第3話 古都エーデルハイト

「それなら、狭いとは思うけど……」

扉を開けて階段を登る。登ったところにある一室に案内する。

「どうもお世話になります。ここが、えーと……そういえば名前、まだ聞いていなかったね」


「私はクレアと呼んでください。あなたのお名前は?」

ああ、そういえばそうだ。名前も知らない相手をいきなり家に入れるとは自分でも驚きの急展開だ。

そんな展開でも特に臆さなかったのは、先程の出来事で感覚がすっかり鈍っているおかげか。


「リベルといいます。よろしくお願いします」

使い慣れた椅子。今朝、出発する前に置きっ放しのマグカップ。ベットの上では軽く畳まれた布団が少し崩れている。今、見ている光景は見慣れた景色。日常が戻って来た実感が湧いた。


自分の部屋に帰ってきたことで体が安心したのか、空腹を感じる。

「しまった、食材が無い」帰りに買う予定だったのに。

あの出来事と引き換えに記憶からすっかり抜け落ちていた。無理もない。


「あの、これ。こんなものでよかったら」

差し出されたのはやや乾燥し気味のパンだった。

「野宿するときの保存食だから、ちょっと硬くて私はあんまり好きじゃないけど……」

そう言って彼女は気まずそうに少し笑った。



「簡単なものですが……どうぞ」

目の前に差し出されたそれは、チーズがのせられたパンだった。軽く炙られている。

口に入れるとホカホカしてチーズはへにゃりと柔らかかった。


「焼きたてみたいに柔らかくて温かい。美味しい」お腹が温かくなってきた。

「良かった。パンを柔らかくしたかったので、水を吹き付けてから焼きました。上手くいったみたいです」

隣の部屋にある調理場からリベルの声が聞こえてくる。


「あんなに乾いてたのに、こんなに美味しくなるなんて!リベルは料理が上手だね」

野宿だったら、こんなに元気の出る食事にはならなかったと思う。

「そこまで喜んでもらえるとは思いませんでした」


「本当だよ。美味しくて驚いちゃった」

ただ焼いただけなら、あのパンはカチカチになる。スープにでも入れないと食べにくくてかなわない。


——彼のような人に早々に知り合えたことは朗報だった。

「あの、ところでお願いしたいことが……」

彼ならきっと、信頼できる。思い切って口を開く。

「ぜひ、私とお友達になってください。そして! 美味しいお店を教えて! ください!!」


急ぎの旅だから、一つの街に長くは滞在できない。ゆえに食べ歩いている時間は取れない。

それでも私はこの街の食事を楽しみたい。


つまり、最短で美味しい食べ物に辿りつくしかない。それを実現する手段は、美味しい食事をくれた人に聞くのが一番。これは間違いない!



「うーん……」昨日の疲れを引きずったような、体の重さだ。ズルズルと体を起こす。


いつもは一人きりの空間だが、今日は話しかけてくる相手いや、友人がいた。

「おはよう。昨日は泊めてくれて、ありがとう」


「いや、あの状況で何もしないのも……」

助けてくれた人を泊まる当ても無いのに、街へ放り出すのはどうかと思うよ。


「朝ごはんの食材を貰ってくる」

少しだけふらつく足取りで階段の方へ向かう。

「下に何かあるの?」

「親戚のパン屋さん」


下へ降りると忙しなく活動している叔母さんが目に入る。


「リベル!学園から急ぎの知らせが来てるよ。昨日、事件があって休校だとさ。今日から休暇期間に入るらしいから、早めに家に帰っておきなさい! 事件に巻き込まれでもしたら、妹に顔向けできないからね。これ、馬車のチケット。取っといたから。あら! お友達が来てたの? お休み中に一緒に勉強かい? それならこれじゃ足りないわ。買い足さないと」


そこでくるっと半回転。後ろの台からさっとかごを手に取り、すぐにもう半回転。こちら側に向き直る。


「朝ごはんのパンね。はい、これね。ああ今日は店が混みそうだから、多めに仕込まなきゃいけないのよ。夕方、また寄ってちょうだい」


一方的に話し終えると、すぐさま店の奥へ消えていった。

「ありがとうございます」と返事はした。が、独り言のように部屋に響いた。


「賑やかな人だね」

階段を降りている途中のクレアの目には叔母さんの姿は映らなかっただろう。

「親切な人だよ、とても。……時々、会話が追いつかないけど」

「それと今日の予定なんだけど、少し順番を変えてもいいかな」


市場へ来た。明日の馬車に乗るためには今日中に準備を済ませなければ。

「食事の案内を後回しにしちゃって、ごめんね」


「いいよ、いいよ。ここも面白そうだし、案内してもらえるなら順番は何処からでも。それに食事までに、少しお腹を空かせてからの方が。はっ! それならばむしろ、後の方が良かったのではと!」


とても楽しそうで、良かった。今にも飛び出していきそうな勢いだ。

「じゃあ、まずは魔道具屋さんへ」


市場と呼ばれる場所へ来た。そう呼ばれるにふさわしい賑わいだ。赤、緑、黄色。とてもカラフルで見ていて楽しい。


リベルは魔道具屋へ向かう道すがら、簡単に露店も案内してくれた。

「ここは雑貨のお店のエリア。小さい物が多いから、お土産に買って行く人に人気だよ」


「次は食品のお店が増えてくる。簡単に調理された食べ物も売っているよ」

食欲をそそる匂い、賑やかな呼び声。

「揚げたてですよー!」「エーデルハイト限定の味、お土産にぴったりですよ!」

目と鼻から入ってくる刺激で食欲が膨らんでくる。ここは後でまた来よう。ぜひ来よう。


「もうすぐ魔道具屋があるエリアに着くよ。主に日用品が並んでいるところなんだ」

そう言いながら扉を開ける彼の後に続く。  中へ入ると雑貨のようなものから置物のようなものまで、大小様々な魔道具が並んでいた。


 目を凝らすと魔力がそれぞれに存在しているのが見える。

「ここには旅に必要な消耗品を買いに来たんだ。クレアは何か買い足す物はある?」

「それは……大丈夫! 魔道具は使ったことがないから」


 魔道具なんて見たこともない。名前くらいは知っているが、私の国には存在していないに等しいのだ。

「ええっ!? 便利だよ! それなら、試しに使ってみて欲しいな」


「ほら、例えば……これはここを捻ると火が出る。この灯火(とうか)の魔道具は主にたき火のときや明かりの代わりに使うんだ」


リベルは小さな筒状の一部を回す。するとボッと小さな音がした後に小さな火が筒の上から出てきた。

焚き火とは違い、燃やすものが近くに無くとも、煌々と火が灯り続けている。


「たしかにすぐ火が付くのは便利そう」

暖炉の炭火からは鈍く光が出ている。この道具に入れられている石から発されている光はそれとよく似ている。


「これは吸水の魔道具。水に近づけてボタンを押すと水を吸い込む。蓋を開けると中の水を出して飲める。ある程度なら水を綺麗にしてくれる機能もあるから、飲み水が手に入れやすくなるよ」


先程と似たような筒状の道具だが、今度はカチリとボタンを押すと上部が開いた。

中には水がなみなみと入っている。

「そのまま口を付けて飲む為の用途が多いけど、傾けて容器から水を出すことも出来るよ」


やはり同じような箇所に石が入っていて、光っているのが目に付く。

「今紹介した魔道具は特に珍しくはないんだけど、どこかで見たことなかった?」

「ううん、全く。故郷に魔道具のお店は無かったから……」


「うーん、このエーデルハイトには魔道具の店も工房もたくさんあるから周辺の町には、かなりの数が流通しているはずなんだけどなあ……まだそんな地域があったのか。どのあたりかな……」


「ここにある物を使うと魔力も使わずにいろんな事ができるんだね」

「いや、魔力は使ってるよ。自然にある石や木が貯めていた魔力を利用させてもらっているんだ。人間が魔力を出すことは出来ないからね」


「ところで……どれも似たような石が付いているけど、どうして違う種類の道具になるの?」

「その石が魔石。魔力を貯める性質があるものは全部、そう呼ばれるんだ。魔道具を使うと魔石に含まれる魔力を様々な属性や性質に変化させる事が出来るんだよ!」


「へえー、魔力を利用して、なるほど……魔法使いみたいですごい技術だね!」

魔石を利用して魔族の体内にある魔力器官の代わりにしているらしい。


この方法ならば魔族が使用するエネルギー源を、人間も利用できるのか。

「興味を持ってもらえて嬉しいな。そろそろ、頼まれていた場所を案内しに行こうか」

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