第15話 跳ね上げた足の行方
「じゃあ、今取った25枚の札を自分の前に並べて置くんだけど、それにも決まりがあって、でも決まりがないわけよ。ミオちゃん、ちょっと並べてみて」
中堂先輩に言われて、ミオが前屈みになって自分の真正面に左肘をつき、そこを支点に腕を左右に倒して何かしている。
「さっき言った決まりっていうもののひとつがね。かるたには競技線っていう目に見えない枠があってさ」
「枠、ですか」
「そう、枠。競技かるたでは、自分のかるたを置いていい位置の横幅が87センチ以内って決まってて、さっきミオちゃんがやってたのは、自分の正面の位置から自分の肘を中心に腕を倒した時に、どこに87センチがあるかを自分の体で覚えておくの。デジタルの時代に笑っちゃうくらいアナログでしょ? まあ、千年以上続く和歌を使った遊びだから、私はこの方がらしくて好きだけどね」
ミオの仕草を思い出し、なるほどと納得。
「次は縦の競技線だけどね。ミオちゃん、並べて」
ミオが頷いて、手にした25枚の札を自分の前に3段になるように並べた。
「1番上の列を上段、真ん中を中段、1番下の自分に近い列を下段と言って、かるたの札は、必ずこの3段の列のどこかに置くという決まりがあってね。競技線の中ならどこにでも置いていいってわけじゃない。例えば上段と中段の間あたりに跨いで置くとかはだめ。必ず3列のどこかに置くのが決まりね」
ミオは、自分の正面あたりには札を置かず、左側の競技線の端から下段に6枚、中段3枚、上段4枚、反対側の右側の競技線の端から下段5枚、中段4枚、上段3枚という具合に札を並べて置いた。
「逆にいうと、上段だけに例えば15枚の札を並べて置いてもいいし、札と札の隙間を1枚ずつ離しても構わない。自分が覚えやすいように、取りやすいように置いていいし、逆に相手が取りにくいように置いてもいいってわけ。これがさっき決まってるけど決まってないと言った意味なんだ」
そして先輩がミオが並べた札の上段と中段の隙間を指差した。
「上段と中段と下段は、指一本分の隙間を空けて並べること。畳の目1本分ってところね。そして相手であるあなたは、ミオちゃんと逆さまに同じように3段に札を置くんだけど、ミオちゃんの上段の札と風花ちゃんの上段の札は、畳の目3本分の隙間を空けるのが決まり。じゃあ、風花ちゃんも今日は適当でいいから、ミオちゃんと反対むきに同じように並べてみて」
これはさほど難しくはない。風花はミオの配置を真似て3段に札を並べた。こうやって畳の上に綺麗に並べられた札の前に座ると、なぜか自分が一端のかるた選手になった気分になって少しワクワクする。
「じゃあ次。これからが大事なとこだからね」
中堂先輩がコホンと咳をして続けた。
「まず、かるたを取る手は片方しか使ってはいけない。競技の途中で取る手を替えることもだめ。それから、札が読まれ始めたら、札を取りに行くときまで頭が相手との真ん中の境目を越えてはいけない。そして上の句が読まれ始めるまで、両手は畳につけておく。これが基本のルールね」
ミオが四つ這いのように膝を畳について、右手をかるたの手前に置いて言う。
「うちは左利きで左手でかるたを取りにいくから、右手を基準に畳について左手を動かしやすいようにこういう構えをするんだけど、そのとき頭の位置が競技線の内側に入らないように気をつけるってことね。もちろん、畳につく右手も競技線の中に置いちゃだめ」
と、左手を頭からかるたの下段の位置に線を引くように下ろした。
風花もミオの格好を真似をしてみる。
ええっと、私は右利きだから左手を畳について四つ這いに——
「ねえ、ミオちゃん」ちょっと気になったことがある。
「何?」
「かるたって、服は何を着てするの? まさかこの制服?」
「まさか。普通はTシャツとジャージとかだよ。名人戦とかクイーン戦なら袴とか着るけどね。なんで?」と不思議そうな顔のミオ。
「この構えしてみて思ったんだけどね。もしも私の後ろに人がいたら、もしかして札を取りにいくと、パンツが丸見えになるんじゃないかなって」
風花がそう言って片足を跳ね上げるように札を取りにいく仕草をした、まさにそのとき後ろの襖がガラリと開いて、「入るよ」と言いながら、孝太が顔を覗かせたのだった。
風花の悲鳴が上がった。
「いや、そりゃあ孝太が悪いって。いきなりだもん」
「だって、風花ちゃんがあんな格好をしてるなんて、わかるわけ……ないだろ」
大きな体の孝太が小さくなっている。
「あのねえ、かるたってのは札が読まれ始めたら動いてもいけないの。選手はみんな、読手の微かな発音に集中してるんだから。それをいきなり襖ガラリは言い訳の余地なし」
「ごめん」
恥ずかしさでトイレに逃げ込んだ風花が出てくるのを待ちながら、ミオが孝太を正座をさせて説教をしていた。
「だいたい、なんで孝太はここに来たの?」
「ああ、昨日かるた部に入ったからな。一応は顔を出しておかんと」
「陸上と水泳はどうなったん」
「陸上はちゃんと朝から走っとるし、水泳はまだプールに水がないしな。これから、この時間にかるたも覚えようと思って」
と涼しい顔をして孝太が言ったとき、そっと風花が帰ってきた。
「さっきは……ごめん」
謝る孝太に、
「明日からちゃんとスパッツを履いてくるから。だから今日のことは忘れて」
と風花が少し赤い顔で言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます