第13話
翌日、いつもより早く出勤すると、ナオヤがデスクでうなだれていた。俺に気付いて一瞬頭を上げたが、またすぐにぐったりと倒れ込んでしまう。
「おはよう、昨日そんなに大変だったか」
「……いや、大変っていうか。なんか色々気になって眠れなくて」
そう言うナオヤの声は枯れていて、昨日元気に不満をもらしていた彼と同一人物だとは思えなかった。思わずフウカに何かされたのかと聞けば、ナオヤは首を横に振る。
「マジで寝れなかっただけですよ。あいつは早々に寝てました」
ナオヤは机から起き上がり、ぐっと背を伸ばした。彼の背中からパキパキと小さな音が鳴る。
「まあちゃんと仕事はするんで、大丈夫すよ」
うっすらと隈の残る顔をこちらに向けてナオヤは苦笑いをする。大丈夫だとは言われても、そんな顔をしている部下を心配しないわけがない。普段はすぐに文句を垂れ流す癖に、こういうときは無理をする。
「そうか、まあ、何かあったら言えよ」
きっと今休めだとか、無理するなといってもこいつは素直に受け入れないだろう。疲れた表情のまま頷いたナオヤを、ただ見守ることしかできなかった。
そんなやり取りをしているうちに、目が覚めたのかフウカが事務所の扉を開けた。鉄パイプの足をカラカラと鳴らし、こちらへ歩いてくる。
「パパ、そと行きたい」
「外?」
フウカは俺の腕をつかみ、ぐいぐいと引っ張る。椅子から離れ、事務所の扉を押すと、ナオヤが後ろから着いてきた。
「お前は休んでていいぞ」
「いや、陽の光浴びて目覚ますんで」
空は雲1つない晴天だった。外に行きたいと俺を引っ張ってきた割に、フウカは部署の前で立ち止まり、じっと空を眺めている。
本当にただ外へ出たかったのか、それともどこへ行けばいいかわかっていないのか、いまいちフウカの意図が俺にはわからない。ただ彼女の横に立って、同じように空を見る。
「あら、ミクニさん!」
右側から声をかけられて、そちらに顔を向けるとよろず屋のナミさんが何やら大きな箱を持ってこちらに歩いてきた。
「おはよう、丁度良かった。お野菜いっぱいもらっちゃったから、おすそわけね。皆さんで食べてよ」
渡された段ボールには、確かにこれでもかというほど野菜が詰め込まれている。俺はほとんど料理しないが、シグレやゴウあたりが喜ぶだろう。
「ああ、ありがとうございます。いつも助かります」
そうお礼を言って会釈をしてから、隣にいるフウカの存在を思い出した。ナミさんはフウカが見えていないのか、荷物を受け取った俺を見ながらにこにこしている。
「あら、その子」
ナミさんがちらりと後ろを覗き込み、フウカの姿を見た。思わず彼女を隠すように体をよじったが、フウカがナミさんに興味を持ってしまい、俺の背後から顔を出す。
「かわいいね、ここで預かってるの?」
ナミさんにそう言われ、俺とナオヤは思わず顔を見合わせた。目の前の彼女は変わらずにこにこしながらフウカのことを見ている。
「……かわいい、ですか」
フウカは言われた言葉の意味がわかっているのかいないのか、機嫌よさそうに俺の足元でゆらゆらと揺れている。ナミさんはもちろん、と頷いた。
「5歳くらいかな? 今が1番可愛いときよね」
それを聞いて、俺らはまた呆気にとられた。ナミさんには、こいつが人間に見えているのかもしれない。
「あの、ナミさんからどんなふうに見えてますか、こいつ」
フウカの背をそっと押し、ナミさんの前に立たせる。ナミさんはほんの少し首をかしげてから、
「何って……頭はバケツの、可愛らしい女の子じゃない?」
と当たり前のように言ってのけた。彼女はフウカの目線の高さにしゃがみ込み、頭なんか撫でている。
俺らと見えているものは変わらないらしい。けれど、ナミさんはフウカを可愛い5歳児だと認識している。彼女がこういうものに愛着を感じる変わり者だとか、そういうことはないだろう。
ますます混乱してしまった。俺らがうろたえている間にナミさんはサッと立ち上がり、仕事があるからと来た道を戻っていく。
さっきまで晴れていた空に、うっすらと雲がかかった。
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