第10話

 俺もナオヤも、揃って入口の方へ振り返る。そこにいたのはゴウだった。どうやら置きっぱなしだった段ボールを蹴り飛ばしたらしい。



「ああ、すまんすまん。……なんか、空気重いな?」



 ゴウはへらりと笑いながら、ぺたぺたとこちらへ歩いてくる。俺もナオヤも、一瞬つめた息を吐き出した。



「いや、ちょうどいい。シグレも呼んでこよう」



「もー、マジでゴウさん間が悪いですね」



 ナオヤと俺の反応に、ゴウは何もわからずきょろきょろしている。倉庫の整理をしていたシグレを呼んでくると、改めて4人でその記事を囲んだ。



「……つまり、あれか? 黒災はある程度の大きさになると、その中にあるもので知的生命体を作り出す、みたいな話か?」



 ゴウが首をひねりながらそう言う。



「まだ前例はフウカしかないし、この記事の話もはっきりしない。でもまあ、その可能性はなくはないと思う」



「でも、なんのために……?」



 そうつぶやいたのはシグレだった。その言葉に、俺は首を横に振る。



「わからん。フウカもああだしな。何か目的があるとは思えないだろ」



 雑誌の記事は見開き1ページしか書かれていなかった。情報も確かじゃないし、そもそも50年も前のものだ。知っている人もほとんどいないだろう。



「ま、この辺の調査は本部に任せよう。その記事のデータ送っとくよ」



 こんな辺鄙な土地で、不足しかない資料を前に頭をひねっていても答えは出ない。俺たちにできるのはせいぜい近辺の黒災の対処と、フウカの面倒を見ることだ。



「あーあ、判明したら昇進とかできるかと思ったんすけどねー」



「お前、別にそんなこと望んでないだろ」



 なぜだか不服そうなナオヤをゴウが小突く。シグレがその様子を見ながらくすくす笑っていた。



「あれ、シグレちゃん、フウカは?」



 ふと、ゴウがそんな風に聞く。



「応接室で寝てますよ。倉庫の片付け手伝っててくれたんで」



「おお、そうかそうか」



 ゴウはなぜだか嬉しそうに笑っている。ナオヤはそんな2人を見比べて、ぽつりと口を開いた。



「なんか、隊長はパパですけど、ゴウさんはおじいちゃんって感じですね」



 ナオヤのそんな言葉に、俺とシグレは思わず吹き出した。ゴウだけはぽかんとした顔でナオヤを見つめている。そのうち思考が追いついたのか、キッと眉を吊り上げた。本人は怒り顔のつもりなのだろうが、まったくもって迫力はない。



「ナオヤっ、俺はまだおじいちゃんなんて年齢じゃないぞ」



「その発言がもうおじいちゃんすよ」



 ナオヤはゴウの怒りをものともせず、けらけらと笑っている。ヒートアップしそうなゴウをまあまあとなだめた。


 そのとき、事務所の扉が開いて、起きたらしいフウカが入ってきた。ふらふらと歩きながら、俺の方へと寄ってくる。



「にしても、隊長がそんだけ懐かれてるのが1番謎ですわ」



 フウカは俺の足元にぺたりとくっついて、またうとうとと頭のバケツを揺らした。


 不思議なのは、俺も一緒だ。特別優しくしたわけでもなんでもない。ただ一緒にいる時間が多かっただけだ。



「……あー、でも、隊長って子供いるんでしたっけ? あんまそんな感じしませんけど」



 ナオヤにそう言われた瞬間、頭の中を走馬灯のように駆け抜けた記憶があった。



「ナオヤ!」



 ゴウが慌ててナオヤを制止する。ナオヤはそこで気づいたようにハッとして、すみません、と頭を下げた。



「いや、いいんだ。気にするな」



 そう言いながらも、俺の脳裏には、あの小さな姿がこびりついて離れなかった。その影を追い求めるように、フウカの頭を撫でる。


 想像にある柔らかな髪とは違う、硬い鉄の感触が手のひらに伝わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る