魔法と魔族と魔道具と。

PNK(ペンネーム考え中)

第1話 魔族との遭遇

暗い館内に足音が響く。「な、何だったんだ、あの化け物は」

少年が息を切らして走っている。背後からは大音量。ガラガラと音を立てては建物の一部が崩れていく。


少年は学校が終わるとたいてい、魔道具の知識のために図書館の奥にこもる。そして閉館時間になると帰路に着く。

いつも通りに図書館を後にして、門を出て街を歩いて自分の部屋へと帰る。

——予定だった。

途中であの化け物と会わなかったなら。


ふと本から上へ視線を逸らす。気がつくとあたりは人気も無く薄暗くなっていた。時間を確認したが、図書館の閉館時間まではあと数分ある。


とにかく、もうじき閉館時間だ。外に出よう。

館内は照明も消されて薄暗かったが、何度も歩いた通路だ。通るのに不自由は感じない。


不意に足元に夕日が差し込む。外へ繋がる扉が開け放たれたままだ。そこへ向かう。

扉の隙間から外に人が立っているのが見える。いつも扉付近に立っている警備の人だろう。


しかし、立っている人物は少年の想像していたものではなかった。驚きあるいは思考が停止し、歩みが止まる。そして扉の前で立ち尽くす。


頭が鳥のように見えるが、背格好は人とよく似た生物がそこに居たからだ。

なっ……驚きのあまり口から音が漏れる。

その音に反応して相手が振り向く。

「なんだ?お前は。もう一人いるなんて聞いていないぞ?」


その男の足元には警備の制服を着た男性が倒れている。

「うーん、人は殺すなって言われてるしなあ。でも、見られるのもまずいしなあ……」歯切れの悪い様子で怪物は話す。


「人……なのか?」

少年からは疑問が独り言のように口から出てくる。

その質問に答えるように怪物が話し始める。

「うん? あー、そういえば人間の世界ではおとぎ話の存在にされてたんだっけか」

「俺は魔族だ。お前たち人間と違って強い。魔力を使えるからな。それくらい知ってるだろ?」


「そんな、存在していたなんて……昔話は本当の事、なのか」

「まー、適当になってる部分もあるが、大体は本当のことだな」

「人間に魔族が迫害されたってーいうのも、人間と魔族で戦争になったのも、実際に起こったことだ。それで人間も魔族もお互いを憎み合っていた。俺も人間が憎い」


「でも残念ながら、ここに来たのは人間を殺すためではない」

魔族と自称する鳥男は一方的に話を続ける。

「俺はこれから、この建物を壊す。それが外に出る条件だったからな」

「でもただ壊すだけなんて退屈だろ?ほんの数分で終わってしまうし」

「それじゃあ、物足りないと思っていたんだ。……そうだ」


日没が近い。深く濃い影が鳥の魔族に張り付いている。

「建物を壊す最中に偶然、瓦礫に潰される人間が居たとしても」

鳥の魔族は殺意と興奮が込められた視線を少年に向けながら言う。

——仕方がないよな?


図書館内の通路を奥へ、奥へと走り続けていた。威圧感に押されて足がうまく動かない。

息が、胸が詰まる。

とにかく前へ、転がり出すように走り出す。通ってきた方向を振り返る。


魔族の姿は見えない。

時折、通路からの突風と共に細かい砂が吹き抜けてくる。


入り口にはさっきの怪物がいる。引き返すわけにはいかない。ではどこへ?

逃げる方向を迷っている間にも、さらに建物が壊れていく音がする。

ここで立ち止まっていると、例え怪物に捕まらなくたって生き埋めになりそうだ。


直接の出口では無いが、中庭へ出れば外門まで向かうことができたはず。

「庭の方から逃げよう!」中庭を目指してさらに奥へと進む。


「おーい。ちょっとそこの人! ボクも連れてってよ!」突然、誰かに呼び止められる。

「うわ!? だれ?」誰かと遭遇するなどと考えもしなかったので随分と大きな声が出た。


「このまま生き埋めは嫌だからここから出して欲しいんだよ」

自分以外の人に会うことにも驚いているが、それ以上に気になることがひとつ。

辺りを見渡しても、声の主の姿が見えない。


「ところで、何処にいるのでしょうか。場所が分からないとその……何か目印になるものはありませんか?」

瓦礫の下敷きになってしまった人だろうか。自分一人の力で助けられるだろうか。


「ああそっかぁ、ごめんね。キミの足元にいるよ!」

えー……えーっ? 足先を見ると古びたペンダントが落ちているだけだった。

「ペンダントが喋るなんて、すごい魔道具だなぁ! 作者は誰?」好奇心で頭が一杯になる。


「いやー、それは忘れちゃって答えられないんだけどさ。やらなきゃいけない事があるんだ!それで……気がついたらここにいたんだよ」

「やらなきゃいけない事って?」

「いやー、それも忘れちゃって。まいったね」

じゃあ、どうするんだよ。と口元まで出かけていたところだった。が、ガラガラと崩れ落ちる轟音で我に帰る。


「そうだ、今は逃げないと」ペンダントを握り、再び走り出した。

恐怖に向いていた気持ちが好奇心で塗り替えられたからか、ぎこちなかった体がいつも通りに動くようになっていた。


庭へ出た。ここを抜ければ建物の外側を通り出口の門までたどり着ける。敷地の外までもうすぐだ。

ガラガラとすぐ後ろで壁が崩れる。


「おおっ、お前まだ潰れてなかったのか。運がいいな」

崩れた壁の中から先程の魔族が出てきた。早く、早く遠くへ行かないと。


外には落ちてくる天井も崩れてくる壁も無い。人に直接の攻撃はできないなら、ひらけた場所に逃げた方が安全なはず。急げ、とにかく門の方へ。


「おおっ、そっちは出口の門の方か! 街の方に行かれると困るなー。それでも、直接手を下すのは駄目だし……まー、こうするのが一番か」


ズドン!すぐ横に大きなものが降ってきた。

建物の一部だった。振り返ると、建物の破片がいくつも宙に浮いていた。

「さっきまでは壊すだけだったが、こんな事も出来るんだぜ。すごいだろう?」


「突風で運ばれた瓦礫の下敷きに……これなら不運な事故だ」

振り下ろされた手を合図に、それらは一目散にこちらへと落ちてきた。


一斉に無数の建物だった鈍器が飛んでくる。

間に合わない。あの数では。身を隠せる場所も無い。衝撃が雨のように降ってくる。それでも走り続けるが、風圧に飛ばされる。


うっ、地面に投げ出される体。周りが暗闇になっていく。

すぐ上から瓦礫が落ちてくる。衝撃を想像した体は身を竦ませる。しかし、その時はこない。


「うぐっ! 嘘だ……ろ。俺は七……魔な、こんな」

鳥の魔族の声が途切れた。恐る恐る目を開く。

降ってくるはずだった瓦礫は離れた場所に落ちていた。


存在していたはずの化け物は地面に伏していた。その横に少女がひとり。

少女の髪が月光に照らされて眩い。そこから淡い光を放っているようにも見える。


少女と目が合った。彼女から何か言われたが、音と意識が遠くなっていく中で言葉は聞き取れなかった。

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