渇望

一晩経てしまえば最も簡単に過去になる。

冤罪をかけられたことだって

過ぎてしまったことに違いない。

現在、昨日から見たところの

未来という場所を歩いているわけである。

この時間の概念を思うたびに

前に読んだモモという本が浮かぶ。

読了ツイートをするために

本の表紙を検索したところ、

苦手である怖い画像がヒットしてしまい

その晩は眠れなくなったことは

記憶に新しかった。

夜は自然と全ての物事を

仄暗く、恐怖の藍色へと染める力がある。

あれは純粋に視野が狭くなるという

言葉だけでは説明しきれないと感じていた。

夜には特別な力がある。

そう、いつからか過度に信じてやめなかった。


美月「…。」


また朝だ。

いつものような。


毎朝、こうして思案に耽りながら本を読み

ひと段落すれば外を眺む。

そして日によっては台所へと

足を伸ばして飲み物を欲す。

そう。

昨日も一昨日も繰り返した日常。


美月「さて。」


今日は休日。

そして、2日に1回の補血日だった。

2日に1回とはいえど、

今となっては1日半程経たところで

腹部にて違和感が居候し出している。

もう戻れないのだろうかと

半ば諦めの念すら浮かび上がった。

だが、諦めてどうする。

禁酒のような容量で禁血をしなければ。

…。

そう思うと、血が恋しくて仕方がなくなる。

自分のものは美味しくなかった。

波流のは美味しかった。

それを口にすることができなくなるのは…。


美月「…っ。」


こくりと喉を鳴らす。

すると、乾燥した喉は上下がくっつき

まともに呼吸することすら

息苦しさを覚えた。


美月「……あはは…………それはもう依存…ね…。」


気づいた時にはもう遅かった。

ティッシュと肌が

くっついていることに気づかなかった。

愚かながら一切疑いもせず

ここまでにきてしまっていた。


刹那、ぴろんと機械音が

心地悪く胸に響く。


波流『今日美月ちゃんの家行ってもいい?』


スマホを開かずとも

最新は通知をオンにしているために

ふわっと画面に浮かび上がる文字。

波流との関係が深くなった辺りから

すぐに気づけるようにと

通知をつけるようになった。

4月当初は通知だなんて煩わしいものは

一切つけていなかったのではなかったか。


いつからか手にしていた本を机の上に置き

充電器に刺さったままのスマホを

割れ物を扱うかのように

丁寧に持ち上げる。

一気に手中の重力は下へとかかり、

まるで腕から落ちてしまいそうで。

離さないようにぎゅっと握りしめ、

それからそうっとLINEを開く。


美月『いいわよ。』


波流『ほんと!やった!』


あの波流の笑顔が自然と浮かぶ。

波流はほぼ毎回突然提案をしてくる。

文面だけでは厚かましいだなんて

少しばかりは思ったけれど、

もしかしたら私に気を遣わせないために

あえて自分が押せ押せの態度を

取っているのではだなんて

思ったりもした。

真意は定かではないが、

この誘いは私の補血日だからというのは

当分前より目に見えている。

私も私とて何も気づかないふりをして

波流の誘いを受け取るのだった。


悠真や樹は時折降る雨に対して

心底落ち込んでいるようで、

反面その憂さ晴らしのためか

家の中を駆け回っていた。

特に珍しいことに樹が

どたどたと足音を鳴らして

家のあちらこちらへと

移動している音がそれとなく耳に届く。

その度にお手伝いさんが叱っている。

休みの日のために

両親は今お寺内にて仕事中。

ある意味樹は今の時間が

1番好き勝手出来るのだろう。


ととと。

足音が近づいたかと思えば

断りもなくすうっと

突如扉が開いたのだ。

それは真夜中に突然

黒猫が横切った時のような

心臓の跳ねようで、

自然と胸元に手を当てて

落ち着くよう願っていた。


悠真「おーいねーちゃーん。」


美月「何よ。」


悠真「樹が落ち着きねーよ。」


悠真は呆れたと言わんばかりの

ため息と疲れ切った声色で

私の元に来ていた。

そのだらんと垂らした腕から

何度か樹を捕まえようとしたのだろうと

読み取ることができる。


美月「聞いてたら分かるわ。」


悠真「じゃあなんとかしてくれよー。」


美月「それは…悠真やお手伝いさんに任せるわよ。」


悠真「俺じゃ聞かねえって。」


美月「樹は何をしているの。」


悠真「さあ。走り回っては叱られてぽかーんとしての繰り返しだよ。」


美月「あぁ…。」


天真爛漫で悪戯の好きな樹。

そんな樹が走り回っては

叱られてぽかーんとしての

繰り返しをしているらしい。

悪戯は好きだから叱られて

逃げていることも屡々あるが、

だが、今日はその比ではないことが

遠くから聞いていて分かっていた。

あぁ。

また遠くで樹を呼ぶ声がする。


そういえば、数年前にも

このようなことがなかっただろうか。

樹は変わらずにこにことはしているのだが

何かひと通りの行動を

繰り返してはやまないのだ。

まるで体が不自由だった子供が

新しい体を手に入れて

やりたかった行動を片っ端からしている、

それを延々と繰り返している…

という印象を持ったんだったか。

そのこともあり、怖いものは

段々と苦手になっていったのだ。


そのことを思い返してから

悠真の顔を見ていると、

前回私は悠真の立場に

立っていたのだろうと感じる。


美月「悠真、覚えてる?」


悠真「何を。」


美月「樹、3年くらい前にもそんなことがあったじゃない。」


悠真「あったっけ。」


美月「あったのよ。」


悠真「え、覚えてねー。」


美月「悠真も小さかったしね。」


悠真「んで、その前の時はどうしたの?」


美月「えっと…結局パパとママがどうにかしたんじゃなかったかしら。」


悠真「え、全然知らねーじゃん。」


美月「樹、呼び寄せやすいんじゃないかしら。」


悠真「そーなんだ。」


美月「それか、パパとママがいなくてはしゃいでるだけね。」


悠真「留守番くらい時々あるけどそんな頻繁にあんな奇行してないよ。」


美月「そうよね。お手伝いさんづてにパパあたりに知らせてあげて。」


悠真「おー。」


悠真は気の抜けた返事をすると、

重くは捉えていないようで

さっさと背を向けてしまった。

あくまで対処法を聞きに来た

隣人のようであった。

家族と言えるほど気を抜けるけれど

家族というほどずっと

一緒に過ごしているわけではなく、

あくまでお互い個人の時間を

尊重しているような。

その背中に対して声を投げ飛ばす。


美月「後、午後からまた人が来るわ。」


悠真「あのお姉さんっぽい人?」


美月「えぇ、そうよ。」


悠真「仲良いね。ひゅーひゅー。」


美月「はいはい。」


鳴らない指笛のポーズをとりながら

口でひゅーと言った後、

特に走ることもなく扉を閉め

ここを後にしていった。

私から追われることはないと

直感で判断していたんだろう。


午後も曇り空が広がる今日。

雨は降らなければいいのだけど。





***





午後ともなれば、更に雲は分厚くなり

いつ雨が降るか分からない程に

積もり重なっていた。


美月「降るかしらね。」


心配をするにも集中力が続かなかった。

そう。

もうメーターは0に近い。

それが分かった。

腹部の異常感が強くなっている。

今のところ家の中では

誰かが怪我していることはないようで

衝動に突き動かされてはいない。

辛うじて、だけれど。


その時。

遠くから血の雰囲気を感じた。

それと同時に家の扉が開かれたのか

気圧の変化がこの身を打つ。

雨が降るかもしれない空模様だったために

誰もが窓を閉めていたのだろう。

だからこそ分かる変化だったのだ。


美月「…っ……っ!」


怖い。


あぁ。

何故そう思った。

何故か、そう思った。

こうなってしまったら

私は考えをまとめることが

残念ながら出来なくなってしまう。

これに抗う術は

未だに見つけられなかった。

見つけようとする心も

血と共に流れていった。


私は、なりたくなかった未来像へと

直進していないだろうか?


とんとんと。

音が鳴ったのをきっかけに

はっとして顔を上げる。


波流「お邪魔します!」


美月「…!」


波流は変わらずこっちを見た後

にこっと笑ってくれた。

そう。

いつものように。


お手伝いさんは波流のことを見届け、

お茶や菓子の用意のために

そそくさとここを後にしてゆく。

視界の端に捉えているはいいものの

意識は全てあなたの指先に注がれている。


お手伝いさんがいなくなった瞬間、

私は立ち呆けていた波流に

縋るように手をとった。

手を。

指先を。


美月「…早く。」


波流「待って待って、多分もう1回さっきの方来るでしょ?」


美月「でも」


波流「それまでは待とうよ。」


美月「待てないわよ。この匂いを前にして。」


波流「…待とう。美月ちゃん。」


どうして。

どうしてそう言うのだ。

これまで私が欲せば

いつだってくれたじゃないか。

どうして今くれないの。

待てと言うの。


先程までの理性さなど欠片もなく

懇願するように波流へと視線を注ぐ。

こちらを見て。

見て。

それからもう1度答えを。


願いながら私より背の高い波流を眺む。

すると、不意に目があった。

合わせてくれた。

それは、道端に捨てられている

犬に向けるような、

身寄りのない子供に対して向けるような、

そんな慈愛の目。

それから、この世の中の理に

納得がいっていないかのような悲観の目。


私が見たことのない表情だった。


美月「…!」


波流「お願い、少しだけ。」


美月「……ぅ…分かったわよ。」


波流「ごめんね。」


らしくもなく謝った波流は

その後視線を合わせてくれなかった。


お手伝いさんは思っている以上に

時間をかけてこちらまで来たように思えた。

私の時間感覚が狂っているのか、

純粋にお手伝いさんの準備が遅かったのか

今の私には判断することはできない。

私が気が気でない中で

お茶とお菓子の乗っているトレーを受け取り

慌てて机へと持ってゆく。

お手伝いさんに対して

どのような言葉を使ったのか、

どのような態度を取っていたのかも

もう既に抜け落ちている。


机の上が豪勢になった後、

私は改めて波流に詰め寄った。


美月「待ったわよ。」


波流「…うん、そうだよね。」


美月「お願い、早く。」


波流「ねぇ、美月ちゃん。」


美月「何よ。」


波流「…私からこう…吸血の提案はしたよ。凌ぐためにさ。」


美月「後でいい話なら後にしてちょうだい。」


波流「…1回摂取しないと話せそうにない?」


美月「波流。」


どうしても齧り付く前に聞いてほしいのか

中々刃を手にしてくれない。

どうしてよ。

お手伝いさんといい波流といい、

今日は皆私を置いてゆく。

私はここから動けない。

この、本ばかり堆く積もった

何もない部屋でずっと。

ずっと。


波流は意を結したのか

鞄からペンタイプのカッターを取り出し、

絆創膏が貼ってあった場所を

切るつもりだったのか

それをぺりぺりと音を立てて剥がした。

音ひとつひとつがいつもは

耳に確と入るのだが、

今に限ってはそんなことどうでもよかった。

傷口が見える。

一昨日の傷だろうか。

まだ血の匂いが、甘い匂いがするのだから

最近瘡蓋が剥がれてしまったんだろうか。


私はどうしても待ちきれずに

菌は繁殖してしまっているかもしれない

その指を手に取りぱくりと

口にしたのだ。

ふんわりとしたものしか巡らないけれど、

ないよりはマシだ。

じんわり、じんわりと体を巡る。

生きる活力が補給されている。


波流「いづっ…ちょ、ちょっと待ってよ。」


美月「…。」


波流「ねえ、美月ちゃん!」


美月「…!」


ふと。

波流が声を強めにかけながら

肩を揺さぶるものだから

指が離れてしまった。

あぁ。

もったいない。


私はいつからこうも簡単に

血を補給することに対して

抵抗がなくなっていったんだろう。

普通に1番でいることが

目標であったはずなのに。

それは数日前まではきちんと

念頭にあったはずなのに。


そんな思考は一瞬のみ全面へと進んで

もう既に霞の奥へと消えてしまった。


波流「今、準備するから。」


そういうと私の手を優しく振り払い、

指を切る準備へと入った。

振り払われた時、なんとも言えない

物悲しさが私のことを襲ったのだ。

何だ。

私が依存してしまったのは

血ではなく波流だったのだろうか?


波流はいつものように

少しばかり時間をかけて

ゆっくりと指にカッターを沈めた。


美月「…!」


ふんわりと香った鮮やかなもの。

鮮やかな、新鮮な。

水族館や狭いトイレ、教室、

グランドピアノのあった音楽室。

様々な場所がありありと想像できた。


波流の指から明らかに香っている。

新鮮。

水族館でも感じた、その鮮やかさ。


たった今だけはこの紅色が

とんでもなく愛おしく見えた。

あの時は確か抵抗したのだ。

普通の人間でいたいから。

だから。

最後の抵抗を。


その血を荒く舐めた。


あぁ。

そう。

これだ。

これを待ってた。

これがなければ

私は生きていけない。


喪失していた体の部分から

芽が生え蘇っている。

体の底から再生されている。

分かる。

感覚ではなくこれが栄養となって

私は生きている。

足裏から頭の先、

髪の毛の先まで血が漲るのだ。


もっともっと。

足りない。

この程度じゃ足りない。

前々から思っていた。

完全に満たされることは無くなっていた。

足りなかった。

いつからか9割、8割7割と

満たされている量は減っていた。

摂取する量が減ったわけではないはず。

それなのに、依存症のように

飽き足らず延々と求め続けて

がりがりと傷口付近を奥歯で噛み締めた。

これまでよりもずっと強く。

傷が広がるようにと思いながら。


波流「い゛っ!?」


ばっ、と。

波流は私の肩を咄嗟に物凄い力で押し、

その拍子に尻餅をついてしまった。

どん、と鈍い音が浅く耳に届く。

まだ足りない証拠だ。

私の視線がゆく先は変わらず

波流の指先だけだった。

もう、顔は視界に入っていない。


美月「何するの。」


波流「痛かったから」


美月「足りないのよ。」


波流「…おかしいよ、美月ちゃん。」


美月「波流は味方なんでしょう。」


波流「…!」


美月「なら、もっと深く切りなさいよ。」


衝動に任せているせいで

自分がどんな言葉を発しているのか、

どちらの種類の言葉を

この場へ放っているのか分からない。

理解できない。

理解できない。

どうして私のためと言いながら

1から100まで力になってはくれないのか?


美月「そうだ。瀉血って知ってるかしら?」


波流「…え?」


美月「瀉血。二の腕あたりを圧迫して、肘の内側の血管に注射器を刺すの。」


波流「美月ちゃん…?」


美月「注射器はないからカッターでするしかないけれど。血が出るのよ、沢山。」


波流「い、嫌だよ。」


美月「何でよ。」


波流「嫌。」


そう言い、彼女は座りながらも

後退りしている。

これじゃまるで私が悪者じゃないか。

私があなたを追い詰めているみたいじゃないか。


違う。

波流は言ったのだ。

私の味方になると。


美月「私の為に何でもするんじゃなかったの。」


波流「そんなこと言ってない。」


美月「言ったじゃない。」





°°°°°





波流「…美月ちゃん。」


美月「ふー…ふー…。」


波流「怖いよね。」


美月「…ぅ……ふー…。」


波流「大丈夫。」


美月「……根拠は…。」


波流「根拠…。」


美月「大丈夫だなんて…言える根拠は…っ。」


波流「美月ちゃんのこの状態が治るまで、私が力になる。」


美月「…はは……何が大丈夫…なんですか…。」


波流「大丈夫だよ。絶対。」





°°°°°




美月「この状態が治るまで、私が力になるって言ってたじゃない!」


波流「…!」


美月「私の味方だって、軽蔑しないって言ったじゃない。」


波流「…。」


美月「味方だって…」


波流「言いなりと味方は違うよ。」


その場を制したのは

紛れもなくあなたの声だった。

聞いたことのない波流の声。


あぁ。

さっきも見たことのない顔をしていたっけ。

今日は私の知らない波流しか

見ていない気がする。

いや、この部屋に来てすぐは

いつものような笑顔だったか。

どうしたらあの笑顔になるのだろう。

あのように笑ってくれるんだろう。


あぁ。

私、お腹が空いている。

喉が渇いているの。


美月「波流。」


波流「…。」


美月「瀉血が駄目なのは分かったわよ。なら、もう1か所切って。」


波流「…っ…だから」


美月「喉が渇いたのよ。」


そうっと波流へと手を伸ばす。

そう。

割れ物へと触れるように。

私の命の湧きどころに。


離してはいけない。

離してはいけない。

波流を。

あなたを。


…。

そのかわり離してしまったのだ。

覚えていなければならない過去を。


私が近づく度に鞄を手にし

扉付近へと立って逃げてゆく。

どうして。

この問いが晴れることはなかった。

どうしてこんな症状に悩まなければ

ならなかったのだろうか。

どうして私だったのだろうか。

どうして。

どうして、波流は助けてくれたのだろうか。

どうして軽蔑しなかったのだろうか。

どうして、私が冤罪をかけられなければ

ならなかったのだろうか。

どうして。

…。

…どうして、波流は離れていくのか。


波流の目つきは怯える動物のようで、

ふるふると小刻みに震えていると

理性の端で捉えていた。

ただ、機能していない理性は

それを大切に抱えることなどしなかった。


波流「……おかしいよ、やっぱり。」


美月「おかしくないわ。これまでだってこうだったじゃない。」


波流「違うよ。」


美月「違わないわ。だから早く」


波流「もうやめてよ!」


美月「…!?」


波流「やめて、来ないでよ!」


波流はそう金切り声を上げた後、

扉を開いてとたとたと足音を立て

この部屋から私を置いて逃げてしまった。

足音を聞いて思い出す。

樹の足音がないことに。

もうパパやママの元に行ったのかしら。


あぁ。

ぁ、ぁ…。


私は波流を追うことができずに

奇しくも戻ってきた理性で今までの言動を

振り返ることしかできなかった。

とはいえ僅かに甘い香りが漂うものだから

その空気を虚しく抱くの。

扉を閉める気にもなれず、

扉近くの壁に背を寄せて膝を抱えた。

すん、と鼻を鳴らす。

変わらず和に染め上げられた香り。

そして微かに揺らめく鮮血の色。


美月「……波流…。」


もうここにはいない人の名前が

ほろりと口から溢れた。


1人で生きていく。

そう。

禁血をするのだろう。

なぁ。

これでいいのだ。

自分の非を正しいことに変換して

飲み込もうとする私がした。


これで正しい。

このまま波流に頼ってしまっては

悪化の一途を辿るのみ。

それでは駄目だったろう。

いつしかは通らなければ

ならなかった道だろう。


そうだ。

そうだろう。


私には、波流を追う勇気も元気もない。

意義を感じるな。

必要だと思うな。

今駆け寄ったって怖がられるだけ。


後から理由をつけるのは簡単だ。

簡単なのだ。





°°°°°





「どうしてそんなことするの。」


「あははっ。」


「ねえ、なんで。」


「だって楽しいんだもーん。」


「…ひどいよ。」


「えー?」


「ひどい。友達なのに。」


「でもみんなもやってるじゃん。」


「…ら…い……。」


「えー何ー?はっきり喋ってよー。」


「友達なんていらない!」





°°°°°





私は拠り所が欲しかった。

1人で頑張ってきたのだ。

自分だけで解決してきた。

…。

認めて欲しかった。

どれだけ凭れても受け入れてくれる。

そんな場所が欲しかった。


美月「……………歩…ねぇ…。」


自然と、数年ぶりにその言葉を、

その名前を口にした。

何故か、呼びたくなってしまった。


いつだって拠り所は

自分で壊してきたのだ。

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