第15話

「はい、ミクニ? どうしたん?」



 アカネさんの声はいつも通りに明るい。俺はごくりとつばを飲み込んでから、先ほどあった出来事を話した。ナオヤの昔話は、なんとなく伏せておく。


 話し終えると、電話の向こうでアカネさんが考え込んでいるようなため息が聞こえた。静かな部屋で、彼女の返事を待つ。



「やっぱりまだ、よくわからんなあ。そっちでの研究が進んでるってことでええかな、やっぱりミクニに預けといて正解やったかもな」



 アカネさんの声は変わらずに明るくて、それだけの温度差があることにイラついた。とはいえ、俺の認識も彼女と大きく違うものではない。安易に感情をぶつけることもできずに、ただ唇を噛む。



「でも、やっぱりこんなとこで面倒見きれるものでは……」



「ミクニ、私はあんたのこと信頼してるよ。そっち行ってからずっとしんどそうやったけど、だいぶ回復したやん。ミクニならなんとかできると思ってるから、任せてるんよ」



 暗にいい加減くよくよしていないで役に立て、と言われているようで胃が痛んだ。上司にこう言われてしまっては、俺は任せてくださいと言うほかない。


 そっと苦笑いをする。アカネさんはまた俺に任せると念を押して電話を切った。大きくため息をついて、ソファに深くもたれかかる。


 どうしてアカネさんはこうも、こちらにフウカの面倒を見させたがるのだろう。単に厄介なものを背負い込みたくないのか、それとも本当に俺たちの活躍に期待しているのか。アカネさんは明るい分、そういう裏がありそうに見えなくて、それが逆に恐ろしい。


 少なくとも俺はいいが、部下たちが心配だ。フウカに恐怖心を抱いているナオヤもそうだが、積極的に世話を焼いているシグレやゴウの行動が良いものとも言えない。ナオヤの話を聞いてからは、尚更そう思うようになった。


 ぐっと押されたように胃が痛む。いい加減戻らなくては。ナオヤの話も終わっている頃だろう。もう1度ため息をついて事務所に戻る。扉を開いた瞬間にこちらを振り向いた3人の視線が痛かった。



「アカネさん、なんて言ってました?」



 ナオヤからの質問に、思わず口をつぐむ。彼は得られた回答が芳しいものではないと悟ったか、がっくりと視線を落とした。



「それも、フウカが認知を歪ませてるから、とかそういう話か?」



 ゴウは顎に手を当て、首をかしげている。シグレは膝に乗せたフウカをぎゅっと抱きしめた。フウカを1番積極的に可愛がっていた彼女には、信じがたい内容だったのかもしれない。



「まあ、シグレさん見る限り絶対にそういうタイプの影響はありますけどね」



 シグレの肩が震える。いつものように、ゴウがまたナオヤをいさめていた。相変わらずこの2人は折り合いが悪い。



「……親がいない子供に、同情したら何が悪いの」



「だから、そいつはただの子供じゃなくて化け物なんだって言ってるじゃないですか! さっきの俺の話聞いてました!?」



 売り言葉に買い言葉で、ナオヤは思わず席を立ってまで怒り散らす。その声に怯えてか、シグレの膝に乗っていたフウカが慌ててこちらへ駆け寄ってきた。


 弾かれたボールのようにシグレも立ち上がる。2人はしばらくにらみ合っていたが、やがてシグレの方がナオヤから視線を逸らして部屋を出て行った。


 あーあ、とため息をつく声は俺のものかゴウのものか。ナオヤは口を尖らせてシグレの出て行った方を見つめている。



「別に、お前の言うことが間違っているとは言わない。でも言い方を考えろ」



 そう言うと、ナオヤは渋々といった具合に頷いて着席する。俺はそのまま、さっき入ってきたばかりの扉を開いた。

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