第22話
腕を抱えてしゃがみ込み、フウカを前に立たせる。
きっとこの場の誰も、本当に腕がつくなんて思っていなかっただろう。腕をそっと持ち上げて、フウカの肩にあてる。つかなくて残念だったと落ち込むはずだった。
右手に持っていたロボットの腕が、ふと軽くなった。俺が動かしてもいないのに勝手に動き、指をぐっぱと開いている。
それは、ひどくあっさりとフウカの右腕になってしまった。思わず呆然と、興味深そうに自分のものとなった腕を見つめるフウカを眺める。
「本当に、ついたんですか……?」
シグレの言葉にフウカは振り向いて、自慢するように腕を振りあげた。まるで最初から彼女のものだったみたいに、腕はスムーズに動いている。
「ねえ、左も! 左にもつけて!」
フウカは自分の左肩をぐいとこちらに向け、腕がつくのを待っている。ゴウはぽかんと口を開けていたが、そろそろとまたロボットから腕を取り外した。フウカは自分からそれを受け取り、肩に押しあてる。左腕も、あっさりとついてしまった。
ぐるぐるとビニールシートの巻かれた石の体に、人間のような腕が2本伸びている。ずっと歪だった体が、余計に違和感のあるものになってしまった。もはやなんで動いているのかなど考えるのはやめた。それは最初からだ。
フウカは嬉しそうに自分の腕を動かし、いろんなものにぺたぺたと触れている。今までできなかった握るという動作が嬉しいのか、意味もなく事務所中のものを手に取って持ち上げていた。
「まさか、本当につくとはなあ……」
両腕のなくなったロボットを抱え、ゴウはがしがしと頭をかいた。きっとこの場にいる4人ともが同じことを思っている。
一体フウカの構造はどうなっていることやら、彼女が望めばそのパーツを付け替えることが可能だと判明してしまった。また全国の研究所から報告書の催促をされることだろう。俺だってわからないのだから、いい加減大きな研究所で調査をしてほしい。
「ほんと、どうなってんですかねあいつ」
「……まあ、でもフウカが嬉しそうだからよかったんじゃないかな」
シグレだけは、嬉しそうな顔でフウカがはしゃぎまわるのを見守っていた。ナオヤが露骨に嫌そうな顔をするのを、視線で窘める。シグレの意見に同意するのは、ナオヤの前ではやめておいた。
それから3日して、今度はフウカの足が取れた。危惧していたことではあったが、腕が両方変わったのだから、足が変わっても別にいいだろうとのことで、あっさりと付け替えを行うことが決定した。
足を付け替えると、いよいよフウカの風体が化け物じみてきた。無機物から自分たちのものに近い腕や足が生えているからだろうか、前よりも恐ろしさを感じる。ナオヤなんかは以前にも増してフウカのことを避けていた。
フウカは自分の腕と足がみんなとお揃いになったことが嬉しいのか、毎日元気そうだった。元気すぎて、主にシグレが手を焼いている。俺は案の定報告書の作成に追われていた。
1つ不安だったのは、このままフウカが頭や体も外そうとするかもしれないということだった。腕や足はまだいいかもしれないが、頭なんか外そうとしたら彼女はどうなるのだろう。そもそも俺ら人間とは作りが違うのだから、頭が外れても、体がばらばらになっても普通に動くかもしれない。
でもそれで頭と体を付け替えたら、それは本当にフウカなのだろうか。そもそも彼女の動力源がわからないから、どの部分が外れたら動かなくなるのかもわからない。フウカをフウカたらしめているものは、一体何なのだろう。
人間に見える腕と足に満足していてくれればいいが、まるきり同じ姿を求めたらどうなるのか。そう考えると恐ろしい。せめてそうなる前に、彼女を大きな研究所へ送りたい。
なんだか静かになったなと思い、椅子をくるりと回すと、フウカが自分の掌をじっと見つめていた。彼女が心の奥底で何を考えているのかは、誰にもわからない。
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