共通点
数日経る毎に擦り切れる心身。
疲労はストレスと共に蓄積されていき、
体は知らずのうちに
悲鳴を上げているのかもしれない。
そろそろ腹部に違和感を感じ始める頃。
この苦痛は周期的に訪れ、
その感覚はだんだんと
短くなっているようにも思える。
気のせいだろうか。
気のせいだと思いたいが、
確かに異常状態になって以降
初めて波流と接触した時よりも
耐えられなくなっている。
すぐに自分に対して危険性を感じるのだ。
その度、自分は…
…私は一体何なのだろうかと
疑問を咲かせることになる。
答えは自分で見つけろと、
当たり前だと言わんばかりの
顔をこちらに向けていた。
水族館で波流から血をもらって既に数日、
またもや私の感覚は
限界だと訴えている。
血をもらうという行為自体に
慣れてしまえば楽なのだろうが、
普通で居たいという気持ちが大きいからか
出来る限り我慢をするよう心がけていた。
我慢するとするほど
リスクは大きくなるわけで。
波流はそれをよしとは
思っていないようだった。
被害が出る方が好ましく思っていないらしい。
どちらを選んだにせよ
良い結果が待っているわけではなさそうだった。
美月「…何なのかしら。」
授業中、ぽつりと自分の掌に
呟きを落としてみる。
それから、呟きによって濡れた手を
ぼんやりと眺む。
年相応、皺がある程度刻まれた健康的な手だ。
異常なんてぱっと見はない。
そう。
今の私は何も知らない人から見れば
何の異常もない普通の人。
あっても最近体調を崩しがちだなと
思われているくらいだろう。
そんなことくらい、季節の変わり目でと
口に出しておけば解決する。
しかし、実際はそんな表面上なものではない。
深刻且つ暗闇に眠る朝に
手を伸ばさなければならない。
美月「…。」
私は、一体どうなりたいのだろう?
それは勿論普通で居たい。
普通。
普通だけでなく、1番がいい。
普通で1番がいい。
…。
…考えるのをやめてしまおう。
その方が楽…だからだろう。
楽というものに慣れてしまっては
いけないのだと分かっていながら
逃げてしまうのだ。
愚かだな。
自分でさえそう思った。
きっと他人からしてみれば
さらに愚かに思えるだろう。
それこそ、波流ー
「じゃあ次…後ろの人、雛さんお願いします。」
美月「…!…はい。」
よくないよくない。
私としたことが授業中に
今は考えるべきではないことで
頭がいっぱいになっていた。
まずは授業に集中。
それが学生の仕事だろう。
それを忘れないように。
慣れてしまわぬように。
何事も、何事も。
1番になることだって、
全て慣れてしまわぬように。
そう念を押しながら
当てられた箇所を解答したのだった。
とんでもない量の雨の降る音が
瞬間的に窓ガラスを叩き散布していった。
***
美月「…ぅ…。」
授業が一通り終わり
昼休みになった時だった。
廊下から何か香っていると
咄嗟に察知した。
こうも敏感になっている理由は
今でさえてんでわからないが、
このまま教室に居続ければ
まずいことくらい分かる。
お弁当の袋を手に持つ間もなく
教室を飛び出すと、
あろうことか香りは強まって。
普段ならお目にかかれないほど
得体の知れない汗が滲み出てくる。
まずい。
まずい。
そう脳が警鐘を鳴らしている。
香りが遠ざかるようにと
無我夢中て走る、走る。
走った先どこへ辿り着くのかも
分からぬまま。
いくらそれらから逃げるように
走り続けても、
どこかしらからじんわりと
強くなくとも緩やかに
脳を浸していく色がある。
駄目だ。
私が私でなくなる。
その瞬間が本当に嫌。
嫌。
今だけよければいいだなんて
そんな思いに2度と溺れたくない。
°°°°°
「友達なんていらない!」
°°°°°
そうだ。
いつだってこんな時に
思い出すのはそれだった。
いつもいつも割り切ったはずの過去で
苦しくなってしまう時があるのは
私が弱いからだ。
願いとは裏腹に
じりじりと思考を焼いてくる。
欲と言う名の魔物が
寄り添いだしている。
強くなりたい。
1番を取って、取ってとり続けて、強く。
きっと最初はそんな理由で
1番を取っていたわけじゃ
なかったのだろうけれど。
もっと綺麗な理由のはずだったのだけれど。
それが一体なんなのか
今ではすっかり忘れてしまい
思い出すことができない。
この香りに委ねられてしまう本能も
最も簡単に忘れ去ってしまうことが出来たなら。
出来たならー
「ちょっと待って!」
美月「…っ?」
突如大きな声が聞こえてくる。
それに慌てて足を止めてしまった。
私に話しかけているとは限らないのに、
人間は大きな音や声に
反応してしまうのだろう。
振り返ってみれば、
見知らぬ人が私に背中を向けて
どこかへ走り去っていくのが見える。
やはり、私ではないのに。
知っていたことだ。
だが、これがもし波流だったのならと
思ってしまうのも事実ー
「あれ、美月ちゃんだ!」
美月「え…?」
梨菜「やっほやっほ、美月ちゃん!」
ふと見れば、教室の廊下側にある窓から
顔を出して手を振る嶋原先輩の姿が。
顔を上げて、教室の扉付近にあるであろう
クラスルームの看板を探してみれば、
2年生のクラスがそこに。
美月「……あぁ…ここ、嶋原先輩のクラスなんですか。」
梨菜「そーなの!美月ちゃん、急ぎの用事?」
美月「…いえ、そう言うわけでは」
梨菜「分かった、波流ちゃんを探しに来たんでしょ?」
美月「え?」
梨菜「えっへへー。私って勘がいいのだー!」
美月「違いますけど…。」
梨菜「へ?」
美月「遊留先輩に用があったわけじゃ…。」
近くに、いる。
そう再度察知したからか言葉尻は萎み、
反射的にぎゅっとスカートを握りしめた。
すると、プリーツはくしゃくしゃと
綺麗に歪み出し、
アイロンをかけると言う手間が
この一瞬で生まれていた。
嶋原先輩は訝しげに
私のことを窺うわけでもなく、
ただきょとんとした顔つきで
私のことを眺めるだけ。
梨菜「もー、そんな緊張しなくたって。」
美月「…先輩いますか。遊留先輩。」
梨菜「待ってね、おーい波流ちゃーん!」
この匂いの強さは良くない。
分かる。
私の今の渇き加減、お腹の空き加減だと
1日も持たずとして
自分を失ってしまうであろうことが。
嶋原先輩は大きな声で呼ぶものだから、
廊下にいた数人も振り返っている。
それを背に感じながら
床を見て待っていると、
不意に肩に感触が。
とんとん。
そう、優しく叩かれた。
波流「美月ちゃん、ちょっと移動しよ?」
美月「…はい。」
梨菜「お腹痛いの?」
波流「デリカシーないなー。」
梨菜「わ、ごめーん!お大事にね!」
多分嶋原先輩は勘違いしているし、
遊留先輩も先輩で
勘違いさせるようなことを言っていた気がする。
あぁ。
頭が回らないな。
この時期、季節の変わり目だから
自律神経が乱れる人も
数人はやはりいるのだろう。
他にも多数の理由が見られる。
人が血を流す理由だ。
これまで目を向けてこなかったものに対して
目を向けてみれば、
思っているより世の中は
凸凹しているのだろうな。
波流「もう少し我慢できる?」
美月「…少し。」
波流「おっけ。じゃあ遠い方のトイレ行こう。あそこ殆ど使われないし。」
美月「…。」
私は何も言うことができなかった。
ありがとうも違う気がするし、
ごめんなさいは言いすぎても
何に反省してるのか
分からなくなってしまうから。
だから、どんな言葉が適切なのか
私には判別がつかなかった。
すぐさま誰もいないトイレに駆け込み、
2人で狭い個室に入り鍵をかける。
かしゃりと乾いた音が
心臓にまで響いてくる。
私がポケットから
カッターを取り出そうとしたところ、
先輩は、波流は自分のポケットから
刃の先だけがほんの少しだけ見えている
ペンタイプの小さなカッターを
取り出していた。
まるで、こうなることが予測できていて、
且つ自分で切ることを
覚悟していたかのように。
美月「それ…。」
波流「あぁ、これくらいしか刃が出てない方が加減しやすいし怖くないんじゃないかなって…。」
美月「…。」
波流「じゃあ、行くよ?」
美月「待って。」
波流「…?」
美月「……本当に軽蔑していないの?」
軽蔑しないで。
最初にそう口にしたのは私で、
その言葉に当たり前だと返した波流。
今更だが、軽蔑して気持ち悪がっていたって
普通ならばおかしくないのだ。
波流は、きっと。
きっと、普通ではないのだ。
波流はくすりと笑って
ふっと鼻息を吐く。
それから制服に血がつかないようにと
夏用のセーターを捲り上げた。
そして、水族館の時と同様
指先に。
うっすらと線になっている傷跡のある
左手の指先に。
…ゆっくりと刃物を添えた。
波流「勿論。するはずがないよ。」
そう言って刃物を指へと押し込み、
ぷっくりとした鮮血が
表面上へと現れていく。
波流は苦い顔をしながらも
刃物を指へと食い込ませて、
それからゆっくりと刃を抜いた。
水族館の時よりも多少は多い程度の
温かな血が、そこに。
私はふと思ったのだ。
やっぱり、私は普通の人間ではない。
私も普通ではない、と。
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