第33話

 いつもならしゃがみ込むとぴったりに目線が合った彼女の頭が、今は少し高い位置にあった。フウカの目は潤んでいる。その涙も、本物みたいだった。



「……自分のことは、わかるか」



 俺は何を言えばいいか迷いながら、ぽつりと言葉を吐き出す。フウカは俺のことをじっと見つめたまま、小さくうなずいた。



「パパのことは?」



 また頷く。気づけば涙は引っ込んでいた。



「シグレとか、ナオヤとかゴウのことは? あと、島での友達のこととか……」



「全部覚えてるよ」



 フウカは前よりもはきはきと話すようになったみたいだった。人間と同じ頭になったからなのか、それとも内面的な部分が成長したのかはわからない。子供らしいつたない話し方は、なりを潜めている。



「どうして、自分がこんな姿になったかとかは、わかるか?」



 そう聞くと、フウカは困ったように首をかしげる。きっと自分でもなんでこうなったのかはわかっていないのだろう。



「私、みんなと部屋にいて……急に眠くなって、それで、ずっと夢を見てたの。それで気が付いたらここにいて、怖くなっちゃった」



 フウカは心細くなったのか、そっと俺の肩にしがみついてきた。今度は引きはがすことはせずに、小さな体を抱きしめる。泣いたせいか、体がわずかに温かくなっていた。


 腕の中に納まるそれは、明らかに人間だった。そのぬくもりと感触が小さかった娘を思い出させて、心の中に痛みが走る。



「夢って、どんな夢だった?」



 フウカは俺の首にしがみついたまま、みんなといる夢、と言った。



「ナオヤも、シグレも、ゴウも、パパもいて、私が、みんなと一緒の夢」



 みんなと一緒、というのはきっとこの人間の体のことだろう。


 腕や足は彼女が望んだからついたのだと納得できたが、こうまで元あった形からかけ離れてしまうと、フウカの力の底知れなさにぞっとする。


 そもそも、俺がいない間に何があってこの姿になったのだろうか。フウカに聞いてもわからないだろうし、と立ち上がり、アカネさんの方を振り向く。彼女は俺とフウカが話すのをずっと見守っていたらしい。それとも、監視していたのか。



「フウカに、何があったんですか?」



 そう聞くと、アカネさんは困った顔をした。聞かれることをわかっていただろうにそんな顔をするのははぐらかしているのか、本当にわかっていないのかいまいち読み取れない。



「朝、研究所にきたらこの子がカプセルから飛び出して逃げ出そうとしてたって言ったら信じるん?」



 アカネさんはやれやれというように首を振った。にわかには信じがたいが、きっと本当のことなのだろう。



「それに、この子止めんのに必死やったし、他の職員が集まってきて大騒ぎやったし、あたしもまだ詳しいことはわかってへんのよ」



 フウカはアカネさんのことをじっと睨みつけている。アカネさんはそれをものともせずに、俺らに一歩近づいた。



「というわけで、現場検証は今から。あんたらもついてくる? ていうかミクニにはぜひとも着いてきてほしいけど」



 そう言ってアカネさんはすたすたと研究所の方に歩いて行った。俺がその後を追おうとすると、フウカが俺の腕をつかんでくる。きっと戻りたくないのだろう。



「ここにいるか? 大人しくしてられるなら、ここで待っててもいい」



「……一緒に行く」



 フウカは口を尖らせて、今度は俺の手を握った。俺もその手を握り返し、フウカに歩幅を合わせて研究所に続く扉へと入る。


 透明な扉の向こうには、真っ白な空間があった。白衣を着た研究者が忙しそうに廊下を歩き回っており、時折フウカの方を見てぎょっとする。


アカネさんの入った奥の部屋に向かうと、無機質な大きな機械と、真ん中に置かれたカプセルが目に入った。カプセルは透明でよく見えなかったが、真ん中が割れているらしい。


 アカネさんは中にいた研究者と何か話をしている。どうやら、昨日の監視カメラを見ているようだった。

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