波の過ぎ来し方

今日は日中、エアコンが必須になるほど

気温は高くなるらしい。

いよいよ夏本番がやってくる。

風によって取り付けていた

風鈴が健気に鳴っている。

夏だよ、と知らせてくるものは

それだけではない。

日中と朝方の気温差もそのひとつ。

天気がいいといいほど

その気温差は大きくなる。

朝はまだ布団にくるまる日も少なくない。

反して昼間の服装は

もう半袖でなくてはやり過ごせない。

学校内でも制服調整期間を

若干ながら前倒しし、

既に半袖で登校している人もいるほどだ。


昨日のことを思い返してみれば、

夏服セーラーに薄手の夏用セーターを

着用している人もちらほらいた。

波流もその1人だろう。

涼しげな青系の襟を

脳内で想起する。

夏が来たのかと

淋しくなったのだって嘘ではない。


私はというと未だに

冬服セーラーで登校していたので

言わずもがな汗だくだった。

ただ、来週以降は元々の

制服調整期間のはずなので

夏服を着ることにしようか。


美月「…。」


手で額を拭うと、

うっすらながら肌が湿っていることに

嫌でも気づいてしまった。

気持ちが悪く、

もうお風呂に入りたいとは思うが、

先程入ったばかりだし

我慢することにした。


この1週間、部活がなかったからか

体が重く感じる。

やはり何もしなかったら

体は鈍って行くのだ。

部員がコロナに感染してから

1週間は部活動が停止すると

連絡があったのだ。

同級生や波流まで

喜んでいたのを覚えている。

日々の部活が厳しいのもあって

多くの人が喜んだだろう。

厳しいにもかかわらず

多くの人が練習についてこようと

必死になっているのだから、

ここで喜ぶのも不思議に思った。


部活動が休みの間は

悠々としている時間が多かった。

学校の図書館に入り浸り、

少しばかり飽きてしまったら

市民図書館へと移る。

そして気になっていた文字たちを

じっくりと目で追う。

目で追う間は架空の世界の住人になる。

現実から目を背けられる

唯一の時間なのだ。

だから、1冊が終わってしまうと

とんでもない虚無感に襲われ、

余韻に浸りながらそっと

最後のページを捲り、

優しく裏表紙を閉じる。

そしたら、現実に目を向けなければならない。


現実から目を逸らすために、

陽奈にどんな本を紹介するのか

脳内で設計立てて行く。

逆に、どんな曲を紹介してもらえるのか

内心わくわくしながら。


図書室にいた陽奈と2週間に1回、

互いにおすすめの本、曲を

教え合うという行事は

今になっても続いていた。

お互い放ることはなく、

双方部活がある場合は

部活後や昼休み、また、翌日にずらすなどして

どうにか繋いでいたのだ。

私は本、彼女からは曲をお薦めし合う。


陽奈は始め、いかにも大人しそうで、

人と話すのは好きそうではないという

印象ばかりを持っていたのだが、

最近ではどうもそうばかりではないことが

分かってきたのだ。

陽奈は、人前は勿論人と話すことは

大の苦手らしいが、

数回話し時間を重ねた相手であるならば

それほど緊張しなくなるらしい。

とはいえ世間的に見れば

まだまだ緊張している域ではないかと

言われるだろうけれど、

陽奈としては打ち解けているようで。

現に、行事毎に会って話す度、

最近では昨日会った事や

ちょっとした悩みまで話してくれている。

授業で当てられて分からなかったけど、

言ってみたら当たってただとか、

理想と現実のギャップが大変だとか、

合唱部の活動でなかなか技術的に

上手くいかないだとか。

陽奈には従姉妹に2歳下の

絵を描く子がいるらしく、

その人はどうやら年齢以上の

技術を持っているのだとか。

それもあり、自分の技量について

見直すことが多いそうだ。


思えば。

思えば、私は波流に対して

この衝動の件以外で

何かしら相談したことがあっただろうか?


美月「…?」


ぶー、ぶー。

そう、スマホが振動していた。

何かと思って見てみると、

波流という文字が浮かんでいるのが見える。

つい最近まで全く知りもしない

赤の他人だったのに、

今ではこうも簡単に

連絡できる仲になっている。

それを実感するほど、

今に対して可笑しいものだと感じていた。

人の人生とはこうも簡単に変わるもの。

良くも悪くも、変わるもの。

それで浮かぶのは何故か、

いや必然か、長束先輩のことだった。


LINEを開くと、波流の快活さが

文面からでさえ伝わってくる。

私自身、波流という画面の奥にいる人の顔が

分かっているからそう思うのかもしれない。

もし、これがSNS上だけの、

それこそTwitterだけの繋がりなのだとしたら、

この文章に対して快活だなんて印象は

抱かなかっただろう。




波流『今日天気いいから公園とかでピクニックついでにバドしよーよ!』




そんなお誘いのメッセージだった。

急な誘いだと笑ってしまう。

今からか…と気だるい気もするが、

確かに天気もいいし外に出たい気はある。

その上、体が鈍っているのもあり

少しだけでも体を慣れさせておきたいと

思っていたところだ。

そう、簡単に理由を後付けすると

外に出ようという気持ちが

ずんずんと湧いてくる。


すぐさま返そうとスマホを手に取り、

真っ暗な顔をしたそれを

ぱっと明るくさせてやる。

それから当たり前だが

無言で返信のための文章を作ってゆく。

こち、こちという時計の音が

しんと心に響き渡って、

ゆっくりとした時間の流れのはずが

いつの間にかあっという程

流れて進んでしまう。


美月『いいわよ。どこにする?』


波流『やった!大きい公園があればいいけど。』


美月『小さくてもいいなら近くにあるわ。』


波流『本当!?前美月ちゃんの家行ったし方向はぎり分かると思う!』


美月『駅まで行くわよ。』


波流『大丈夫大丈夫!そっちまで行くよ。』


ここで意地を張っても仕方ないと思い、

まあいいかと珍しい気持ちでスマホを閉じた。

それから自室を出て

台所までひたひたと

音を鳴らしながら歩く。

夏が近づいているのもあって、

外に見える鬱蒼とした木々らは

もう蝉を宿しているのではないかと

勘違いしてしまうほど。

現に蝉が鳴き始めていても

おかしくないような天候だ。


とたとたとた。

不意にそんな音が聞こえたと思えば

半袖に短パンという

いかにも夏の格好をしている悠真が

大広間を走っているのが見えた。

廊下を歩いている私に気づいたのか、

片手を上げて声をかけてくる。


悠真「あ、ねーちゃん。」


美月「どうしたのその格好。」


悠真「いーだろ、夏だよ夏。」


美月「見れば分かるわよ。」


悠真「ちぇ、可愛くねーの。」


美月「どこか行くの?」


悠真「そ。友達んちでゲームすんだ。」


美月「そう。今時オンラインっていうのに集まってするだなんて珍しいわね。」


悠真「隣にいた方が顔見れて面白いじゃん。」


美月「別に否定はしてないわよ。」


悠真「だってさ、勝ったら相手の悔しい顔見れるんだよ?」


美月「悠真も大概ね。」


悠真「ねーちゃんには言われたくねーなぁ。」


美月「お互い様よ。」


悠真は私と話している最中、

持っていたリュックの中身を

確認し出したのか

がさごそと漁り出していた。

友達の前でもこんなふうな

態度をとっていないか

心配になってくる。

悠真は私とも樹とも違う人間だと

分かってはいるけれど。

違うからこそ、だろう。


悠真「樹もねーちゃんもインドアだもんなぁ。」


美月「私は最近ちゃんと出てるわよ。」


悠真「学校だろ?」


美月「まあ、部活が殆どだけれど。」


悠真「ねーちゃんが運動部っての、今でも信じらんない。」


美月「ギャップよギャップ。」


悠真「へへ、需要ないな。」


美月「五月蝿いわよ。」


悠真「っべ、じゃ、俺行ってくるー!」


美月「ちょっと、悠真ー!」


私がむっとした顔をすると、

悠真は慌てて、又は手慣れたように

足早にその場を後にした。

リュックはチャックをしっかりと閉めずに

そのまま走り去って行く。


美月「悠真ー!鞄のチャック開いてるわよー!」


そう声をかけても、

片手を上げて反応を示すわけでもなく。

私が嘘でもついて

気を逸らそうとしているだなんて

考えたのだろう。

後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから

台所に行こうとした時だった。


この暑さで浮かぶことがあった。

…。

子供の頃はよく山に入っては怒られた。

1番怒られたのはー


美月「………秘密基地。」


そう。

あれは夏休みのことだったはず。

この暑さにもなると夏も同然。

あの山に入ってみるのも

悪くはないのかもしれない。

1度腹を括って会いに行こうとしたくらいだ。

きっと私は強くなっている。

…きっと。

…。


…だから、今の私なら

山に入ったって、

あの開けた丘の部分に行ったって

きっと…。

…。

…これまでほど苦しくなることは

ないはずなのだ。


…。

そう思い立って、

私は台所に行くのをやめ

先ほどの悠真のように

早足で自室へと向かう。

そして、眠っているスマホを叩き起こし、

急いで今の考えを文字にするのだ。


美月『場所あったわ。私の家の裏にある山にしましょうよ。』


勢いで送ったはいいものの、

直ぐに既読がつかないからか

刹那不安に染まって行く。

そんな直ぐに返信が来るだなんて

期待はしていなかったけれど、

たった数分だけで

こんな気持ちになってしまう。

波流に対して無意識のうちに

期待しているということなのだろう。

その裏返しにて見えた心は

私にはまだ受け入れがたかった。


刹那、胸が跳ねる。

ぴこんと、唐突になったかと思えば。


波流『いいの!?行ってみたい!』


フットワークが軽いのだろう。

その上、私の家には既に来たことがあるからか

思っているよりも安易に

その言葉が発せられたようで。


美月「ふふっ。」


変なところで遠慮をしないところが

これまたいいところなのだろうな。

嶋原先輩は波流のこんなところに惹かれて、

将又波流は嶋原先輩の

また自分にはない部分に惹かれて

お互い長年一緒にいるのだろうな。

お互い、尊重しあっているのだろうな。


…。

私も、そうなれたらよかった。





***





日が昇っていき、いつの間にか

頂点あたりまで高く霞んでいる。

何もせずとも汗が流れるほどで、

明日はさらにこれよりも暑くなるという

予報がある程だから恐ろしい。

5月ではないと毎度思うが、

4月にも同じようなことを口にしていただろう。

4月の暑さではない、と。

7、8月の暑さではそんなことは

一切口にしないのに。

5月はある意味偏見を持たれているのかも。


小さめの鞄に水筒やタオル、

お手伝いさんが作ってくれた

2人分のお弁当にレジャーシート、

それから貴重品を詰め、

肩ではラケットを鳴らした。

シャトルも家の納戸に幾つか

持ち合わせていたので一応詰めて。

波流が持ってきてくれると言っていたし

私の持つものは納戸にあったもので

古いものだし使うことはないだろうな。


予め家の門の近くで

帽子を飛ばないよう深めに被り

本を手にして待っていた。

ぶぶーっと時折車の流れる音。

それから小鳥や鳩、烏の鳴き声。

他、子供連れの親や自転車の音。

それらに耳を澄ましているうちにふと、

こちらへと走ってくる足音。


波流「おはよう!お待たせ!」


美月「おはよう。そんなに待ってないわ。」


波流「本当?本を読むってことは結構暇だったんじゃない?」


美月「いいえ、これはただの習慣よ。」


波流「そっかそっか。ならよかった。」


波流はにこりと笑ってそう言う。

私とはたった1歳しか変わらないのだが、

こんな仕草を見るあたりどうにも

年上なような雰囲気が滲み出てくるのだ。

嶋原先輩といる時は反転し

幼い子供のようにはしゃいでいるのだが。

いい意味で相手によって

テンションを変えているのだろう。


波流「今日もありがとね。」


美月「呼んだのは私よ。」


波流「同意したのは私!」


美月「それはそうだけれど。」


波流「今日もね、おやつ持ってきたよ!ちゃんとチョコ以外で。」


美月「それなら安心だわ。チョコ系だったらどうしようかと思ったもの。」


波流「えへへ、そこまでへっぽこじゃないよ。」


美月「私の目が甘かったみたいだわ。」


波流「これからずしずし鍛えておくれよ。」


美月「それはなんだか癪だわ。」


波流「え、何で!」


波流はぎょっとし

悲しそうな顔をしたけれど、

どうにもちゃんと間に

受けているわけではないようで

安心しながら毒を吐いた。

波流なら受け流してくれる。

もしかしたら深く

傷ついているのかもしれないが、

その場合は私に直接言ってくれる。

そんな信頼がいつからか胸の奥に

存在していた。

確かに存在していたのだ。


それから私たちは足を揃え

お寺の裏へ進み、

山の方へと向かって行く。

草木は思っているよりも

生い茂っており、

道から1歩でも逸れると

足は忽ち草に埋もれて虫の餌食になる。

畦道にも幾分か虫は這っており、

それを見る度波流は背筋を震わせ

駆け足で数歩進んだ。

虫は得意ではないらしく、

終始、配慮しているのか

小さい声で叫びながら

足を動かしていた。

緩やかながら傾斜ではあるので、

虫に怯え走る度、

息を上げてきらきらと笑うのだ。

それにつられて私も

口角を上げる羽目になった。


暫くすると波流は

燥ぐことにも疲れてしまったのか、

汗を流しながらマスクを顎へとずらし

肩で息をしていた。

肺もいっぱいいっぱいになっていることだろう。


波流「はぁ…はぁ…わー、だいぶ歩いたなぁ…。」


美月「もう少しのはずよ。」


波流「はずって…。」


美月「私もくるのは久しぶりなの。」


波流「あ、そーなんだ!それじゃあ草ぼーぼーかな。」


美月「手入れはされているはずよ。多分。」


波流「多分かぁ…。」


波流が落胆したような声を森林に落とす。

辺りを見回せば高い位置には

大きな蜘蛛の巣が貼られており、

下を見てみれば蟻やら

先日お世話になったダンゴムシやらが

せっせと働いている。

小さい頃はこれらを

素手で掴んで遊んだものだ。

それこと先日の樹のように。

今この年齢になってしまえば

もうすることはなくなったけれど。

けれど、それすら本の中で

誰かが叶えてくれるのだ。

だから私は淋しくなかった。

淋しくないと言い聞かせてきた。


実際山に入ってみれば、

当時はもっとずっと遠かったはずの道のりも

随分と近くに思えてくる。

あの時はもう帰れないとさえ思った。

2人で迷って、

私が弱音を吐いた時

あなたは確か大丈夫だと言ってくれたっけ。

記憶を美化してしまっているのだろうか。

長時間迷った末にたどり着いた丘。

それがこの先に。


波流「あ、見て、明るい!」


美月「着くわね。」


波流「よーし、あともうひと頑張り!」


そういうと波流は走って

駆け上がってしまった。

あの時は…。


…逆だったかしら。





°°°°°





「見てみて、向こう!」


美月「え…?」


「ほら、光!」


美月「ほんとだ!」


「よし、気をつけて行こう!」


美月「いーや、私は走ってくもん!」


「え、待ってよー!」


美月「あははっ。」





°°°°°





要らないことばかり思い出す。

いらないことばかり…。

…。

要らないことではないのかしら。


波流の背中を追って

最後の坂を登り切ると、

そこには大変広く整備されており、

一面緑で覆い尽くされた土地が見えた。

薄緑から濃い緑まで、

癒しの色で染まっている絨毯は

ふさふさしていそうで

思わずしゃがんで手を伸ばした。

近くにあった花は

穏やかに揺れており、

心地よさそうに笑っている気がした。

波流はどうかと、

ちらと確認きてみれば、

波流も波流で心地よさそうに

欠伸をし、上体をぐっと伸ばしていた。


波流「ふぁ、は…んーっ!はぁ。めっちゃいいところじゃん!」


美月「でしょう?」


波流「うん!しかも貸切!」


美月「まあ、私有地だからね。」


波流「これが私有地…凄すぎる…。」


美月「この山の別の場所では何かしら果物を育てているとは聞いたことがあるわ。」


波流「家の中で果物!?」


美月「えぇ、行ったことはないから分からないけれど。」


波流「この方15年くらい行ったことないのが不思議だよ。私だったら通っちゃうね。」


美月「別に毎日実るわけじゃないのよ。」


波流「そうだけどー。」


美月「ほら、レジャーシート持ってきたから座ってちょうだい。」


波流「本当!?ありがとう!私何も持ってきてなかったから助かるよ!」


レジャーシートを広げるや否や

波流は大の字に寝転がった。

青空は私たちを吸い込むのでは

ないかと思うほど広く青い。

ぼうっと空を眺めていると

鳥が飛んだことで、

漸く時間が経ていることを思い出した。


波流「美月ちゃんも寝転がりなよ。」


美月「私?」


波流「勿論。最近色々あったし疲れてたでしょ。」


美月「疲れてはいないわ。」


波流「ほれほれ口は閉じて寝転がったー。」


美月「…はいはい、分かったわよ。」


ここで突き放すことだって出来たのに

私はそれをしなかった。

利害関係という言葉だけでは

言い表せなくなっている。

私たちは一体ただの先輩後輩という他に

どんな関係だと言えるのだろう。


大きめのレジャーシートを

持ったきてよかった、

2人で寝転がってもまだ場所は余る。

片付けは大変だが、

それでも寝転がれる方が

得を感じたのだ。

寝転がることを予め予想していたわけでは

なかったはずなのに、

無意識のうちに波流は

寝転がるだろうだなんて

考えていたのかもしれないな。


波流「気持ちいいねぇ。」


美月「そうね。」


波流「寝たくなっちゃうなぁ。」


美月「バドミントンするんじゃなかったかしら?」


波流「えー、美月ちゃんと会う口実だよー。」


美月「暇だったら誘えば会うわよ。」


波流「ほんと?」


美月「えぇ。嘘はつかないわ。」


波流「えへへ、んじゃあこれから安易にさーそお。」


美月「毎日はやめてちょうだいね。」


波流「ぎく。」


美月「その白白しい「ぎく」は何かしら。」


波流「あはは、流石に毎日はしないよ。美月ちゃんにも負担かかっちゃう。」


美月「えぇ。」


波流「うーん、週1?」


美月「部活始まったら厳しいかしら。」


波流「あ、そうかも。」


美月「部活がないからこうやって伸び伸びとしてられるのよ。」


波流「スパルタだよねぇ、顧問の先生。」


美月「割とそうね。」


波流「今のこの時間大切にしなきゃ。」


美月「ゆったりできる唯一の時間だものね。」


波流「うんうん。あ、でもバド部入ってなかったら美月ちゃんとこうやって遊ぶこともなかったのかな?」


美月「そうかしら。」


波流「そうだよ。だって一緒に帰ることもなかっただろうし。」


美月「けれど、宝探しで出会うことには変わりないわ。」


波流「うーん…知り合いだけど友達って感じではなかっただろうなぁ。」


美月「あぁ…そんな今もあったかもしれないわね。」


波流「もしこうだったらってよく考えちゃうんだよね。」


美月「私もあるわ。時々。」


波流「そうなの?美月ちゃんそんなことあんまなさそうだなって思ってた。」


美月「時々よ。少ないわ。」


波流「そっかそっか。あるよね。あの時こう言ってたらとか、この高校行ってたらとか。」


美月「あるわね。私元々成山ヶ丘高校に入学する予定だったのだし。」


波流「え゛っ!?」


美月「そんな声出さなくても。」


波流「そりゃびっくりするよ!あの頭いいところ?」


美月「えぇ。まぁ、蹴ったのだけれど。」


波流「何で何で何でー!」


美月「そりゃあ…理由があるからよ。」


波流「その理由を聞いてるのー。」


美月「……簡単に言うと憧れの人がいただけよ。」


波流「え、私?」


美月「じゃないわ。」


波流「なんだぁ…。」


美月「全然違う人よ。ただ、もう卒業しているっぽいけれど。」


波流「え、そうなの?」


美月「えぇ。」


波流「あらら…それは残念だね。」


美月「その人の母校に通えてるってだけで十分よ。」


波流「そっかぁ。美月ちゃんは憧れとか目標のために努力できる人だよね。」


美月「当たり前よ、これくらい。」


波流「これくらいで済ましていいレベルなのかな…。」


美月「私がいいと言ったらそれでいいのよ。」


波流「美月ちゃんはさ、前々から思ってたんだけどものすごく頑張り屋さんだよね。」


美月「何よ急に。」


波流「かっこいいと思うよ。」


美月「べた褒めし出すなんてらしくないじゃない。」


波流「え、私結構褒めたつもり」


美月「冗談よ冗談。結構褒めてるわ。そして、続きは?」


波流「へ、あ、そうだった。何でかっこいいって思うかってね、私はあんま頑張り続けるって苦手だからさ。」


ふと隣を確認してみれば、

ふう、と大きく息を吐いている

彼女の姿があった。

いつだか青空に引き込まれるかもしれない。

先に青に染まるのは私かもしれないし

波流かもしれない。

今だけは、波流の方が先に

青のその先へと連れていかれるような

気がしてしまったのだ。

憂げを帯びた視線は

青空に恋をしているように見える。


美月「そうなのね。」


波流「うん。だからすーぐ心折れちゃう。」


美月「にしてはあのスパルタ部活に所属し続けてるのね。」


波流「あー…何となくね。」


美月「何となくで続けられるものかしら。」


波流「どうだろ、何かひとつ受験の時に「これ頑張りました」って言えるといいなって思って。」


美月「だからってあの部活を続けようだなんてよく思ったわね。」


波流「友達が出来てたのもあるし、それに…うーん…何となくだよね。」


美月「多分思っているよりも度胸あるわよ。」


波流「私?」


美月「えぇ。」


波流「そっかぁ。」


ふにゃりと笑った波流は

確実に青に引き寄せられてた。

けれど気づいたの。

その青は空ではなく海だったと。


その後、私たちは波流の言葉通り

バドミントンをはじめ、

風が吹くため苦戦しながらラリーを続けた。

私も当初より少しは打てるようになり、

外でも数十回はラリーが

できるようになった。

自主練にて素振りをしたこともあったし

何かと全てが自分の力になっている。


今のところあの衝動はなく

ただただ楽しい時間がたっている。

だが、これも過ぎ去る時間となって

私が得意ではない過去へと

成り下がっていく。

否、成り上がっていく、だろうか。

私たちはどうしようもなく

流れる時の中荒波に揉まれながら

試行錯誤を重ねて生きているのだ。


この時間が過ぎ去ってしまうことは

惜しくて仕方がないが、

今、2人で笑っていられるのだから、

それでいいのだと思うことにした。


空は青。

海も青。

きっと繋がっているのだ。

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