第4話 街道の魔石泥棒
「こ、これは! 一口目では味が濃すぎるかと思ったけど、その分横に添えられている野菜の味が薄めだ。それで合わせると味に一体感が生まれてすごく……美味しい!」
食べて食べて、そして感動を言葉にする。それを交互に行うため、口がとてつもなく忙しい。
「次のお店で売っているものは日持ちするから、多めに買ってお土産にしてもいいと思うよ」
「ど、れ、に、しようかな。って、あれ? ほとんど売り切れてる」
小包みに入れられた売り物が並べられている。しかし、売り場にある大きな棚に対して不釣り合いに少ない。
「おかしいな、いつもより空いていたと思ったんだけど……」
リベルも全くの予想外といった風に首を傾げる。
「通常は、もっとたくさん並べているのですが、今日入る予定だった材料が駄目になったもので」
そう言いながら困惑した様子の店の人が出てきた。
「材料を運ぶ最中に動物に襲われて、荷車ごと壊されてしまったらしく……」
「大きくて毛の長い生き物だったとか。貴重な魔石や魔道具を持ち去られたそうです。数日以内に討伐隊が向かうそうですけど……」
「魔石を盗む動物がいるなんて今まで聞いたことがない……」
リベルも困惑している様子だ。
「そんな生き物の話なんて私も初めて聞きましたよ! 中にはその動物が喋ったって言う人もいるらしいです。幻聴を聞くほどに恐ろしい見た目だったのでしょうか」
……言葉を話す動物。探している魔獣か確かめる必要がありそう。
「少しだけどお菓子、買えて良かった。移動中に食べるのが楽しみ」
「これで普段、使う店を全部紹介したけど……まさか全部の場所に食べに行くとは思わなかったよ」
「これで最後だった? 楽しかった! 案内してくれて、ありがとう」
良かった、間に合った。気兼ねなく食べ歩く時間に割く余裕は無いから、今日を逃すと次にいつ来れるか分からない。
そう、たとえギリギリの戦いになってでも、おすすめの美味しい食べ物全てを胃に納めておきたかったのだ。
「明日の準備をしたいから、そろそろ僕は家に帰るけどクレアはどうする?」
空にある太陽は暑さを感じるジリジリとしたものから、涼しげな夕日に変わっていた。美味しい時間はあっという間だ。
「お腹は一杯だけどあ、そうだった! お土産屋さんも見てきたいな。さっき案内してくれた雑貨のエリアに行ってくる」
優先順位は低いが現地の物品を持ち帰る必要もあったのだった。胃に還っていくものばかり買っていては恐らく達成できない。……帰るまでに食べ終わってしまいそうで。
「じゃあ、先に家に帰っているから。買った魔道具の使い方は、帰って来てから説明するよ」
「うーん。これなら軽いし、あまり邪魔にならなさそう……これにします」
小物一つを取っても種類がいっぱいある。さすが大きな街だ。選ぶのは楽しいが、数個に絞るのが難しい。
「いらっしゃいませ。お土産ですか?」
「食べ歩くのに夢中になってしまって、お土産を買うのを忘れてて」
「それにしても残念でしたね。フェスティバルが中止になってしまって。この店も稼ぎ時だったのに、今年はお客さん減っちゃうだろうなぁ」
そんなものがあったのか、知らなかった。今回の目的には関係ないからね。
「え……ええと、そうですね。でも他にもたくさん見て回る場所はあったので楽しかったですよ」
「フェスティバル限定の食事もたくさんあったのに……きっとお客さんはそれ目当てに、この時期のエーデルハイトに来たのでしょう?」
それは心底、残念だ。
「まあ、街のシンボルみたいな王立図書館があんなに壊れてしまってはね、それもただの事故じゃないって話だし」
昨日のあれは、それほどに大ごとだったのか。
「しかも今日は馬車が野盗か何かに襲われたそうで。街道の方も物騒だからお客さんもお帰りの際は気をつけて」
「ただいま。叔母さん今、お店は大丈夫ですか?」
自宅に到着したリベルは朝に言われていた通り、お店の方に顔を出しに行く。
「ああ! おかえり。やっぱり、人の出入りが増えると混むわねー。馬車のチケットもギリギリだったわ! はい、お友達の分ね。お母さんには手紙で知らせとくから、一緒に勉強してくるといいよ」
「ええーっ!? ちょっと待って? 朝に言ってた足りないってコレのこと、ですか?」
頼んだ覚えがないものを手渡されて慌てる。どういうことなんだ?
「そうだよ! 本当は上の部屋で一緒に勉強する予定だったんだろう? でもリベルの分は明日のチケットを取ってしまったし、それならお友達も一緒に行かないと勉強できないじゃないのさ?」
……妙なことになった。夏休み前に家へと招待した友人。叔母さんから見れば、友達と勉強会をしているように見えたらしい。事情を説明するのも無理があるので仕方がなかったが。
勘違いだが、せっかくの好意だ。自分で2枚持っていても仕方がないので、一応は本人に渡そうと思うけれども。
部屋に戻り、雑貨屋帰りのクレアに質問をする。
「あのさ、馬車のチケットは使ったり、する?」
「あちゃー、これはひどいですねー。これだと当分の間は閉館ですねー。片付けも大変そうです」
すこぶる軽い口調で男が言う。
「これだけ派手にやられたのに、犯人は不明なんですか。隊長?」
作業が単調で暇なのか、男は思いつくままに話を続ける。
そのたわいもない疑問に横にいる男は丁寧に答える。
「現場は閉館間際で、人がほとんど出払っていたからね。警備係が入り口付近で倒れていただけで目撃者もいなかったからじゃないかな」
昨日まで図書館とされていた場所は、整然と本が並べられていた空間とは思えない装いに変貌していた。
棚は一直線になぎ倒され、あるいは真っ二つに割れて転がっている。積み上げたおもちゃを崩しては気まぐれに投げ捨てたかのようだ。
壁の一部だったものはあちこちが削り取られ、散らばっている。
「それで瓦礫の中を調査中ですか」
「何か手がかりが残っているかもしれないからね」
本と瓦礫を分別しながら何か、他のものが埋まっていないか捜索を続ける。
「それにしてもここを片付けたのは3年前の事件以来ですかね。せっかくなおしたのに」
「あ、……」軽快に話していた男が突然、言い淀む。
「……もう3年も経っているんだ。気にすることはないよ」
隊長と呼ばれる男は穏やかな口調でそう答えた。
「無神経でした。すみません」
「気持ちの整理はついてる。いや、実感が湧かないのかもしれないね」
独り言のように静かに呟くとおもむろに立ち上がる。
「さあ、一度戻ろう。被害の報告と調査期間の延長を申請しに行かなくては」
そう言うと隊長は真っ直ぐ、歩いて行った。
次の日は予定通り、朝から馬車で出発する。クレアも馬車の行き先に用事があるらしく叔母さんの好意は無駄にならずに済んだ。
「はいはい、ベルラゴ行きがもうじき出発でーす。お乗りの方は急いでくださーい」
「うん? 当日分のチケット? あー、ごめんなさいね。もう昨日のうちに売り切れてしまったんですよー。明後日の分ならありますよ」
まだ午前中だと言うのに大盛況だ。いつもなら出発よりも、到着した馬車で賑わっているはずなのに。
「あなた達は? ああ、チケット持ってますねー。はいはい、こちらへどうぞ」
案内された先の馬車には、既に空間の半分以上が人で埋まっていた。
「リベル! 君も実家へ帰るのかい?」同級生が同じ馬車に乗り込んでいた。
長期休みに入ると家族の住む町へ帰る学生が多いから、よくある出来事だ。
「そうだよ。叔母さんに早めに帰った方がいいって言われたから」
半ば強制送還のようなものだったが。
「それはそうだろうね。予定されてたカーニバルは事件で延期、押し寄せてた観光客が一斉に帰ろうとして馬車はこの通り、すごい混雑さ。今はチケットを取るのも難しいよ」
「そう、そう。俺の家なんかすぐ近くが図書館で、調査中で立ち入り禁止区域になってさー。避難しておけって通達されちゃって、ついでにこれから近場に小旅行に行くんだぜ。家族総出で朝から忙しかったわ」
隣に居たもう1人もお喋りを始める。
「ところで休み中の課題、もう決めた?急に休みに入っちゃったから、先生に相談できなかったよね」
「大体は決めているけど……」
「あれにするのだけはやめておいた方がいいと思うよ。魔道具の開発についての内容はすごいと思うけど、基準の回路を無視しない方が良い」
「うん、でも……」
返事がうまく口から出てこない。
「そう、そう。せっかく良いものを作っても、それじゃあ点数をもらえないしさ。もったいないよ。他のもっと先生が喜ぶやつにしとけよ。その方が絶対良いって」
そんなことない……いや、言われた通りだ。
一般的な魔道具の新規開発というのは基礎の上にある構造を変えることを指す。
たとえ職人としてのライセンスがあっても、基準として定められている基礎部分の構造の変更は認められていないのだ。
遠い昔に決められたままの構造を国は頑なに守っている。だから、基礎構造に変更を加える研究が学園に受け入れられるわけは無いだろうな。日頃、先生があまり良い顔をしないことがそれを物語っている。
ふいにガタンと全体が揺れ、歩みが止まる。
「どうした?」「ちょっと、頭ぶつけちゃったじゃない!」乗客たちが外の様子を伺いにぞろぞろと出て行く。
直後、ざわざわとした声が悲鳴に変わる。
横を見ると既にクレアの姿はなかった。
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