第34話
「ミクニ、これなんやけど」
そう言ってアカネさんはモニターを指さす。俺は近づいて画面を覗き込んだ。そこには真ん中の台に置かれたカプセルと、その中に入ったかつてのフウカの残骸たちが俯瞰で見下ろされている。このとき電気は消えていたのか、白黒の映像が映されていた。
「再生して」
アカネさんの指示に研究員の男は頷くと、キーボードを押して動画が再生された。録音もされているらしく、サーとホワイトノイズが聞こえてくる。
しばらく動きはなかった。しかし1分後、カタンと小さな音が耳に入る。最初は気のせいかと思ったが、カタカタと段々音が大きくなり、カプセルの中の石が動いているのだと気づいた。
かつてはフウカの胴体だったその石がガタガタと振動し、それに呼応するように腕も足も震えている。食い入るように画面を見つめていると、突然映像にノイズが入った。一昔前のテレビのような砂嵐が画面いっぱいに広がり、俺は思わず後ずさる。
しばらく待っていると、砂嵐はおさまり、元のカメラの映像に戻る。さっきと違ったのは、カプセルの中身だった。
フウカの元の体が保存されていたカプセルの中には、今俺の後ろに隠れている少女が窮屈そうに入っている。体を丸めて、眠っているようだった。
それからまた数十秒見ていると、少女が身じろぎをする。目が覚めたらしい。カプセルの中で起き上がろうとして、頭をぶつけた。
それをきっかけにパニックになったのか、彼女はなんども透明なカプセルの壁を叩いている。わめくような声も聞こえてきて、俺はまともに画面を見られなかった。
やがてバキンと鋭い割れる音がして、フウカの手が外へと飛び出した。割れた隙間からベキベキとカプセルを壊し、外へ出て行く。そこから先は、俺やアカネさんが目の前で見たとおりだ。
「これが、ことの顛末ってわけ。な? 全く意味わからんやろ?」
俺はその言葉にうなずいた。一体どうしてフウカが人間に変わったのか、見当もつかない。あの砂嵐が走っていた瞬間に、フウカに何が起きていたのだろう。
当の本人はきょとんとして、早く帰りたそうに俺の服の端を握りしめている。俺は、わからないならわからないでもういいと思い始めていた。
もう二度と会えないと思っていたフウカが、彼女の望んだ姿でここにいる。もうそれだけでいいじゃないか。今後がどうなるかはわからないが、ここで厄介になるよりも連れて帰った方がいい。今までだってなんとか面倒を見てきたんだ。どうにかなるだろう。
そうアカネさんに言おうとしたとき、まるで彼女は俺の言葉を予知して遮るかのように、フウカの名前を呼んだ。
「この子、まだもうちょっと借りるで。こんな姿になっちゃったから、調査の仕方も変えなあかんし」
「ちょっと待ってください。もとはフウカがバラバラになったのがこっちに連れてくるきっかけだったじゃないですか。この子は自我を取り戻した。それに姿も人間だし、調査なんて……」
そう言う俺をアカネさんはじっと睨みつける。
「この子に随分ほだされてんのはわかった。でもな、あんな現象を見て、どうぞ連れて帰ってください、とは言われへんねん。それはわかるやろ?」
アカネさんの言葉は正しい。俺は言い返せないまま、口をつぐむ。
「ほんまはもっと早く連れてこなあかんかった。でもそれを先延ばしにしたんはあたしの責任。やからあんたのことは責めへんけど、フウカには調査に付き合ってもらう」
当然だ。なんのためにフウカを預かっていたのか、なんのためにバラバラになったフウカをここに連れてきたのか、忘れてしまいそうだった。
というより、本当におぼろげになっていた。フウカが何から生まれて、こんな姿になって、俺たちはどうしなければならないのか、考えれば考える程思考がぼやける。フウカへの認知の歪みの力が増しているのだろうか。
けれど、アカネさんには影響がないように見えた。あくまでフウカを研究対象として見下ろしている。
「どうしても心配やったらここの空き部屋貸したるから、しばらくここにおったらええ。さすがにあんなホテル何日もとってあげられへんけどな」
アカネさんは冗談っぽく笑う。しかし俺は、それならば、とここに留まる覚悟を決めた。むしろフウカをここに置いて帰ったらシグレ達に怒られそうだ。
「ではお部屋をお借りします。あのホテルは俺にとってもちょっと居心地が悪いので」
そう言うと、アカネさんは一瞬目を丸くしてから愉快そうに笑った。
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