第5話 街道の魔石泥棒 後編

 ガキン、ガキンと金属がぶつかり合う音。

 何度も攻撃を与えているはずなのに、相手からは怯むことなく反撃が飛んでくる。


 攻撃が効いていないのか。

 先程よりも力を入れて切りかかるが、相手は気に留める様子がない。

「なんて頑丈な腕なんだ」


 こちらは小型とはいえ金属の刃。その攻撃をそのまま腕で受け止めてくるなんて。

 それにこの気配は間違いない、封印対象だ。


 全身が長い毛で覆われた猿のような姿の魔獣とクレアは向かい合う。

「キョダイなマ、マリョク。ヴヴ、ギイウウウ!」

 太さのある腕から打撃が飛んでくる。

「うわっ」

 

 重量のある衝撃を受け、体勢が崩れた。相手の追撃を避けるため、飛び退いて距離をとる。

「クレア!」リベルが馬車から飛び出てくる。


「魔獣だよ! 早く逃げて!」

 魔獣の視線が馬車の方へ向く。危険だ、すぐにこちらに注意を向けさせないと。

「腕が駄目なら、足はどうだ!」低い体勢で近づいて、足を切りつける。


 しかし、そこからも硬い手ごたえが返ってくる。

「ここも刃が通らない!」

 ひとまず、魔獣がこちらに向き直った。逃げそびれた乗客が数人。この距離では巻き込んでしまうかもしれない。効き目がなくても魔獣に斬りかかる。乗客の方に向かわないように。



「クレア! 危ない!」

 大猿の魔獣は大きな腕を雑に振り回すだけの攻撃のみ。だが、範囲が広い。

 それを避けるためにクレアはかなりの距離を移動している。


「つ、うっ。まだ、だいじょうぶ、だよ」

 移動速度も落ちてきて、魔獣の攻撃がかすり始める。疲れが見えてきている。

 それほど長いこと打ち合っていても尚、相手は攻撃を避ける素振りを見せない。


 それなのに、相手に大きな傷は無い。

「どうしてあれほどの頑丈さがあるんだ」

 何か防具を付けている訳でもない。それにも関わらず、剥き出しの腕や足がまるで金属のようだ。


 まだ、狙っていない部分……頭部なら攻撃が通るかもしれない。

 しかし、あの腕をかい潜って狙うのは今のクレアには難しいだろう。


 何か注意を逸らすものは……

 ——これだ!「クレア、離れて!」灯火の魔道具を大猿の魔獣に向けて投げる。


 足元でボッと火が出る。これで下へ注意を引きつける。

「頭を狙うんだ!」

「ググウアア!」火を消そうと魔獣は足をバタつかせる。


「分かった!これなら!!」クレアは頭上へ飛び上がり、頭へ一撃を当てる。

「ヴヴゥ、ガアアッ」大猿の魔獣は苦しそうに叫ぶ。

「もう一撃!」再び頭部に攻撃を直撃させる。

 ガキン!「な、なんで!?」しかし今度は弾かれてしまう。

「ヴヴァア!」

「うっ」

 

すぐさま腕での反撃が飛んでくる。あれからクレアは小刻みに動いて攻撃を頭部に集中させている。何発かは当たっているが、効いている様子がない。


「何故なんだろう。確かに一度目は効いたのに」

「ふーむ、あれは土、地面から魔力を取り込んでいる。それであんなに防御が硬いのだろうね」


「そうか、魔力を取り込んで……っていきなりだね。突然話されると驚くよ」

 あの晩から特に音沙汰が無かった謎のペンダントが話し始めた。


「ごめんねー、ついさっき目が覚めたんだよ。起きたと思ったらすぐに眠くなっちゃうのは何でだろうね?」

 ペンダントは返事をしながら、胸元でパチパチと瞬く。


「それよりも土から魔力を補充し続けることで、あの魔獣は体を硬化しているのか」

「うん、魔力があの魔獣の足から補充されているのを感じるよ」


「土、地面……足元、それでさっきのは、そうだったのか!」

 頭部への攻撃だから効いたわけではなかった。

 しかし、同じ方法では一瞬しか攻撃が通らない。数をたくさん投げようにも、灯火の魔道具の手持ちが足りない。


「あの程度の火ではすぐに消されてしまうし、それならもっと長く燃やさないと」

 周りを見渡す。周囲はひらけた草原、後ろには乗ってきた馬車。

「これならよく燃える!」

 荷台に積まれている干し草を魔獣へ向かって投げつける。その近くへ灯火の魔道具を投げ入れる。


 草原を吹き抜けるやや乾いた風に煽られ、干し草の中から黒い煙が上がる。パチパチと音が鳴って、赤いうねりが広がる。

「ヴゥアアア!?」


 魔獣が火を揉み消そうと足を腕を、慌てて動かす。

「今のうちに倒して!」

「分かった!いくよ!」


 先程と打って変わって大きく走り出すクレア、短剣が薄く光り軌跡を描く。

 火に気を取られている魔獣には防ぐ術はない。体重を乗せた剣撃をまともに受け、倒れ込む。


「ガアアァ、グアオオォ!」

 炎の中、魔獣の姿が見えなくなっていく。辺りに淡く光る粒子が漂い始めた。

「これは……?」


「この光はあの魔獣が持っていた魔力だよ」

 クレアは見慣れない本を手にしていた。光る粒子は流れ集まり、その本へと収束されていく。


「一定量以上の魔力が減ると魔獣はこの本に再封印される仕組みなんだよ」

「その本は封印に使う魔道具?」


「たぶん、そうだと思うんだけど……別に私がこの本を使って、何かをしているわけじゃないんだ。どうにも魔獣は封印が限定的に解かれているようで……簡単に言うと、この本から体の一部が外の空間に出ている感じ」


「再封印……とは言っても、封印されていた魔獣は魔力を大きく消耗すると、力の大部分が残っている本の中に強制的に戻ってしまう様なんだ」


 燃える干し草が残り少なくなり、勢いを失った炎を魔道具から出した水で消す。

「主に私がしているのは、魔獣の魔力を消耗させること。この短剣で魔力の流れを断ち切るの」


 本とは反対の手には先程まで戦いに使っていた武器が握られている。

「魔力の……流れ?」


「えーとね、魔族の体には、魔力を扱う器官があるけど、その働きを一時的に止めるための武器なんだ。攻撃が相手に弾かれちゃうと、うまく機能しなかったみたいだけど」


魔道具で言うところの、魔力回路を止めるという意味か。つまり魔族を弱らせるのに特化した武器ということだろう。


「それにしても、相手の防御をあんな方法で突破するとは驚いちゃった」

「それは、ペンダントが教えてくれたんだ。この魔道具には測定器のような機能もあるみたいだね。ますます作者が気になるよ」


「火で注意を逸らすとか、地面を燃やしたらいい。なんて事は言ってないよー。そこはリベルが思いついたことじゃん。すごい、すごい!」


「ま、まあね。ありがとう。どうにも気になるな……難しくないだろうか、わざわざ封印を中途半端に解くなんて」

「私も不思議に思ってた。そもそも封印が完全に解かれていたら、この本は機能しないはずなんだよね」


 クレアも腑に落ちないといった表情だ。

「それに本来の状態なら、もっとあの魔獣は強かったよね?再封印するのも、もっと大変だったのにね?」

 ペンダントもパチパチと光りながら話す。


「大丈夫ですか!? 今、応援を呼んできたのです……が。襲ってきた猛獣はどこに……?

馬車から避難していた御者が地元の警備隊を連れて戻ってきた。


 事情を説明しようにも、魔獣を封印してましたとは言えないし……。倒したはずなのに残骸が全く無いのは不自然か。

「大きな火を怖がったので、それを利用して追い払いました」


「ああ、そうでしたか。馬車と乗客を守ってくださって、ありがとうございました。念のため怪我の手当てをして下さい」


 町の計らいで用意してもらった宿で休息をとる。朝から夜まで動き通しで、気づかないうちに体は重たくなっていた。

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