第31話

「ミクニ、お前全然連絡してこないから心配してたんだぞ! フウカはどうした? 大丈夫か?」



 俺が口を挟む間もなく、ゴウが早口にまくしたてる。電話の向こうで焦っているのが簡単に想像できた。聞きなじんだ声が聞こえて、俺は少しホッとする。


 けれど、フウカのことはどう言えばいいのやら。言葉を探しているうちに、電話の向こうからシグレとナオヤの声が聞こえた気がした。



「ゴウ、もしかしてまだ事務所にいるのか?」



 終業時間はとっくに過ぎている。ゴウは軽く相槌を打つと、電話をスピーカーにしたのか、雑音が大きくなった。



「隊長、フウカはどうなったんですか?」



 飛び込んできたのはシグレの声だった。俺が返事をできずにいると、ナオヤの声も聞こえてくる。



「シグレさん、今日朝からずっとこんな調子で仕事もまともに手つけてないんすよ」



 ナオヤはいつも通りそんな憎まれ口をたたいているが、その声音はどこか元気がないように思えた。


 いつも通りの雰囲気に、安心してばかりもいられない。俺は言葉を選びながら、フウカが研究所に連れていかれてしまったことを端的に伝えた。


 電話の向こうが途端に静かになる。



「それって、フウカはもう帰ってこないってことですか……?」



 シグレの声が震えている。俺は安易に否定することも、肯定することもできずに黙り込んだ。



「散々こっちに面倒ごと任せておいて、時が来たらさっさと取りあげる、か。まあ上なんてそんなもんすよね」



 あんなにフウカのことを怖がっていたナオヤですら、どこかふてくされた口調で吐き捨てた。



「じゃあ、フウカが今後動いても、俺らの元に戻ってくることはないんだな」



 ゴウの落胆した声に、俺はかすれた声でああ、と言うことしかできなかった。この部屋には俺しかいないのに、3人の気持ちが重い空気になって漂っているようだった。わずかに息苦しい。



「もうあれの面倒見なくていいなら、俺としてはラッキーですけどね」



 ナオヤの声が電話口から遠ざかった。シグレは一言も発さない。呆然と宙を見つめる彼女の姿が目に浮かぶようだった。



「ミクニ、お前は大丈夫か?」



「ああ、平気だ。一泊したらそっちに帰るよ」



 ゴウはフウカのことが気になっているだろうに、俺の体調を気遣ってくれる。それから少しだけたわいもない話をして、電話を切ろうと思った時だった。



「お前が1番辛いと思うから、無理しなくていいぞ。しばらくそっちにいたっていいんだ」



 その言葉を、俺はすぐに否定する。こっちにいる方が落ち着かないのだ。早く帰りたい。ここみたいに高い建物がなくて、開けた視界に広がる空と、波の音を聞きたい。


 けれど素直にそんなことは言えず、大丈夫だとだけ返事をする。



「気を付けて、帰ってきてくださいね」



 電話を切ろうとした直前に聞こえたのはシグレの声だった。俺を励まそうとしてか、無理に元気そうな声を出している。俺は軽く返事をして、今度こそ電話を切った。


 話しているうちに座り込んでいたベッドに背中から倒れ込む。スプリングで体がはねた。やたらふかふかで広いベッドは、ナオヤが知ったら羨ましがりそうだった。


 あいつらと話をしているうちに、そんなことを想像できるくらいには元気が出てきたらしい。ぐっと背を伸ばしてから勢いよく起き上がった。そのままベッドを降りて、風呂場に向かう。


 いつまでもへこんでいるわけにはいかない。俺には部下がいるし、まだフウカが絶対に戻ってこないと決まったわけじゃない。


 明日もう1度西日本支部に行ってアカネさんと話をしてこよう。今日はそもそも彼女の行動に呆気に取られて、何も言えないままフウカを連れていかれてしまった。


 帰るのが遅くなるかもしれないとゴウに連絡しなければと考えながら、風呂場の蛇口をひねる。どうせこんないい部屋に泊まるならフウカたちを連れてきたかった、という思いがぼんやりと浮かんだ。

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