第29話
入口の所にいた警備員にアカネ支部長から呼ばれてきたと話すと、快く扉を開けてくれた。に入ると、第八部隊の部署とは全く違う広い内装が目に入る。そこかしこで白衣を着た研究者たちがせかせかと忙しそうに歩いていた。
西日本支部には研究者が多い。黒災の発生頻度の高い中央や東日本支部では実働部隊の着る黒の方が目立つが、ここでは彼らの翻す白の方がよく目についた。
人は多いが見慣れない俺の顔はわかるらしい。それとも研究所に引きこもっている彼らの白い肌とは違う、焼けた浅黒い肌のせいだろうか。彼らは疑うような目線で俺を見ている。
俺は鞄を持ち直すと、数年ぶりに支部長室へと向かった。木で作られた重厚な扉を2回ノックすると、中からどうぞと気軽な返事が返ってくる。
ドアノブをまわし、足を踏み入れる。硬い廊下から絨毯の敷かれた部屋に入り、一瞬足元がぐらついた。
アカネさんは、書類で埋もれた机のさらに向こう側にいた。机に積み重なっている紙たちは今にも崩れてしまいそうだ。しかし彼女はそんなことを気にせずに、書類の山に立った今読んでいたらしい本を重ねた。
「よう来たねえ、ずいぶん遅かったやん。遠かった?」
アカネさんは書類の山の間からひょっこりと顔を出すと、椅子から立ち上がりこちらへと歩み寄った。俺よりも身長は低いのに、どこか威圧感がある。肩のあたりで切りそろえた茶髪が揺れていた。
彼女は少し汚れた白衣を羽織っている。元々研究職だったのだ。彼女の人をまとめる能力と、研究者たちに東西問わず顔が知られていることもあって、支部長に選ばれたのだという。
それでも今も研究を辞めていないのは、この部屋を見るだけで明らかだ。
「公共交通機関を使うのは久しぶりで。遅れてすみません」
「ええよええよ」
アカネさんは朗らかに笑いながらも、フウカの入った鞄の方を気にしているようだった。すっと俺の持つ鞄を指さすと、俺に目配せをしてくる。
「それが、例の?」
俺は頷いた。彼女は手をそのままくるりと上に向け、俺に鞄を差し出せと言っているようだ。ぐっと手に力が入る。これを渡しに来たのに、渡したくなかった。
「中身を見たいんやけど?」
しびれを切らしたアカネさんが、口元に笑みを浮かべながらそう言う。俺は鞄を床に置くと、自分の手でそれを開けた。
中には昨日詰めたばかりの、フウカの体が窮屈そうに詰まっている。アカネさんはそれを上から興味深そうに眺めた。
「ふうん、バラバラになると何がなんやらようわからんね。これが動いてたんや」
アカネさんはポケットに入れていたらしい手袋をはめ、フウカの体を鞄の中から取り出す。数分かけてすべての部品を観察した後、また丁寧に鞄の中へ仕舞った。
「うちの中で1番大きい研究所に持って行くわ。ま、何がわかるかはわからんけど」
自然な動作で鞄を持ち上げ、部屋を出て行こうとする彼女の背中を慌てて追いかける。廊下に出て、アカネさんに着いていこうとしたとき、彼女がぴたりと足を止めた。
「ミクニ、あんたをこっから先には連れて行けへん」
俺は驚いて、一瞬彼女が何を言っているのかわからなかった。
「あんたは本来研究職じゃないやろ? 実働部隊や。こっちに連れてくるまでに危険性を鑑みてしばらくそっちで預かっとってもらったけど、本来ならここで見るべきやったもん。あんたらは関わる立場じゃなかったはずや。だから、ここまで」
淡々とそう言うアカネさんに、俺は何の言葉も返すことができず、それがどうしようもなく悔しかった。数カ月自分勝手に面倒を見させておいて、ここまで持ってこさせたら用済みか。そんな俺の怒りが伝わったのか、アカネさんはなぐさめるように俺の肩を叩いた。
「なんか結果が出たらちゃんと連絡するから安心し。得体のしれんもんが近くにおってしんどかったやろ。ごめんな、ずっと任せっぱなしで。
今日は近くにホテル取っといたから、しばらくゆっくりしてから帰ったらええ」
アカネさんはそう言って、白衣を翻し、透明な扉の向こうへと消えていった。だんだん小さくなるその背中を、俺は見つめることしかできない。フウカが連れていかれてしまった。
俺は唖然として、周りの音も聞こえないまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。
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