第39話

「お前、ハイセに何を吹き込んだ?」



 お疲れ様ですと言う暇すらなく、スマホをあてた瞬間に聞きなれないシノ代表の声が耳に飛び込んだ。


 ハイセと言われて一瞬誰だと言いかけたが、そういえば北海道支部長がそんな名前だったなと思い出す。本部にいたころの功績が認められ、若くして出世した男だった。出動時以外人前にはあまり顔を出さず、本部にいた頃も目にした回数は少なかった。


 何を吹き込んだ、と言われても今まで会話した記憶すらない。何の話ですか、と聞けば、スピーカーの向こうで大きなため息をつくのが聞こえた。



「ハイセが、黒災を使って妙な実験をしているらしいとの報告が入った。あの化け物と何か関係してるかもしれない」



 化け物、というのはフウカのことだろう。俺は一瞬むっとしたが、黒災を相手する職業の人間としては当たり前の反応だ。俺らがフウカを受け入れすぎているのだ。



「本当に知りません。そんな話すら初めてお聞きしました」



 俺がきっぱりとそう言うと、電話の向こうでシノ代表は一瞬黙り込んだ。何か考え込んでいるのだろうか。また小さく息を吐く音が聞こえる。



「いや、すまない。先走りすぎたな」



 そう言う彼の声には疲れがにじみ出ていた。



「……何があったんですか?」



 黒災を使った実験と言ってもピンとこない。北海道でももちろん黒災に関する研究は行われているだろうが、実験となると話が変わってくる。それにシノ代表がいきなり俺を疑ったほどだ、何か予想外のことが起きているのだろう。



「ハイセが、発生した黒災を対処せずに放置しているという話だ。3カ月ほど。幸いあそこの土地は広い。近くに住民などはいないらしい」



「3カ月も……?」



 フウカを発見したときの黒災で、1か月放置されたものだった。それが3カ月ともなると、どれほどの大きさになっているのか、想像もつかない。あの小島を覆いつくした黒災よりさらに大きなものを想像して、腕に鳥肌が立った。



「人のいないところではあるが、研究員が発見したらしい。それをハイセに報告したところ、『実験中だ』と。

他の研究員からも話を聞いたが、どうやらお前のとこにいる化け物の報告書を読んでから何やら取りつかれたように研究所に入り浸っているという話でな。だからお前が何か吹き込んだんじゃないかと思ったんだ。すまないな」



「いえ……。けれど、訳が分からないですね」



 黒災を研究する上で、もちろんその対象物は欠かせないが、何かに使うとしても近隣住民に被害の出ない程度の大きさのものを、3日以内に調査することと決まっている。それ以降は実働部隊が燃やしてしまう。3カ月も対処をしていないというのは異常だ。


 そんなことをしてハイセは一体どうしたいのか、俺には想像もできない。そんな報告が入ってきて焦るシノ代表の気持ちもわかる。


 そもそもハイセは研究を主としているわけではなかったはずだ。それが急に実験などと、一体何が起きたのだろう。


 3カ月、とつぶやいてふと頭に浮かんだのは、フウカが現れた時期のことだった。フウカがここに来たのも、各所に報告書を送ったのも3カ月ほど前。そしてハイセがおかしくなったのも、その報告書を読んでから。


 俺の脳裏に嫌な予感が浮かぶ。そんなことはないと思いたい。けれど、疑わずにはいられなかった。



「シノ代表、ハイセはもしかしたら……」



 ごくりとつばを飲み込む。心臓の音が耳に痛かった。



「第2のフウカを、作ろうとしているのかもしれません」

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