第21話

 段ボールの中には、まるで人間の子供そっくりなロボットが横になっていた。目をつむっているのが、ただ眠っているだけのように見える。


 光に当たると茶色に見える黒髪が肩のあたりに納まっている。服を纏っていないつややかなボディすら、ロボットのように見えなかった。


 箱を開けた瞬間に、全員が息をのんだのがわかった。アニークスのロボットなんてこのあたりでは見かけないから、今はこんなに人間らしくなっているのかと驚く。



「これは、『タイプ:ライカ』のプロトタイプ。子供型のを作ろうとしたが、サイズがサイズだけあって部品が収まりきらずに作るのを一旦やめたんだと」



 ゴウが手元の紙を見ながらそう説明した。膝をついて、ロボットの体を調べる。カコン、と軽い音が鳴ってロボットの腹が開いた。



「ほら、中は空っぽだ。ロボットっていうより人形だな」



 ゴウはそう言って、またロボットの腹を閉じる。軽いのかと思って持ち上げて見たら、フウカよりも重かった。体の素材にこだわっているからだろうか。


 触れた部分は人の肌のように吸い付き、なめらかだった。髪がさらりと揺れる。持つと余計に人間らしく見え、俺は恐る恐るそれを箱の中へ戻した。



「なんか……ロボットに見えないですね」



 ナオヤの発言に全員で頷いた。俺が1度取り出したせいか、横たわるその姿はますます人間の子供にしか見えない。



「気を付けて扱ってくれよ。それが壊れたらあとはもうでかいやつの試作品しかないんだ」



「子供のロボットって、何に使うんでしょうか」



 シグレがふとした疑問をゴウに投げかける。ゴウは首をひねってほんの少し悩んでいた。



「まあ、なんだかんだ用途はあるんだろうよ。俺がいた頃は別に作ってなかったし、そういう依頼が増えたんじゃねえかな」



 彼の回答にシグレは納得いかないような顔をして、そっと箱の中のロボットに触れる。



「なんかテレビとかでたまにやってるじゃないですか。子供のいない夫婦に―、とか。老人のボケ防止とか。そういうのじゃないんすか?」



「あー……まあそういうのは俺がいたときもあったなあ……」



「そのうち人間誰もいらなくなりそうですよね」



 そんなナオヤの発言に、場が一瞬凍り付く。当の本人は、何か変なことを言っただろうか、みたいな顔をしていた。



「お前、思ってても言うなよそんなこと」



 俺がそう言うと、ナオヤはえー、と不満げな声を漏らした。



「だって俺が子供のときから散々言われてましたよ。将来人間の仕事は全部ロボットにとられるんだって。じゃあそのうち人間なんかいらなくなりますよね」



「ナオヤお前、そういう極端なところあるよなあ」



 ゴウはナオヤの後ろで腕を組みながら苦笑いをしている。


 確かに、今やAIもロボット産業も発達していて、人間だけができることは減ってきた。それでも人間は、ロボットにすべての権利を渡さずに生きている。きっと自分の生きる意味がなくなるのが怖いのだ。


 自分たち人間が生み出したものに、生活を脅かされるかもしれない。そんな恐怖感は滑稽で、でも身近だから恐ろしい。


 俺はきっと、街中にロボットで構成された家族連れが歩いていても気づけない。



「ね、それ何? 誰?」



 俺らの後ろから箱の中身を伺っていたフウカが、とうとうしびれを切らして俺の足を小突いた。



「これはロボットだよ、人じゃない」



 フウカはまじまじと段ボールに納まったロボットを眺めている。その横から、ゴウがひょいとロボットを取り出した。



「こいつの腕が、フウカのになるかもしれないんだぞー」



 フウカはいまひとつピンときていない様子でバケツ頭をかしげている。ゴウはそんな彼女を見て笑いながら、棚から工具箱を取り出した。雑多に放り込まれている中からドライバーを見つけ出し、ロボットの肩あたりにあてる。



「ミクニ、ちょっとこいつ支えててくれ。電源入ってなかったら自立しないんだ」



 ロボットの体をつかんで固定してやると、ゴウは器用にロボットの腕を外した。カコンと小気味よい音が鳴り、肩から下が外れる。ゴウからそれを受け取ると、ずっしりとした重さが手のひらに伝わった。なまじ人間に近い見た目のせいで、少し気味が悪い。


 くるりと振り返ると、フウカはじっとこちらを見上げている。興味津々にこの腕を見つめているのが、目のない彼女から痛いくらいに伝わった。

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