第14話

 俺はフウカの腕を引っ張り事務所の中へと戻った。バタンと扉を閉めると、気味の悪い静寂が訪れる。



「ナミさん、本当にこいつのこと可愛いって言ってたんすかね……」



 ナオヤはフウカの方へちらりと目をやった。それにつられるように俺もフウカへ目を向ける。彼女は俺らから見下ろされている理由がわからずにきょとんとしているようだった。



「やっぱり、こいつなんかおかしいんすよ!」



 ナオヤはそう叫んで頭を抱えた。フウカはびくりと震えて、俺の足にしがみついている。鉄パイプの感触が制服越しに伝わって冷たい。



「いや……うん、そうだな。でも俺らは別にこいつのこと可愛いって思ってたわけじゃないしな……」



 フウカは俺の方をじっと見ている。安心させるように頭を撫でれば、彼女はそっと視線を落とした。



「それですよ、それ」



 そう言ってナオヤが指さしたのはフウカを撫でる俺の手だった。どういう意味か分からずに首を傾げれば、ナオヤはなんでわからないかな、と言いながら頭をかきむしる。



「あんたたちはそうやって、最初からそいつに同情して、可愛がってたじゃないすか。おかしいんすよ、やっぱそいつ」



 フウカに少しずつ慣れてきていたはずのナオヤが、また怯えた表情を向けている。確かに俺やシグレ、ゴウも最初からこいつを「かわいそう」だと感じてここに連れて帰ってきた。けれど、ナミさんのように「可愛い」と思ったわけではない。この違いはどこにあるのだろう。



「……多分、そいつのことどれだけ知ってるか、だと思うんす」



 俺の疑問を感じ取ってか、ナオヤはそんな風に語りだした。



「あんたらは、そいつが黒災の中から出てきた謎の生き物だって知ってる。でもナミさんはそんなこと知らない。そういう認知を歪ませることができるんじゃないすか、そいつ」



 彼の話は突拍子もないものだった。けれど、納得できる部分もある。フウカのことを電話で伝えたとき、アカネさんが何も慌てずにこちらに世話を任せたのも、それのせいがあるのかもしれない。



「でも、ナオヤ。お前は別にそんなことなかっただろ。何か思い当たるふしでもあるのか?」



「ていうか、なかったらこんなこと思いついてませんよ」



 そう言って、ナオヤは苦虫を嚙み潰したような顔をした。その目には俺もフウカも映っていない。



「……俺、昔、そいつと似たようなの見たことあるんす」



 ナオヤが話し出したのは、少し前だったら信じられないような話だった。



「小さい頃、近所で黒災があって。無人の一軒家で発生したものだったから、結構大きかったんす。で、たまたま跡地の前通ったら、瓦礫の中から何か人っぽいのが動いてて。それがゆっくりこっちを振り向いて、近づいてくるんすよ。それで、俺それから目を離せなくなって、じっと見つめてたらそれの体が崩れ落ちて動かなくなりました。それが怖かったんです。今でもたまに夢に見ます。そんときは走って逃げました。」



 まるで怪談のような語り口で、ナオヤの話は締めくくられた。腹の底がなんだか冷えたような心地がした。ぶるりと背中が震えて、フウカの頭に置いていた手も振動する。


ナオヤが調べていた都市伝説の雑誌は、きっとこの出来事があってのことなのだろう。だとしたら他にも確認されていておかしくないはずだ。それなのに噂程度でとどまっているということは、ナオヤの話のように形を持続することが難しく、発見されることがなかったのかもしれない。



「そうか……。そりゃ、それをずっと覚えてたんだったら、こいつのこと怖かっただろ」



 ナオヤはじっと、フウカのことを睨みつけている。



「まあ……隊長たちみたいに可愛がろうとは思えないですね」



 また事務所の中がシンとする。表から2人分の足音が聞こえて、シグレとゴウが入ってきた。



「おはようございます」



 事務所の扉を開けたシグレは、フウカと立ち尽くした俺らを見て不思議そうな顔をした。その後ろに立っているゴウも、何事かと顔をきょろきょろさせている。



「……ナオヤ、お前さっきの話2人にしてやれ。俺はアカネさんに今の話をしてみるよ」



 シグレにフウカを預け、スマホを片手に事務所を出る。応接室の扉を開きながらアカネさんの番号を呼び出すと、今日は比較的早く電話が取られた

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