第23話

 手足が替わってから、フウカの元気さが手に負えないものになってきた。一体どこにそんな体力があるのか、1日中動き回っている。別に放っておいてもいいのだが、そうすると部署内の備品を壊すので誰かがつきっきりで見張ることになる。


 4人で交代しながら面倒を見ているが、そんな日が続くうちにみんなから疲れが見え始めてきた。


 元々フウカに好意を持っているシグレやゴウはまだいい。ナオヤの苛立ちは俺ら3人の比ではないようで、露骨に不機嫌なオーラをまき散らしている。それをフウカがわかっているのかいないのか、気にせずナオヤの元へと駆け寄るのだ。


 フウカが無邪気にナオヤの膝へ飛びついた時、ナオヤが突然机をたたき、勢いよく立ち上がった。さすがにフウカも驚いたのか、ナオヤからそっと離れて様子をうかがっている。



「もういい加減にしてください! そんなに元気なら外行け! 俺はお前の面倒見たくないんだって!」



 ナオヤはそう言うと、フウカに背を向けて事務所を出て行った。大方倉庫にでも引きこもるのだろう。あそこのものは壊されると困るから、入らないようフウカに強く言い聞かせてある。


 フウカは何を言うでもなくその場に立ち尽くしていた。悲しんでいるのか、それともわかっていないのか、俺にはわからない。



「……フウカ」



 声をかけると、フウカはこちらに振り向いた。それからほんの少しうなだれて、とぼとぼと歩いてくる。さっきまで元気よく事務所を走り回っていた子と同じとは思えない。


 ふと、妻に怒られてしょげていた自分の娘を思い出した。あの子もこうやって、悲しそうな顔をしながら俺の方に来るのだ。パパが甘やかすから、と妻は拗ねていたが、そんな風にでも甘えられるのが嬉しくて俺からは怒れなかった。


 フウカが俺の前に立つ。なんだか背が大きくなっているような気がしたが、気のせいだろう。娘と重ねているうちに錯覚したのだ。



「外行くか」



 喜んでいるのかはわからないが、フウカがずっとうなだれていた顔を上げた。ナミさんの件があって以降、あまり島民の目に触れられるのはよくないかと思っていたが、しょうがない。


 幸い部署のあるあたりには人が住んでいない。少しなら外に出ていても大丈夫だろう。玄関の扉を開くと、どんよりとした曇り空が目に入った。もうすぐ梅雨に入る。


 フウカは外に出るとどうしたらいいかわからないのか、俺の手をぎゅっと握っている。その手は人間の子供と変わらない大きさなのに、体温がなかった。ひんやりとしていて、人間らしく作られた皮膚の下に、機械らしい硬さがある。



「そのへん走り回ってきていいんだぞ」



 俺がそう言っても、フウカは頭をふるふると横に振って動かない。今にも雨が降り出しそうな空を、俺と並んで眺めている。


 仕方がないのでフウカの手を引き、部署の周りをぐるりと一周した。湿度の高い空気のせいで、シャツが体に張り付く。フウカは俺に大人しくついてきながらも、足に触れる草なんかに手を伸ばしていた。


 フウカのいた無人島では人工物よりも草花のほうが多かったはずなのに、それらが興味深いのだろうか。それとも懐かしんでいるのか、感情を言葉にしないフウカからは読み取れない。


 俺の手をそっと離して地面をつつきだしたフウカを見守りながら、ぼんやりと考え事をする。いつもははしゃいでいるフウカを横目に仕事をしているから、静かな外に立っているとうっかり眠ってしまいそうだった。知らない間に疲れがたまっていたのだろう。


 部署の壁に寄り掛かり、フウカから目を離さないようにしなければと思いながらも、うつらうつらと舟を漕ぐ。


 ハッとして顔を上げたとき、フウカを取り囲む3人の子供が目に入った。

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