第12話

 事務所に戻るとシグレがパッとこちらに振り向いた。俺とナオヤとを見比べて、心配そうな顔をしている。



「どうした、シグレ。何かあったか?」



「あ、いえ。ナオヤが行ったから、喧嘩とかしてないかと心配で……」



 大丈夫、と言えばシグレは安心したように笑った。ナオヤはへらへらしながら



「隊長が外でなんかふけってただけなんで、大丈夫すよ」



 なんて言っている。俺はシグレが怒りだしそうなのを察知して口を開く。



「ああ、いいんだ。今日のフウカの世話はナオヤに任せるし」



 何気なくそう言うと、ナオヤとシグレから驚きの声が上がった。



「いや、聞いてないですけど!」



「そ、そうですよ。大丈夫なんですか!?」



 2人ともわかりやすくうろたえていて、思わず笑いが漏れる。ゴウもにやにやと2人の様子を眺めていた。



「そろそろ当番制にしようと思ってたんだ。俺もいい加減家に帰りたいしな」



 それなら、とシグレは納得したものの、ナオヤはまだ不満を漏らしている。俺が徹底的に無視していると、ナオヤはゴウに泣きついた。



「ゴウさん……代わってください……」



「当番制だって言ってただろー? お前が最初だっただけだよ」



 ゴウにも見捨てられたナオヤは、しくしくと泣きまねをしている。さっさと仕事しろ、と怒れば、不満げな顔で資料をぱらぱらとめくっていた。


 終業の時刻になり、席を立つ。ナオヤは本当に帰るのか、とでも言いたげな顔をしている。



「じゃあナオヤ。後は頼むな」




「明日俺が死体になってても泣かないでくださいね……」



 ゴウがしょぼくれるナオヤを励ますように、背中をばしばしと叩いている。本当に寂し気なナオヤの顔を見ていると少し罪悪感のようなものを覚えた。けれどここは小さな部署だ。このままナオヤだけにフウカの面倒を見させないというのも良くない。



「上司ってのは大変なもんだよな」



 一緒に部署を出たゴウに、そんな言葉をかけられる。年上のゴウにそう言われると、俺はただ笑うことしかできなかった。


 1週間ぶりに自宅に帰る。といっても、下の階にゴウが、同じ階にはシグレが住んでいるし、寮であってあまり自分の家という感覚はない。


 棚の上に置いてあった家族写真がうっすらほこりをかぶっていた。手で軽く払うと、部屋にほこりが舞う。


「……ただいま」


 写真の中では、妻が小さいころの娘を抱いている。その隣に、ぎこちない笑顔の俺がいた。この頃から、目つきが悪い。もう10年前の写真だ。


 黒災で倒壊していた家の中で、この写真が残っていたのは奇跡だろう。俺に家族がいたという目に見える証拠は、もうここにしかない。


 写真を棚に戻すと、何かが俺の足に当たった。下を見ると、ロボット掃除機がせかせかと床に落ちたほこりを吸っている。掃除する場所を探し求めているかのようだった。ロボット掃除機はほこりを吸い取り終えると、彼の家へ帰っていく。


 静かなワンルーム。改めて見ると、生活感のない部屋だった。布団で寝ているからベッドすらなく、壁際に置かれたデスクとその隣のラックだけがまともに家具と言えるしろものだった。


 最近はずっとフウカが近くにいたから、1人になると寂しさのようなものがあった。ほとんど空っぽの冷蔵庫から水を取り出し、口に含む。


 1人になると、家に帰りたくなる。ここではない、もうなくなってしまったあの家へ。こんなことなら、ずっと部署に泊まっていればよかった。さっきの話もあって、余計に妻と娘のいる家が懐かしかった。


 もう間取りも、何があったかもぼんやりとしか思い出せない。人間の思い出なんてそんなものだ。


 ペットボトルの水をもう1口呷って冷蔵庫に放り込む。冷たい感覚が喉を通り、胃に落ちた。


 明日は早めに出勤しよう。そんなことを考えながら、シャワールームに向かった。

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