第37話
島に着くころには海が夕焼けで赤く染まっていた。カイに礼を渡し、フウカを抱きかかえて地面に下ろす。見渡す限り緑で、支部のあった大阪のように高い建物もない。ようやく帰って来れた。
フウカの手を引いて部署へと向かう。もう終業時間だったが、明かりがついていた。ガチャリと扉を開けると、事務所からバタバタと駆けてくる音が聞こえる。
「お、おかえりなさい!」
事務所の扉から1番に顔を出したのはシグレだった。フウカはシグレの姿を見つけると、俺の手をパッと離し彼女に駆け寄っていく。
「え、フウカ!?」
人間姿のフウカの写真はすでに送ってあったが、やはり実際に見ると驚くらしい。あの日バラバラになる前のフウカの姿と、今目の前にいる人間になったフウカが重ならずに混乱しているようだった。
フウカはシグレの顔に困惑の感情が現れているのを感じ取って、それがうつった様に不安そうな顔をしている。シグレはそれに気が付いて、恐る恐るといったようにフウカの頭を撫でた。
「ほんとに、人間みたいですね……」
思わずと言ったようにこぼれ出たシグレの一言に、俺は小さくうなずいた。そんな彼女の後ろからひょっこりとナオヤが顔を出す。
「うわっ、ほんとに人間になってる」
露骨に嫌そうな顔をするナオヤにも、フウカは気にせず歩み寄った。ナオヤは表情を崩さずに、はいはいとフウカをいなしている。人間になったから彼の嫌悪も少しは減るかと思ったが、どうやら関係ないらしい。
「おお、随分可愛らしいお嬢さんになって」
最後に顔を出したのはゴウだった。ぐりぐりと乱雑にフウカの頭を撫で、まるで久しぶりに孫に会った祖父のように笑っている。
「ミクニ、お前もお疲れさんだったな」
ゴウのその言葉に、なんだかほっとした。
「ああ、ありがとう」
フウカはみんなに久しぶりに会えたのが嬉しいのか、はしゃいで事務所の中を跳ねまわっている。彼女の元気さに手を焼いていたあの頃よりも元気そうだ。シグレはフウカに手を引っ張られ、必死に転びそうになりながらも彼女を追いかけている。
その様子を眺めていると、ナオヤが隣に並んだ。
「もう帰ってこないのかと思ってましたよ」
「お前的にはその方がよかったか?」
嫌味を込めたつもりだったが、ナオヤはそうですねと返してくる。1か月離れていても、相変わらずらしい。
「事務所も静かでよかったですよ。この様子だとまた騒がしくなりそうだし」
そう言う彼の横顔が、本当に嫌だとは思ってなさそうだと感じたことは黙っておこう。
そのうちフウカについていくのに限界を感じたシグレが、ゴウにフウカをを預けて俺の元へとふらふらと歩いてくる。冷房の効いた室内だというのに、彼女の顔が赤くなっていた。
「一時はほんとどうなるかと思いましたけど、人間になってますます元気になってませんか? あの子」
シグレの言葉に、俺は苦笑しながらも頷いた。シグレはぜえぜえと肩で息をし、やがて1つ大きなため息をついて壁にもたれかかった。
「もう、帰ってこないんじゃないかと思ってました」
「毎日フウカのことが心配で泣いてましたもんね」
感傷に浸る彼女の言葉を茶化すナオヤをシグレがひと睨みする。ナオヤは反省していないような顔で肩をすくめた。
「だから、どんな形であれ、帰ってきてくれて嬉しいんです。……でも」
珍しく沈んだような彼女の声音に、俺は言葉の続きを促した。
「本当に人間みたいで、少し、怖いですね」
「……そうだな」
つい1か月前まで、得体のしれない化け物だったフウカが、人間の姿をして帰ってきたのだ。怖いと思うのも無理はない。実際俺も恐ろしいと感じたのだ。
「でも、これできっと、良かったんですよね」
そんな彼女の言葉に、肯定も否定もできずに押し黙る。
フウカは望んでいたように人間になれた。俺達も、そばにいるのが表情の読めない怪物よりも、人間の方がきっといい。
それでもまだ心のどこかで嫌な予感がしている。これでいいと、これで安心だと思えたらどんなに良かっただろう。
けれどこの時はまだ、俺の漠然とした予感が当たってしまうなんて少しも思っていなかった。
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