第2話 月明の少女は

目を開けると少女と再び、目が合った。

「大丈夫?」

先程とは違い、はっきりとそう聞き取れた。

「よかった。目が覚めたんだね!」

先程とは正反対の人懐っこい笑顔が視界に映る。


月明かりの下では何か現実離れしたものを感じたが、こうして街灯の下で改めて見ると朗らかというか温かい、陽だまりのような雰囲気だった。

「もう、大丈夫だから」

ベンチで寝ていた体を起こして座る。

「さっきの怪物は魔族、だったのですか?」

「知ってるの?」

「ええと、本で読んだことがあります。魔力を作り出す器官を持っている種族で、その部分が動物のような姿をしていると……人を襲う危険な生物だったとか」


先程のは随分と好戦的だった。まるで話が通じなかった。一方的に言葉を発してはいたけれど。

「それは……正気を失うと破壊衝動が強く出やすいと言われているからだと思うよ。私たちはその状態の魔族を通常の状態と区別して魔獣と呼んでいるの」


「魔力を使える種族が現在も実在しているなんて……」

「この国では魔族の存在は秘密にされているからね。私は封印が解かれた魔獣を追ってここまで来たの。もう一度、封印するために」

「……ということは、もしかして封印師の人ですか?」


一般人とは関わりの無い職業だが、話では魔力絡みの事件を解決すると聞く。

「うん、うん。そう、なの。とにかく、あなたが無事で良かった」

「助けてくださってありがとうございました」


「……怖かったよね。ごめんね」

「確かに……恐ろしかったです。ああも話が通じないとは。……なぜあなたが謝るのですか?」

「あ……いや、もう少し早く助けられたと思うから。ほら、来たことないから道に迷っちゃって。もう少しで、危ないところだったでしょ?」



突然、街の中心部に魔獣の気配が現れた。どれだけの人が巻き込まれているか。そう思い、一刻も早く駆けつける。

ところが、巻き込まれたのは彼一人のようだ。危ないところだったが無事に助けることができた。


目を覚ました彼とはまともに話をすることができた。危ない目にあったのに良かった、怯えないでいてくれて。

彼と話している途中、少し離れたところから別の声がした。


「こんなところに人が!?」そう言って人が走りながらこちらへ向かってくる。

「私は第三警備隊です。大丈夫ですか?」ボタンやベルト、袖口まで品格のある服装、腰に武器を下げている。


「通報があってね。この図書館からすごい音がしていて、君たちは何か見ていないかい?」

きっと、この街の治安維持の組織だろう。

「あの……」口を開きかけた、彼のセリフに割って入る。

「大きな音がした後からずっとここに隠れていたんです。その、怖くて。だから私たちは何も、知らないです」


今見たことをそのまま話されるのはマズイ。特に無関係の人には知られるわけにいかない。

「……それなら、大丈夫だね。怪我もなさそうだ。部下に家まで送らせようか」

安心した表情で返答される。魔族の存在を知らない人を巻き込みたくはない。


「いえ! 大丈夫です。すぐ近くなので、急いで帰ります」

話は長引かせないほうが良い。早くここを離れるため物言いたげな彼の腕を引き、その場を後にする。



図書館の外門から出てしばらくは歩くことに専念した。というよりも、腕を引かれて唖然としたままついて行っただけだった。


「街に他の魔獣の気配は無いみたい。心配無いとは思うけど、念のため家の近くまで一緒に行こう。君があの魔獣に狙われていた理由も分かっていないから」


「騎士隊の人に魔獣のことを話さなくて良かったのでしょうか?」

「ごめんね。なるべく、魔族の存在は秘密にしないといけないから。問題を大きくしないように」


「ふあ〜う、あれ? さっきよりも人が増えてる」

真剣な会話の途中、あくび混じりの間の抜けた声が挟まる。

「どこから声がしてるの、誰?」

やっぱり、最初はそう思うだろうな。


「さっきの騒動の最中に拾ったというか、本人に頼まれたというか……これだよ」

見せた方が分かりやすい。取り出して見せる。

「はじめまして〜話せるペンダントです! ちょっと前に生き埋め寸前から救ってもらいました。よろしく」

チカチカとペンダントが光り、声が聞こえてくる。


「これは結構な年代物だね」

「魔道具だとは思うのですが、何の魔道具かを調べようにもあの状態では……」

しばらく図書館は使えないだろうし、本は無事だろうか。

「ペンダント本人は何も覚えていないようで、持ち主がいたとしても探しようがなくて……」


「まあまあ、きっとそのうち思い出せるよー。ところで眠たいからしばらく眠るね。おやすみ」

「しかし、魔道具が意思を持っているなんて驚いたよ」

「そうですよね! 僕も驚きました。あの伝説の魔道の王の作品かもしれないと思ってしまうくらいで」


この国の魔道具技術の基礎を作った人、さらに彼の作った魔道具の数々は太古の魔法使いの再来だと言われるほどのものだった。

魔道を統べるもの——魔道の王。転じて魔王なんて呼ばれたりもしていたとか。


偉業のあまり架空の人物だとも言われているけど、あの魔族だって存在していたのだ。本当に居たかもしれないと思うと嬉しくなった。


街の大通りに出た。夜でも空気が温かく活気がある。

恒例のお祭りが近いので観光客が大勢来ている。人が行き交い、遠くから音楽も聞こえてくる。

広場へ差し掛かったところで前が立ち止まる。


「あっ、そうだった。どこかおすすめの宿屋を教えてくれない?」

「もしかして、まだ泊まるところを決めていない、のですか?」

「来たときは時間がなくて、これから選ぼうかなと」


「えーと、言いにくいのですが、多分どこも空いてないかと……」

今は気候の良い観光シーズンだ。予約も取らずにこんな時間までウロウロしていたら、ほとんど望み薄だろう。

「あ、あはは……」

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