最終話

※本作品にはエンディングが二種類あります。お好みのエンディングをお楽しみください。




 アキと別れてから一年半が経った。

 仕事は順調で、責任のある業務を任されるようになり、後輩社員もできた。ついでに、社員旅行の幹事まで経験させてもらった。

 アキと別れてから三カ月程は連絡をとることができなかった。だが、今ではたまに連絡を取り合い、友だちとして仲良くしている。

 アキは半年ほど前から、今の恋人と同棲をはじめた。その恋人と三人で食事をすることもある。

 若干、その恋人はわたしと会うことを嫌がっているようだが、アキが気にしていので、わたしも気にしないことにしている。

 アキとの長崎旅行から戻って、二週間後に満永先輩が会社を辞めた。

 最後の一週間は有休を消化していたので、実質一週間後には会社から姿を消した。

 辞めた理由は誰にも伝えていなかった。もちろん、わたしも聞いていない。みんなが織部さんとの結婚に向けた準備だろうと思い込んでいた。

 冷静に考えれば、それがおかしいことだと分かる。

 織部さんも同じ会社の社員だ。結婚というのならば、みんなで寿退社を祝って送り出したはずなのだ。それがなかったということは、会社を辞めた理由は他にある。

 だが、そのときのわたしは、アキと別れた直後で冷静とは言えない状態だった。その上、とうとう満永先輩が結婚するのだと思い込み、素っ気ない態度しかとれなかった。

 満永先輩と織部さんが破局していたことを知ったのは、満永先輩が会社を辞めて一カ月程が経ってからだった。

 満永先輩が会社を辞めたのは破局が原因ではないと織部さんは言っているようだが、本当のところは分からない。

 わたしが織部さんを問い詰めるのもお門違いだ。

 満永先輩の携帯に電話をしたが、「現在使われておりません」という無機質なメッセージが流れるだけだった。

 わたしは、何人かの女性と付き合ったが、どの人とも長続きしなかった。「何を考えてるか分からない」とか「私を見ていない」とか「全然気持ちよくない」とか、別れの理由は色々だったけれど、決まって私がフラれていた。

 わたしの恋愛がうまくいかないことを知って、アキは「前カノがかわいすぎると基準が高くなっちゃって大変よね」と笑っていた。

 確かにそれもある。アキだったら許せた程度のわがままも、我慢できないと感じることもあった。

 だけど、何よりもわたしの中に引っかかっていたのは満永先輩のことだと思う。

 こんなに引きずってしまうのは、ちゃんと気持ちを伝えられなかったからなのかもしれない。

 あの一夜の意味も、織部さんと別れた理由も、わたしは何も知らないままだ。

 それでも、もう一年半も経つのだ。そろそろ本当に吹っ切らなければいけない。

 アキと別れて、一人で過ごす休日にもすっかり慣れた。

 家でゆっくりと本を読んで過ごしたり、ふらりと買い物に出掛けたり、ときにはちょっと遠出をして一人旅気分を楽しんだりする。

 一人で過ごすのも案外楽しくて、このままでは、本当にずっと恋人がいなくても平気になってしまいそうで怖い。

 今日は、映画を見に行くことにした。SNSで話題になっている洋画だ。

 カッコいい女性たちが活躍するというのでかなり期待していた。

 映画は噂の通り素晴らしく、美しくカッコいい女優たちの活躍を見て、やっぱり恋人を作ろうと決意を新たにした。

 恋人を作るには、まず出会いからだ。

 そういう場所に飲みに行って、気が合いそうな子を誘ってもいいのだが、あまり得意ではない。

 そもそも、あっという間に別れてしまった彼女たちはそうして出会った子だった。それでうまくいくカップルもいる。だが、わたしには相性が悪いようだ。

 少し考えて、わたしは映画で見た女優のように、洒落たカフェでカッコよく過ごしてみようと考えた。映画に影響されるなんて単純だと思うが、それになりきって過ごすのも楽しいかもしれない。

 少し歩くと、良さそうなカフェを発見した。

 店内はかなり混みあっている。残念ながら席が空いていないようだ。

 仕方なく、アイスティーをテイクアウトする。


[エンディング1]


 店を出ようとしたとき、テラス席で文庫本を読む女性に目が留まった。

 ナンパなんて柄じゃないことは分かっている。

 それでも、先ほど見た映画がわたしの背中を押してくれた。

「すみません、相席、よろしいですか?」

 女性がゆっくりと文庫本から目を離し、わたしを見上げる。

 わたしの顔を見た女性の顔が驚愕に歪む。

 だが、すぐに見慣れた懐かしい笑顔を浮かべて「どうぞ」と言った。



    了



[エンディング2]


 店を出ようとしたとき、テラス席で文庫本を読む女性に目が留まった。

 思わず駆け寄りたくなる衝動をグッと堪える。

 そして、深く息を付き、先ほど見た映画のカッコイイ女性の振る舞いを思い出す。

 わたしは、テラス席に足を進めてその女性の横に立った。

「満永先輩」

 わたしの声に、女性―満永先輩が顔を上げた。そして、困ったような笑顔を浮かべる。

 わたしに会ったのは迷惑だったのだろうか。不安がよぎったが、それを振り払い、テーブルの向かいに座る。

 満永先輩はゆったりとした動作で文庫本を閉じてテーブルの上に置いた。

「久しぶりだね」

「はい」

 聞きたいことは山ほどある。言いたいことも山ほどある。

 けれど、何から口にすればいいのか分からない。

「最川さん、キレイになったね」

 満島先輩が笑みを浮かべて言う。キレイになったのは、満島先輩の方だ。だけど、そんな世間話がしたいわけではない。わたしは意を決して先輩に尋ねる。

「先輩、どうして突然会社を辞めたんですか?」

「え?」

 満島先輩は、なぜかキョトンとした顔でわたしを見た。

「え?」

 わたしも思わず聞き返す。

「あれ? もしかして、気付いてない?」

「気付いてないって、何のことですか?」

「私、最後にマニュアルのファイル渡したよね?」

 確かにそのファイルのことは覚えている。だけど、満島先輩の痕跡を見るのが辛くて、机の奥にしまい込んで今日まで一度も開いていない。

「もらいましたけど、中は見ていません……」

 わたしは正直に伝える。すると、急に先輩が慌てだした。

「見てないって……、もしかして、他の人に渡したりは……」

「してません。わたしの机の引き出しに入れたままです」

 わたしの返事を聞き、先輩はホッと胸をなでおろす。

「あのファイルに何かあるんですか?」

 すると、満島先輩は両手で顔を覆ってうなだれてしまった。

「ああ、そうか、見なかったのか……」

「何なんですか?そんなに大事なことが書いてあったんですか?」

 満島先輩は何やらゴニョゴニョと言っていて聞き取ることができない。

「わかりました。今から会社に行って見てきます」

 わたしが立ち上がると、先輩は慌ててわたしの手を引っ張った。

「いい。見なくていい。っていうか、もう捨てていいから」

 そう言って、顔を真っ赤に染めている。

 わたしが席に座り直すと、先輩は小さく息を付いて話しはじめた。

「マニュアルに、最川さん宛ての手紙を入れておいたの。まさか、一年半も見ないとは思わなかった……」

「なんか、すみません」

 とても申し訳ない気持ちになる。

「それで、それには何が書いてあるんですか?」

「んー、簡単に言うと、最川さんがさっき聞いた、会社を辞めた理由とかなんだけど」

「ああ、本当にすみません。すぐに確認するべきでした」

 わたしは頭を下げて謝罪した。なんて馬鹿なんだろう。理由を知りたいと思っていたのに、その理由はすでにわたしの手元にあったなんて。

「最川さんに彼女がいるのは知ってたから」

「え? 彼女? 知ってたんですか?」

「うん」

 恋人がいることは言っていたが、同性だとは言っていないはずだ。どうして知っていたんだろう。

「あ、すみません、話の腰を折って」

「だからね、ダメ元って感じで手紙を書いたの。最川さんが来なかったから、やっぱりフラれたんだと思ってたんだけど……読んでなかったのね」

 わたしの頭にいくつもの疑問符が浮かぶ。

「ちょっと待ってください。よくわからないんですけど、来なかったって?」

「会社を辞めてから海外に留学していたんだけど、その見送りに来てくれなかったから」

「フラれたっていうのは?」

「手紙に、最川さんのことが……あー、気になるみたいなことを書いたから」

 満永先輩は言いにくそうに言葉を濁しながら言った。

 頭の中がスローモーションのようにゆっくりとしか動かない。

「整理すると……つまり、満永先輩は、手紙でわたしのことが好きだと伝えた。でも、わたしが留学の見送りに行かなかったから、フラれたと思っていた、ということですか?」

「まあ、はい。そうです」

 わたしはがっくりとうなだれた。

 この一年半はなんだったのだろう。わたしは本当に馬鹿だ、阿保だ、マヌケだ。

「まあ、そんなに落ち込まないで。もう終わったことだし」

 満永先輩が言う。

 わたしは体を起こして満永先輩の手を握った。

「終わってません」

「え?」

「本当に遅くなってすみません。でも、わたしは、ずっと満永先輩のことが好きでした。今でも好きです。もう間に合いませんか?」

 満永先輩の目が驚きで見開かれる。

「か、彼女は?」

「ずっと前に別れました」

 ここはカフェのテラス席だ。カフェに集う人たちの目にも、道行く人たちの目にもさらされている。

 だけどそんなことを気にしている場合ではない。

 一年半の遅刻だ。

 なりふり構っている場合ではない。

 映画で見た女優たちのように、スマートにはできないけれど、わたしなりのカッコよさを、今満永先輩に見せるときだ。

「満永先輩のことが好きです。もう、遅いですか?」

「お、遅く、ない」

 今すぐ満永先輩を抱きしめたいが、テーブルが邪魔だ。

 まわりから歓声が起こるわけでもない。

 やっぱりカッコよく決めることなんてできそうにない。

 それでも、すれ違っていて、長い間掴めなかったその手を、ようやく掴むことができたのだ。



     了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わたしと彼女の●●●●●●な関係 悠生ゆう @yuk_7_kuy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ