第40話

「第2のって……どういうことだ?」



 困惑したシノ代表の声が耳元で聞こえる。



「フウカは、1か月ほど放置された黒災から生まれました。それが3カ月も放置されたとなると……中で何が起きているのか。

しかも意図的に放置されているのであれば、と」



 シノ代表の唸る声が聞こえ、それからしばらくの沈黙が訪れる。どうかこの予想が当たっていないでくれと祈るばかりだった。



「お前のところの怪物のように、黒災を長く放置すればそれが確実に生まれるということもないだろうが……まあ、その可能性は低くないだろうな」



 シノ代表はまた考え込むように黙り込むと、大きくため息をつく。



「ハイセのことはしばらく注視しておこう。お前も何か気が付いたことがあれば報告してくれ。じゃあ、突然すまなかったな」



 そう言って電話は切られた。スマホをポケットに仕舞うと、俺を見上げるフウカと目が合う。



「隊長、何があったんですか」



 ナオヤからの質問に、俺はシノ代表との電話の内容を簡潔に伝えた。それを聞いた3人とも、難しい顔をして考え込んでしまう。



「……とはいえ、今俺らが何とかできる問題じゃない。しばらくは様子見だな」



 そう言って、俺に体を預けているフウカの方へ目を向けた。



「もう大丈夫か?」



 俺がそう聞くと、フウカは不安そうな顔をしたまま小さくうなずく。


 俺たちと出会った頃には執着していた母親の声が聞こえて、今は怯えている。どういう心情の変化なのか、それとも俺たちと過ごすうちに、黒災が敵だと感じるようになったのか。


 いつもはよく喋るフウカの口が固く結ばれている。触れている肌も冷たい。彼女の感じている恐怖がうつったかのように、なんだか背筋が寒かった。



 ハイセのうわさはあっという間に黒災対策委員会全体に伝わり、ピリピリとした雰囲気が流れていた。アカネさんやシノ代表は調査に追われているのか、あの日からすっかり音沙汰がない。


 そして年中暇をしているこの第八部隊も、そんな周りの事情を気にしている余裕がないくらいてんてこまいだった。黒災の発生頻度が急激に増加したのだ。


 自分たちが住んでいる島だけでなく、周りの無人島も管理しているため、毎日黒災を焼くためにカイに船を出してもらっている。船酔いしやすいシグレは日に日に顔色が悪くなっていった。


 ここはそもそも、頻繁に黒災の対処をすることを想定して作られた部署ではない。おかげでバーナーの燃料が足りず、慌てて本部に送ってもらうよう申請した。


 幸い俺たちが住んでいる島には人が住んでいる場所もそれほど多くなく、毎日島中を駆け回っている子供たちが黒災を見つけて教えてくれる。今のところ大きな被害は出ていないが、そのうち見逃してしまった黒災に巻き込まれる人が出てくるのではないかと思うと恐ろしかった。


 理由は明らかになっていない。けれど、誰も口に出していないだけで気づいている。原因はおそらくフウカだ。


 フウカはあれから毎日母親の声に悩まされている。最初はほとんど聞こえなかった言葉も、最近でははっきりと聞こえるようになってきたみたいだった。けれどその内容を彼女は教えてくれない。


 本人も言うべきだとはわかっているのだろう。けれど、教えてくれと頼むと、少し迷った末に言えないと首を横に振るのだった。どうしてかはわからない。母親がよっぽどひどいことを言っているのか、それとも聞こえた言葉に確証がないのか。


 俺も隊員たちや、他の部署の研究員もその内容を知りたいと望んでいたが、毎日苦しそうな顔をして母親の声に耐えているフウカに、無理に教えろとは言えなかった。いつも部屋の片隅で、頭を抱えてうずくまっているフウカを俺たちはただ見守ることしかできない。いや、本当は見守ることもできないくらい忙しかった。


 それからまたしばらく経って、音沙汰のなかったシノ代表から一本の電話が入った。

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