第48話

 燃やしたはずなのに、と絶望を覚える。燃えなかったのか、それとも隊員たちが燃やせなかったのか。だとすれば、俺の手でフウカのことを殺さなくてはならないのか。


 様々な考えが頭の中を駆け巡る。まるで殴られたみたいに脳が揺れた。


 横たわる彼女の隣に跪き、小さな体を持ち上げる。フウカはぐったりとして、目を覚まさない。どうすれば、と思案していると、目の前に人影が見えた。


 そこにはフウカよりも小さな男の子がいた。一体どこから入り込んだのか、裸足で俺たちの前に立っている。その顔つきは背丈に似合わず大人びていて、どこかシノ代表を思わせる表情をしている。



「もう大丈夫だよ。お姉ちゃんの人間じゃない部分は、僕が持って行くから」



 少年はそう言うと、まるで陽炎のように消えてしまった。きっとあの子が、フウカの言っていた弟なのだろう。彼が、フウカを守ってくれたのだ。


 少年が消えるのと同時に腕の中でフウカが身じろぎ、目を覚ます。



「あれ……パパ……? なんで……」



 思わず強くフウカを抱きしめた。フウカはどうして、とか黒災は、とか言っていたが、俺はただ首を横に振ることしかできなかった。涙があふれてきて、何も言えなかったのだ。


 その日を境に、黒災が現れることはなくなった。フウカも俺も、変わらず生きていた。



 黒災が出現しなくなり、必然的に黒災対策委員会は解散した。俺たち実働部隊は職を失ったが、多額の退職金が出たため、ひとまずその金で暮らしている。俺やナオヤは島に残り、ゴウとシグレは家族のいる東京へと帰った。


 委員会の解散後、皮肉にもハイセの研究室で見つかった資料から、黒災の正体は宇宙から飛来した地球外生命体だということがわかった。彼らは彼らの住む星が1つの生命体であり、その欠片が飛び込んできた地球をも同じように1つの生命体にする気だったらしい。そうアカネさんから連絡があって、ようやくフウカの言葉の意味がわかりぞっとする。あのまま怪物を止められなかったらと思うと、背中を冷や汗が流れた。


 ハイセもシノ代表も結局見つかっていない。どこかに逃げたのか、それともあの日死んだのか、すべては謎のままだった。


 弟に守られて生き残ったフウカは、しばらく自分がいると再び黒災が現れるとパニックを起こしていたが、委員会解散後も残った研究員たちによって完全に人間になっているという証明をされた。彼女は納得いかなかったようだが、検査に費やした半年の間に黒災が発生しなかったことが何よりの証拠だろう。


 フウカは今、俺と一緒にあの狭いアパートで暮らしている。島にある小学校にも通い始め、もうすっかり普通の子供だ。本当はこの島を離れてもっと子供の多い地域に連れて行こうとも思ったのが、フウカがここを離れたくないと言って聞かなかったのだ。


 けれど、俺もここを離れたくなかった。最初は成り行きで流れてきたこの場所だったが、すっかり愛着がわいている。



「パパ、ただいま!」



 ガチャリと玄関の開く音が聞こえ、元気なフウカの声が飛び込んでくる。きっと今日も、学校であった話をしたくてしょうがないのだろう。俺が振り向くよりも前に背中にとびついてきた彼女の頭を撫でる。少し焼けた肌からは、太陽の匂いがした。

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無機物のこども 阿良々木与太/芦田香織 @yota_araragi

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