第35話
フウカの調査が終わるまでここにいてもいい、と言われたが、俺が実際にフウカの調査に立ち会うことはできなかった。
アカネさん曰く、実働部隊の俺に研究職の仕事は見せられないとのことだった。
「ここの職員でも入れてへんねん。あんたのとこにこの子の研究費用は下ろしたけど、それは第八部隊のとこにまともな研究施設がないんわかってたから、この子の面倒を見てもらうためのお代としてなんよ」
そう言われて、俺は納得した。第八部隊に研究職は1人もいないのに、研究費を出すと言われた時から不思議だったのだ。
なので、フウカがアカネさんたちに調査を受けている間は、借りた部屋で仕事をし、フウカが戻ってくるまで待つというルーティンが最初の1週間で出来た。フウカはアカネさんに口止めでもされているのか、何をされたかは教えてくれないが、大体数時間でヘロヘロになって戻ってくる。疲れもあって、彼女は余計俺にべったりになった。
そんな日が1か月くらい続いた。ここでの生活にも慣れ始めた頃、フウカと一緒にアカネさんが部屋に入ってきた。
無造作に置かれていた椅子に腰かけ、難しい顔でフウカと俺とを見比べている。
「この1か月、この子のこと見てきたけど」
一体何を言われるのか。俺は思わず息をのむ。フウカは疲れているのか、アカネさんの方を見ることもなく俺にもたれかかっている。
「……何もおかしいところがないのが恐ろしいんよな。この子は今、ただの人間やよ」
アカネさんの言葉につられるように、ぐったりと俺に体を預けている少女へ目を向けた。確かにその重さも、体温も、横顔も人間そのものに見える。けれどこれだけ調査してもなおそう言われるとは、俺としても心外だった。
「人間みたいに血は出るし、それも普通の人間と変わらん数値が出るし、どんなことやっても普通の人間の女の子としか言えんような結果しか出えへん。正直もうお手上げなんよ」
アカネさんは両手を上げて、ふるふると首を横に振る。俺はどう返せばいいかわからずに、そうですか、とつぶやくことしかできなかった。
「あたしらとしてはフウカにここにいてもらって、経過観察したいと思ってる」
アカネさんがそう言った瞬間、フウカは俺の腕をぎゅっと掴み、拒絶するように彼女を睨みつける。そんなフウカの様子を見て、アカネさんはふっと笑顔を漏らした。
「嫌なんやろ? わかってる。いいよ、もう帰っても。ミクニもいつまでもここにおるわけにはいかんやろ?」
帰っていい、と言われてようやくずっと張りつめていた緊張の糸が解けた。俺にしがみついていたフウカの力も緩む。
「その代わり、なんかあったらすぐ報告すること。ええな?」
「はい、ありがとうございます……!」
自然と頬が緩むのがわかる。アカネさんが部屋を出て行くと、フウカがぴょんと離れて、俺の前に立った。
「みんなのところに帰れるの?」
フウカの目がきらきらと輝いている。俺が頷くと、嬉しそうに顔をほころばせた。やったー、と言いながら飛び跳ねるフウカを見られたことが何よりだ。
その日のうちに荷造りを済ませ、次の日の朝には帰れるよう準備をする。ひとまずゴウに帰ることを伝えると、明るい声で待ってる、と言われた。
シグレは喜ぶだろうし、ナオヤはフウカが人間の姿になったことで少しは嫌悪感がマシになっているかもしれない。それでもまるきり違う姿になったフウカを、また島に連れて帰ることに不安がないといえば噓だった。
今後、一体何が起こるかわからない。フウカはこっちにいた方が適切な対処をしてもらえるかもしれない。それでも、そういうのを全部含めて背負うと決めたのだ。そう自分に言い聞かせる。
もう2度と会えないかもしれなかったフウカが元気な姿で戻ってきたのだ。それだけでいい。
そんなことを考えながら、はしゃぎすぎて早くに眠ってしまったフウカの髪を撫でる。人間の子供と同様に、細くて柔らかい髪だった。
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