第41話
「ミクニか? ずっと返事のなかったハイセがようやく黒災の対処に応じた。ただ、あれが発生してからもう4か月近くになる。燃やすにしても何が起こるかわからない。何とか都合をつけて北海道まで来てくれ、俺も行く。できればあの怪物も連れてきてくれ。それじゃあ、頼んだ」
シノ代表は俺が口を挟む暇もなく一息にそうまくしたてると、俺の了承の返事も聞かずに電話を切った。メールにすればいいものをそうしなかったのは、わざわざかしこまった文章を書くのが煩わしいくらいに忙しかったのか。
俺は胸のあたりに嫌なざわつきを感じながら、北海道へ行くための飛行機を探した。それからゴウにしばらくここを頼むと告げて、ある程度仕事の引継ぎを済ませる。
いつまでに来いとは言われていないが、あの人のことだ。すぐにでも向かった方がいいだろう。いつ帰れるかもわからないが。
フウカの分の飛行機もとらなければ、と思っていると、後ろからぐいと制服を引っ張られた。眉を下げ、悲しそうな顔をしたフウカが立っている。
「行くの? あの子のとこ……」
「あの子?」
何のことかわからずに俺が聞き返すと、フウカはハッと口をふさいだ。今まで内容を聞いてこなかった母親の言葉に関係しているのだろうか。俺はくるりと椅子をまわしフウカに向き合うと、じっとその目を見つめた。
「あの子って何のことだ? ママの声に関係してるのか?」
フウカは否定も肯定もせず、ただ親に叱られた子供のように首をうなだれている。言いたくないのだろう。
「フウカ、俺は別にお前を責めたいわけじゃないんだ。ただ、フウカに聞こえるママの声が、問題の解決につながるかもしれない。どうしても嫌なら聞かないが、できれば教えてほしい」
俺がそう言うと、フウカは泣きそうな顔をする。
「……ママ、が」
しばらく彼女の言葉を待っていると、フウカは喉から絞り出すような声でぽつりと話し出した。俺は黙ってつっかえつっかえ話す彼女を見つめる。
「あの子と、一緒に……地球を私たちにしなさいって、言うの」
フウカが一瞬何を言っているのかわからなかった。地球を私たちにする、というのはどういう意味だろう。
「あの子って言うのは……やっぱり、北海道の黒災のことか?」
「そう、だと思う。ずっと向こうの方に、私の弟がいるの。ママがそう言ってた」
弟、ということは、やはりフウカのように生命体になっているのか。早く誰かに伝えなければとはやる気持ちを押さえて今はただ彼女に向き合う。それにこんな断片的な情報ではまだなんの対処もできない。
「地球を私たちにする、っていうのはどういう意味なんだ?」
そう聞くと、フウカは首を横に振った。
「うまく、言えないの。ごめんなさい」
フウカの目には涙が浮かんでいる。俺はそれ以上聞けなくて、ただ大丈夫と頷いて彼女を抱きしめた。体が小さく震えている。
「……でも、あの子が出てきたらパパたちにとってはあんまりよくないと思う。だから……」
行かないでほしい、と言いたいのだろう。けれどそれと同時に無理なこともわかっている。フウカは黙り込み、俺の胸元に顔をうずめた。
俺は、どうすればいいのか悩む気持ちと同時に、フウカがどんなに人間そっくりの見た目であろうと、やはり俺達とは違う生き物であることに寂しさを覚えていた。こんな時になんて呑気なと言われるかもしれないが、アカネさんのところでフウカが人間になったとわかったときから、もう何も問題はなくなったのだと信じていたのだ。
フウカはきっと、自分を生んだ母親と、今一緒にいる俺達のどちらの側にいればいいのか悩んでいる。けれどその答えは俺には出せない。だから今はただ、できることをやるのみだ。
「フウカ、俺は北海道に行くよ。何が起きるかはわからないけど、とにかく今は行くしかないんだ。フウカにもついてきてほしい。もちろん嫌ならここで待っててくれてもいい」
俺がそう言えば、フウカは顔をうずめたまま行く、と答えた。
「パパと一緒にいる」
即答した割にはその声はわずかに震えていて、俺は彼女の選択をただ肯定して、小さな背中をさすった。
出発は、翌日の早朝になった。
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