第16話 お手つき!

 風花と孝太では進捗に差があるので、結局、風花には中堂先輩がさっきまでの続きを、孝太にはミオがかるたのルールを最初から教えることになった。

「ほらほら、早くそこに座って」

 どうやら美織先生は中堂先生よりもスパルタ式らしい。間違えるたびに、ピシピシと手の甲を打たれながら、案外孝太も真剣に覚えようとしていることが伝わる。

 これは負けてはいられない——


「ここからとても大事なとこだから、よく理解して」

 先ほどまで正面にはミオが座ったが、今度は中堂先輩が風花に対峙して座っている。

「まず、自分の目の前の25枚を自陣じじん、反対を向いてる私の25枚を敵陣てきじんと呼ぶのね。逆に私から言ったら、こっちが自陣で風花ちゃんの側が敵陣になるわけ。さて、そこでさっきちょっと言った、お手つきのことを覚えてる?」

 先輩が風花の顔を覗き込んだ。

「ええっと、なんだっけ。読まれたのが空札なのに札を触ったらお手つき、でしたよね」

 記憶を頭から絞り出した。

「そうね。じゃあ、空札じゃないのに、読まれた札と違う札を触ったらどうなると思う?」

 風花にとっては、高校生ウルトラクイズなみの難問だ。

「やっぱりお手つき、とか?」

「ブブーっ、半分だけ正解。はい、アメリカ横断はできませんでした」

 だから、ウルトラクイズじゃないから。

「半分、ですか」

「じゃあ、答え。かるたでは、同じ陣にあたり札があるときは、違う札を触ってもお手つきにはならないんだよ。つまりね」

 中堂先輩は自陣の札を一度綺麗に並べ直して続けた。

「今、私の陣の右下に『しのぶれど』の下の句、『ものやおもふと』で始まる札があるでしょ。読手さんがしのぶれどを読み始めた瞬間、私はこの右下の札を取りにいくんだけど、その隣にある『わがころもでは』と書いている札に触ってもいいし——」

 そこまで言った瞬間に中堂先輩の右手が『わがころもでは』と『ものやおもふと』と書かれた2枚の札を、すごいスピードで一気に横に払った。払われた2枚の札がガラス窓に当たって落ちた。

「つまりさ、同じ陣に取り札があったら、他の札の周辺全部ごと払っても構わない。それはお手つきにはならないんだよ」

「じゃあ、うろ覚えでも、その辺を全部払ってもありってことですか」

「うん、最初に触った札が違う札だったとしても、その札であたり札を競技線の外に押し出せば、その札は自分の取りになる。これが他の札であたり札を押し出して取るから、『札押し』っていうの」

「えー、なんかずるくないですかあ」うん、なんとなく。

「もちろん、あたり札を直接狙って取れるなら、何も問題ないよ。それは札直ふだちょくっていう取り方ね」

 もう一度先輩が自陣の札を並べ直した。

「今言ったやり方は、自陣じゃなくても構わないんだよ。例えば、あたり札が風花ちゃんの陣にあったとするでしょ? そしたら私が風花ちゃんの陣の札をまとめて払っても構わないんだよ。ということは、さらに……」

 そう言って、中堂先輩は両手の人差し指で自分の陣の左右に分かれて置いてある札を2枚指差し、

「ここにある2枚は、『よのなかは』と『よのなかよ』という5字決まり、つまり普通なら5文字目を聴かないと取れない札なんだけどね、この2枚が同じ陣にあるときに限り、自陣か敵陣かに関係なく『よの』まで聴こえた瞬間——」

 そう言って、今度は左右にあるその札を再びすごいスピードで「パパーン」と大きな音を立てて連続して2枚の札を払った。

「こんな風にね、どっちが当たりかもわからなくても、2枚とも払っちゃってもお手つきにはならないんだよね」

 どうよ。先輩のそんな得意げな顔がちょっと可愛い。風花は先輩の超絶技巧にため息をついた。

「でもね、もし今の2枚が1枚ずつ自陣と敵陣に分かれていたら、両方払っちゃうと、せっかく1枚取っても片方はお手つきになるからね」

 なるほど。あっ、そしたら——

「もしお手つきになったらどうなるんですか」

 ふと疑問が湧いた。

「そこに行き着くよね。ここからかるたの本質なんだけど、かるたって自分の陣にある札が早くなくなった方が勝ちなんだ。だから、試合が始まって、まず最初に札が読まれて、うまく自分の陣にある札を1枚取ったとするでしょ。そしたら残りの札は自分が24枚、相手が25枚になるわけよね。わかるでしょ?」

「あー、そうなりますね」

「じゃあ、最初に相手の陣にある札を自分が取ったらどうなる?」

「えーっと。あれ? 相手が24枚で自分が25枚ですよね。取ったのに負けてることになっちゃいませんか」

「よしよし、ちゃんと理解できてるよ」先輩がにこりと笑った。「そうしたら、取った自分は相手に札を1枚渡しちゃうの。そうしたら、自分が24枚で相手が25枚になって、ちゃんとした状態になるでしょ。この札のことを『送り札』っていうのね」

「あー、なるほど。そしたら相手の札を取っても大丈夫ってことですね」

 なるほど合点がいく。

「で、ここでさっきのお手つきの話なんだけど、自分がお手つきをしたら相手から札を1枚送られるんだよ。つまり自分の陣の札が1枚増えちゃうペナルティがお手つきなんだよ」

「じゃあ、お手つきすればするほど自陣の札が増えるってことですよね」

「そうだよ。だから、空札なのに札に触っちゃうと、相手から1枚札がくる。それと、さっき自陣と敵陣の2枚の札を払ったらって話をしたでしょ? そしたらどうなるか考えてみて」

「ええっと、1枚は自分の取りだから相手に1枚札を送っていいんですよね」

 先輩がその通りという顔で頷く。

「でも、1枚はお手つきをしているから、相手から1枚送られることになるわけで……。そうか、せっかく取ったのにプラスマイナスでゼロ、ですか」

「なかなか理解が早い後輩でうれしいよ」

 中堂先輩はとてもうれしそうだった。


 その少し離れた場所で、

「さっき教えたばかりでしょうがっ! もう一回やり直し!」

というミオの厳しい声が聞こえたのだった。

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