。今日はもう中川で終わりなんだ」

「了解」

鬼芽は江間川に敬礼けいれいすると、乗ってきた禍々しいタクシーに乗り込んで消えて行った。鬼芽は江間川よりも立場が弱いらしい。

閻魔大王の方が偉いのは本当だったようだ。


閻魔大王なんているのかよ(上) 了

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