海月の息


美月「…んんー…。」


伸びをしていると

朝の日に届きそうな思いがするが、

そんなのまやかしだと知っているがために

これ以上腕を伸ばすこともなく

地へと落ちていった。


体調はすこぶるいいわけではないが、

今週の初めに比べると

まだ楽な方だった。

だが、その快調も徐々に階段を降り、

再度足に錘をつけたかのような

気だるさが体を襲う。

周期的にやってくるそれは、

まるで私に安寧を与えないように

せっせと働いているようで。


美月「ふぅ。」


息を短くひとつ吐き、

壁一面の本棚に視線をやる。

相変わらずの顔ぶれだ。


先日、遊留先輩から

2人で遊ばないかと誘われた。

Twitterで誘われて、

それからはDMで予定を合わせていく。

結局、昼ご飯は出先で食べようという

話の流れになった為、集合は午前中。

そして少し私の家にて話した後

雨の予報でも楽しめる水族館へ

行くということになっている。

きっと先輩は軽いノリだったのだろうけれど、

あったはずの部活は

部員にコロナ陽性者が出た為になくなり、

予定がひとつもない状態だった。

部員の中に陽性者が出ている中

遊びに出かけるのもどうかと思うが、

密接に関わったことがない上

濃厚接触者にも該当しなかった為に

気を抜いてしまっている。

それどころではない問題が

発生しているだろうから。


今日はそのことについて

先輩と話したかったこともあり、

2人で休日を過ごすのは

好都合だと考えた。

遊ぶ、とはいえ先に

これまでのこと等を話しておきたかったので

まずは私の家に来てもらうことにしていた。

後味は悪いよりいい方が

断然いいだろうから。

楽しかったね、で今日を終えたい。

そう思うと自然と

ことの順序は決まっていった。





***





早朝から時間は経て、

気がつけば10時頃へと向かっている。

読書をしていると

時間が経ていることをついつい忘れてしまう。

私には人生という

時間の再現はなく、

延々と息をし続け本を読み耽るだけの

永久機関なのだと錯覚し出す。

それだって子供じみた

空想なだけかもしれない。

それそこが、本を読む楽しみではないか。

ふっと視線を上げた時に、

ようやく自分は雛美月だったことを

思い出すのだ。

その瞬間は掴んでいたものをぱっと放し

霞んでいき山に溶ける。

靄がかって見える君は

もう顔すら判別できない。

そんな景色が毎度浮かぶ。


「お邪魔します!」


「はい、どうぞこちらへ。」


遊留先輩であろう快活な声が

玄関の方向から聞こえてくる。

続けて、お手伝いさんの声が

細やかながら耳に届く。

こうも比較していると

先輩は声が相当大きいのだなと思う。

…。

…長束先輩には及ばないでしょうけれど。

心に染みを作ったところで

とたとたと足音が大きくなってゆく。

近づいてきたのを察して

漸く本に最近買い替えた栞を挟み

学習机の端に置いた。


ふと、再度壁一面の本棚に視線をやる。

相変わらずの顔ぶれ。

私の努力の証。

私の娯楽の大部分。

私の…。


…。


そのとき、とんとんと扉が鳴った。


「美月様、ご来客です。」


美月「えぇ、今開けるわ。」


お手伝いさんの声に反応し

扉の前まで行くとそれとなく

人のいる空気を感じる。

当たり前だ。

扉を挟んで反対側には人がいるのだから。

自分の部屋に人を呼ぶだなんて

何年振りだろうか。

音を立てないよう扉を開くと、

そこには見慣れたお手伝いさんの顔と、

ぱっと見あまり変化のない

遊留先輩の顔があった。


美月「どうぞ入ってください。」


波流「失礼します!」


「ただいまお茶をお持ちいたします。」


波流「あぁ、いえ、お構いなく!」


先輩はそう言ったものの、

お手伝いさんの耳には全く届かず

そのまま一礼をして扉を閉めた。

お手伝いさんにとって

お茶を出さないなどという選択肢は

一切ないのだろう。

とた、とたと先程遊留先輩と

歩いていた時よりも

幾分か早く歩きながら

その場を離れていくのがわかった。


美月「お好きなところに掛けてください。」


波流「うん!」


遊留先輩は花を照らす陽のような

燦々とした声を放ちながら

荷物を自分の傍らへ、

そしてクッションのある位置に

ゆっくりと腰掛けた。

それを見て私もと思い

遊留先輩と対面する形で腰掛ける。


かち、かち、と時計の音が

いやに鳴りあって響き続ける。

心臓はそれとほぼ同時に動いているのか

将又その動きに合わせているのか、

とく、と緩やかに脈打った。


波流「えっと…本日は、お招きいただき誠に…」


美月「どうしてそんな固いんですか?」


波流「え、だって緊張するじゃん。」


美月「そうでしょうか?」


波流「するよ!こんな豪邸で、しかもさっきの方お母さんじゃないでしょ、メイドさんでしょ!?」


美月「はい、お手伝いさんです。」


波流「すごい、凄すぎるよ。」


美月「別に私個人の所有物というわけではありませんが。」


波流「なんか庶民の私がここにいていいのかなぁ。」


美月「勿論。呼んだのは私です。」


波流「そうだけど…それに、この本の数凄いね。」


美月「小さい頃から読書が好きなんです。」


波流「あー…バドミントンしてるイメージしか普段はなかったんだけど…そっか、美月ちゃんって文学好きなんだっけ。」


美月「はい。ジャンルは様々ですが主にはミステリーや青春だとかの現代ドラマ系の小説を読んでいます。」


波流「わお、本物の文学少女っぽい。」


美月「ぽいというより本物です。」


波流「あはは、確かに!部活だけでしか会ってないとどうしてもその人は運動できる人みたいなイメージついちゃうんだよね。」


美月「偏見でしょうか。」


波流「あー…まあ、そんな感じかも。…だから美月ちゃんは本をあんま呼んでるイメージなくって。」


美月「でもTwitterのアカウントが読書垢だから気付けるというのもそうですし、そもそも何かしらでは私が読書家だとは話したか気がします。」


波流「聞いた聞いた!んでも、ここまで本気って感じじゃないと思ってたんだ。」


美月「本気…?」


波流「そう!なんか、ほら、図書館で借りるだけとかじゃなくて、本を買って管理して呼んでるんだなって。れ


美月「借りる時もありますよ。」


波流「そうなの?」


美月「はい。学校の図書館や市区の図書室で借りもしますし、時に買いもします。今では借りることが殆どですかね。」


波流「へえー!」


興味津々そうに本棚を眺める彼女。

体操座りのようにして座ったままに

首をこれでもかと思うほど伸ばし

上の方まで見上げていた。

それから程なくして再度扉が鳴り、

開くとついさっき遊留先輩を

ここまで連れてきてくれた

お手伝いさんがお茶を2つと

小さな和菓子を持ってきてくれた。

私はそれを両手で受け取ると、

私同様、お手伝いさんは音が鳴らぬよう

静かに扉を閉め足音は鳴らして

この部屋から離れていった。

その間、先輩が何か口を開くことはなく、

再度彼女の方を向いてみれば

目のやり場に困ったままなのか、

それとも興味を持ち続けているのか

未だに本棚に視線を注いでいた。

机へとトレイを運ぶと

ぎこちなく首をこちらに向け、

顔に引かれるがままに体も

私の方へと自然に向いていった。


ことり、としかたなく微々ながら

音はなってしまうものの、

なるべく音を立てぬようと気を遣う。

…気を遣うというよりかは

寧ろひとつの習慣だった。


美月「お待たせしました。」


波流「凄い、店員さんみたい。」


美月「いいえ、ただの長女です。」


波流「私も長女なのにこの差は一体…?」


美月「にしても先輩。さっきから「凄い」しか言ってないですよ。」


波流「だって凄いんだもん!そりゃあ言葉だって見つからないよ。」


美月「凄いのでしょうか。」


波流「凄いよ!見つかりにきてくれない言葉が悪い!


言葉のせいにしたのち、

出されたお茶を溢さぬよう

両手で子を温めるように持ち、

ゆっくりとコップを傾けてゆく。

今日は和菓子があるため

流石に緑茶のようだった。

個人的には緑茶も好きだが

紅茶も捨てきれない。

本日は紅茶の気分だったのだが仕方がない。

そう思い、私もコップにそっと口をつけた。


波流「んー、あち。」


美月「猫舌ですか?」


波流「うーん、そうでもないと思う。」


美月「そうなんですね。てっきり熱いお茶が苦手なのかと。」


波流「ううん、そんなことないよ。冬にあったかいお茶は最高だもん。」


美月「今はもう5月ですよ。」


波流「あ、そっか。夏のひんやりとした麦茶も捨て難いよね。」


美月「夏の風物詩ですね。」


波流「うんうん!冷蔵庫から取り出すところからロマンは始まってるあれ、いいよね。」


美月「先輩は特に去年も部活があったでしょうし、尚更実感しているんだと思います。」


波流「そうかも。美月ちゃんも今年は経験するね。」


そう言いながら、

さっき暑いと言っていたのにも関わらず

もう1度口をつけ、

また「あちっ」と声を漏らしている。

とは言いつつ、ちびちびと飲んでいるようで。

外はもう夏も近くなり

湿気も多かったことから

喉が渇いていたのだろう。


美月「…そうですね。…夏を乗り越えられるか不安です。」


波流「あれ、地獄だぞー。」


美月「ダッシュって毎日ですか?」


波流「去年はね。あ、でもコロナの影響であんまりみっちりやった感覚はないなぁ。」


美月「今年は去年以上の辛さかもしれないですね。」


波流「うわー…私も夏超えられないかも。2人で春に留まろっか。」


美月「せめて少しくらいは頑張りましょうよ。」


波流「あははっ。はーい、少しくらいはね。」


先輩は段々と気を許してきたのか、

声に含まれていた緊張の色が

じわじわと滲み出し、

境界線が認識しづらくなっていった。

遊留先輩はふと動いたかと思うと

鞄の中を漁り出した。

そして、何かと思えばじゃがりこの

サラダ味を手にしている。


波流「はい!こんなものでごめんね。」


美月「そんな、気遣いありがとうございます。」


波流「いえいえ!もっとちゃんとしたもの買ってこればよかったかな。」


美月「結構ですよ。逆に気を遣いますし。」


波流「あはは、そう言ってくれると助かるな。」


美月「そもそも、嶋原先輩の家に行く時と同じような心構えで十分なんですよ。」


波流「あー…そこまでくるとちょっと砕けすぎかも。」


美月「そうなんですか?」


波流「うん。何も持って行かないし、何なら勝手に冷蔵庫開けるレベル。」


美月「それは…」


波流「あはは、そんな引かないでよー!流石に本当に無断で冷蔵庫は開けないから!」


それなりに笑い、落ち着いたかと思えば

「これ食べていい?」と

和菓子をさしながら

小さめの声で私に問うてきた。

人差し指で差さず

掌を上に向けて指すあたりを見るに、

まだ完全には緊張は溶けきって

いないようだけれど。

もしかしたらこの時点で

遊留先輩は素に近い状態なのかもしれないが

私からそれを判断することは出来ない。

何せ、日常生活の遊留先輩は

殆ど知らないままだから。

きっとこんな生活をしているのだろう、

こんな話し方をするのだろう等

偏見に近しく想像することなら

難なく出来るのだが。


始め30分程、どうでもいいような

世間話を経て現在。

ぽつりと雨の音が聞こえた時だった。


波流「んでさ、急にで申し訳ないんだけど…話したいこともあるって言ってたじゃん?」


美月「はい。」


波流「そのことってさ…その…この前の?」


この前の。

それが意味することは紛れもなく、

私が遊留先輩の手を意図せずとも

切ってしまった挙句、

齧り付いてしまったことだろう。

遊留先輩は居心地が悪くなったのか

いつからか解き長座になっていた足を

すくっと畳み、また体操座りへと

逆戻りしていた。


美月「…そうです。」


波流「だよね。」


美月「まず、謝らせてください。急にあのような非常識な行動を取ってしまい、申し訳ありません。」


その場にて座ったままに

手をつき深々と頭を下げる。

あれは衝動的にやってしまったとはいえ

私が理性的でなかったことに非がある。

頭にきたからと言って

人を殺してはならない。

そう言った類の話と同類だ。

私は遊留先輩を傷つけた。

カッターで切った。

私がやった。

犯罪なのだ。

だが、先輩の器の大きさによって

今は訴訟されずに済んでいる。

そんな状況なのだ。

先輩はわたわたとしているのが

足元だけでも見てとれる。


波流「え、ちょっ…顔あげてよ!」


美月「…。」


波流「私は大丈夫だからさ、ほら。」


ほら、というものだから

何かを見せているのかと思い、

反射的に顔を上げる。

すると、手の甲をこちらに向けていた。

瘡蓋になり、数日経たからか

多少の変色に留まっている

細長い傷口がそこにあった。

それを見るとどうにも

胃の奥がむかむかとしてしまう。

ストレスだろうか。

それともー。


美月「…ですが、私が遊留先輩を」


波流「もー、それはいいんだって!」


美月「…。」


波流「私が聞きたいのはその先のこと。」


美月「先…ですか。」


波流「そう。」


美月「…。」


波流「…あれは…うーん…何で言えばいいのかな…。」


美月「何でしょうか?」


波流「…なんだろう、言葉がよくないかもしれないけど…あれは癖…なの?」


あれ。

それはきっと。


美月「いえ。私には人の手を噛むだとか、血を舐めるだとかそんな趣味はありません。」


波流「…え…?」


美月「だから、自分でもよくわからないんです。」


波流「そうなんだ…。」


美月「はい。あの時は目の前にあるものに必死だったんです。」


波流「急にそうなったってこと?」


美月「そういうことです。あの時齧り付かなければいけないという衝動に駆られた、というのが正しいかと。」


波流「えぇ…本当に衝動的だね。」


美月「…私だって勿論あのような非道なことはしたくありません。」


波流「うん。それは分かってる。」


本当に理解しているのかは

こちらから判断つかないが、

真剣なのは目を見ればわかる。

こうも素直な人間はどうやったら生まれるのか

どうやって育っていったら

こうなるのかまるで釈然としない。

手の甲を見て以来むかむかを抱えながら

必死に話に集中するよう

意識をそちらへと引き戻す。

引き戻そうと努力する。


美月「…何故、私と縁を切らなかったんですか。」


波流「それは前も言ったけど、美月ちゃんの力になりたいからだよ。」


美月「何故私の力になりたいなんて思えるんですか。」


波流「友達だし、大切な後輩だから。」


美月「なら何故」


波流「ちょっと待って待って。理詰めしたって頭が痛くなるだけだよ。」


美月「理解出来ないんです。先輩の考えが、行動が。」


波流「私だって美月ちゃんのことを100%理解してるわけじゃないよ。」


美月「直接的に言ってしまうと、私はまだ先輩のことを信じ切れてません。」


波流「うーん…なら、少しずつ分かってくれればそれでいいと思うよ。」


美月「少しずつ…。」


波流「そう!それで、本当に信用ならないなって思ったら言ってよ。美月ちゃんのその感じならきっと直接言えそう。」


美月「言うことは可能ですが、言ったとしても先輩はくっついてきそうですよね。」


波流「あはは、諦め悪いからね。」


何度目かの歯を見せた後、

何度目か、お茶へと手を伸ばす。

猫舌とまでは行かずとも

熱いのは苦手そうだった彼女だが、

もう冷め始めているのか

ぐいぐいと勢いよく飲んでいる。





°°°°°





美月「…気持ち悪いでしょう、こんなの。」


波流「びっくりはしたけど…そんな拒絶するほどじゃないよ。」


美月「弱みを握って内心笑っているんでしょう?」


波流「そう見える?」


美月「見えるわよ。」


波流「…。」


美月「もう関係切りましょう。お互い何もなかった。それでいいじゃない。」


波流「…駄目だよ。」


美月「…は?」


波流「駄目。駄目だよ、なかったことになんてしちゃ駄目だよ!」


美月「どうしてよ。なかったことにした方が、これまで通り」


波流「これまでずっと1人で苦しんでた美月ちゃんを、これからも1人のままにしておくなんて駄目だよ…。」


美月「…っ!」





°°°°°





思い返せば返すほど

自分の非道な行動が顕になっていく。

それに耐えられないとでも思ったのか

私も逃げるようにして

和菓子をひと口、口に含む。

ふわっと薫る春の風のような

柔らかな食感、風味と共に

今という時間の中を生きる。

ふぅ、と息をつくと、

相変わらず先輩は目の前にいるわけで。


波流「ねえ、私の手を舐めた時ってさ、やっぱり血に反応したの?」


美月「え?」


波流「え?って…そうじゃないの?」


美月「…そこまで追求しようとは思ってませんでした。流石にあんな衝動は1回きりだと思っていましたので。」


波流「あの日以降何もない?」


美月「質問攻めですね。」


波流「誰だって心配になるし気になるよ。」


美月「誰しも皆がということはないと思いますが。して、なんでしたっけ。あの日以降のことでしたっけ。」


波流「そう。」


美月「そうですね…あれ以来体調が悪くなることもそうなければあんな衝動も…。」


体調が悪くなることもそうなければ

あんな噛みつきたくなるような衝動も

一切なかった。

私は平穏な人生を送り、

何も疑問に思うことなどなかった。

そう断言出来るのだろうか。

確かに、遊留先輩とその

例のいざこざがあって以降、

腹部の痛みによってふらついたり

倒れたりするようなことはなくなった。

が、現在体調はまた順調に下り坂だ。

今だって胃の奥がじりっとしている。

それを、何となく感じている。


何より先程、遊留先輩の傷口を見て以来

胸の奥がぞわぞわとしている。

何なのだこれは。

何なんだ。


私が途中で言い淀み、

その先の言葉が出なかったからか

先輩が口を開いた。

脅すようなものではなく、

あくまで純粋な言葉のよう。


波流「ならさ、試してみようよ。」


美月「何をですか。」


波流「美月ちゃんが血を見ると衝動的に噛みつきたくなるのか。」


美月「…!」


波流「もし本当に血を見ただけでうずうずするような感覚が有れば……そうだな、きっと何か脳がバグを起こしてる…とか。」


美月「…試すはいいとして、どうやってするつもり何ですか。態々献血ルームに行くとかではありませんよね?」


波流「勿論。そんな手間取ってられないよ。」


美月「なら何をするつもりなんですか。」


波流「ここで軽くでいいから怪我する。」


美月「はい?」


波流「怪我するの。ほんの少しだけ。ささくれを剥くとか、その程度。」


美月「そんな自傷も同然のことをさせろと?私が黙って見ていると思いますか?」


波流「だって、試すにはそれしかないよ。」


美月「その状況…誰かしらが怪我をして血が流れる状況になるまで待つのは選択肢としてないんですか?」


波流「それまで我慢するってこと?」


美月「まあ、言い方を変えたらそうなりますが。」


波流「それはあんまりお勧めできないかな。」


美月「何故。」


波流「だって待ってる間にまた誰かを襲っちゃうようなことがあれば、美月ちゃんだって辛いだろうし何より相手の子だって傷つく。」


美月「…。」


波流「私は別にトラウマにならなかったし、何なら力になりたいって言ったもん。だから、一旦私にさせて。」


遊留先輩は私にそう提案した後、

私が納得したものとして

じっと自分の手を見つめ出した。

きっとささくれでも探しているのだろう。

自分の手を見ながら

「こう言う時に限って手が綺麗」

と嘆いているのが聞こえる。

これでいいのだろうか。

先輩に怪我をさせて試す。

そしてもし。


美月「……もし、血に反応するようであれば……私は一体人間だなんて呼べるのでしょうか。」


波流「…。」


美月「…そんなの、化けも」


波流「世の中にはね、ホラー映像を見て喜ぶ人だっている。少数派かもしれないけど、同じような人がいないわけじゃないと思うの。」


美月「…。」


波流「美月ちゃんが今の状況をよく思ってなくて辛いのであれば、一緒に治していこう。最大限手伝うから。」


美月「…これから自分を傷つけるのもその手伝いの一環ですか。」


波流「うん。」


美月「…そうですか。」


やはり、何度耳にしても

何故そこまでするのかわからないままに

その場をゆっくりと立つ。

そして、自分が日頃使っている机に向かい、

引き出しからとあるものを取り出した。

これを先輩に対して渡すなど

大変失礼にあたるけれど。


それを手に持つと、

どうにも囂々と体が唸っているような

不気味な感覚に身を任せたくなる。

しかし、人を傷つけたいだとか

そういう類のもやもやではない。

もっと根底の何か。

音楽を聴きながら歩く際、

音楽を聴くことではなく

歩くことに注目しなければならない。

そのような、同時並行で進む

2つの物事のうち、見落としている

基本的なことに目を向けなければ。


波流「…?何探してるの?」


美月「……失礼にあたることは承知ですが、必要であれば利用してください。」


波流「へ?」


素っ頓狂な声を出す先輩。

和菓子やお茶のあるすぐ隣ではなく、

少し離したところにことりと

手中にあるものを置いた。

それが何なのか分かると、

先輩ははっとしていたようで。


波流「…これ。」


美月「カッターです。消毒し、清潔にしてあるのでその面は心配無用です。」


波流「カッターって加減出来るかな。」


美月「出来るでしょうけど難しいんだと思います。」


波流「深爪とかはしたくないし…うーん…ちょっとだけやってみようか。」


そう、淡々とした声色で告げた後、

迷うことなくカッターを手に取り

かちかちと銀色の羽を伸ばしていく。

羽が伸ばされていく度に

私が遊留先輩を傷つけた

放課後の残花が脳裏を掠める。

雲行きは怪しくなる一方でしかなく。


波流「ふぅー…………………よし…。」


先輩は長く息を吐いたのちに

覚悟を決めたのか

左の薬指の先に刃をそっとあてた。

何故そこを切ろうと思ったのかは

てんでわからないが、

1番支障の少ない部分なのだと思ったのだろう。

指先なんて多く神経が通っていて

痛そうだという感覚があった。

だからといって手首を切ろうとは

流石に思わないだろうけれど。


指に沿わせる刃物。

私はただ上からじっと

その様子を眺めていた。

なかなか手を動かさないことに

疑問と不信感を抱き始めた頃、

ふと、あることに気づいてしまった。


どうして気づかないのだろうと

思ってしまうほどのこと。


波流「…っ。」


遊留先輩の手は微かに震えていて、

指から少し離しそのまま

机に手を置いた。

怖いに決まってるだろう。

これまで自傷を経験したことある人なら

ともかくとして、

普段自分を傷つける習慣がなければ

こんなこと平然と出来るわけがないだろう。

たった数秒のことのはずが、

その所作は随分長々と

行われていたような気がしていた。

からりと、机とカッターが

出会う音はなんとも虚しいもので。


…。

…私はまた、自分のことを優先して

人の気持ちを見落としていたよう。

過去をつらつらと脳裏で並べていたからか

先輩にひと言もかけることができなかった。

暫くして先輩は乾いた笑い声と共に

ぽつりと小雨のように話し出した。


波流「…結構怖いや。ちょっとだけ待って、すぐもっかいやるね。」


美月「しなくてもいいんです。」


波流「ううん、これは美月ちゃんのためでもあるけど、私のためでもあるっていうか。」


美月「先輩の?」


波流「そう。私が現状を知っておきたいなって思ってるだけだよ。」


美月「…。」


波流「私のわがまま。」


神妙にその言葉を発した後、

心を再度決めたのかカッターを手にし、

今度は躊躇う時間すら与えず

指先を軽くスライスするように

数ミリのみ刃を入れた。

切れ味は程々にしかなかったのか、

指に押し当て軽く引いていく。

すると、表面の皮、肉に届く手前あたりまで

届いたと思われるところで

ゆっくりと刃を抜いていく。

完全に指からカッターが離れたところで

机の端にそれを置いた。

カッターには血は付着していないが、

明らかにこれまでと違った匂いや

空気感がその場を支配しつつあることに

無意識のうちに気づいていた。


波流「ぃ゛…んー…。」


顔を多少歪めたのち、

私の方へと向き直る。

それから、無邪気にも

私の方に手を差し出すのだ。

その光景の異様さに

私は何を思うのだろう。

いっそ何も思わなかったのなら

きっとその先も楽だったろうに。


ふわりと香る甘くて苦いそれは

私の脳細胞を片っ端から

潰していくような感覚を覚えさせた。

ひとつ、ひとつと潰していき、

やがて人ではなくなっていく。

何も考えられなくなっていく。

考えられなくなって、

そのまま本能に流されてゆく。

気づけば。

…気づけば、もう手遅れで。

…そうなってしまうのだと、

前回の、遊留先輩に怪我を負わせた

あの放課後の光景が

ありありと想起される。


波流「どう?」


美月「…どうって…」


波流「なんか…いつもと違うなって感じある?」


美月「…っ。」


ある。

ある。

あってしまった。

あって欲しくなかった。


私は今、思っているよりも

相当大きな問題を

背負ってしまっているのかもしれない。

ぞくっとするのがわかった。

まるで自分の体ではないよう。

自分の体を乗っ取り、

内側から別人格が

めりめりとこの皮を破って

出てくるかのような。


美月「……………あ…ります。」


波流「…そっか。どんな感じとかって分かる?」


美月「分かりません、分かりません!でも、こう…ゔっとくるんです。」


波流「うっとくる…気持ち悪い?」


美月「違うんです…。…変。変です。」


波流「変…?」


美月「…そうなんです。」


この訳のわからない体の内で

延々と起こり続ける沸騰に

耐えることができなかったのか、

近くにあったベッドを背に

ゆっくりと腰を下ろした。

先輩はというと心配そうにこちらを眺め

駆け寄ろうとしてきたが、

先輩に手を向け止まってほしい意を

その場で示した。

すると、伝わったのか

先輩はその場に止まってくれた。


ぐるりぐるりと頭をかき混ぜられている。

錯覚だとわかってはいながらも

こめかみあたりがきいんと

痛むせいかそう感じてしまう。


波流「大丈夫!?」


美月「ぅー…はい…。」


波流「大丈夫じゃないでしょ!」


美月「けれど」


遊留先輩は只事ではないと

判断したのか、

足の裏を地につけ

1度諦めたにも関わらず

こちらに来ようとしているのが

視界の隅から分かった。


来ないで。

来ないでほしい。


そう思っていても、

頭の中では近くに寄れとでも

考えているのだろう。

遊留先輩を制することなく

近くまでに来させてしまった。


波流「どうしたの。」


美月「…っ。」


波流「やっぱり血のせい?」


美月「……多分…。」


波流「見ると辛い?」


美月「辛い……のでしょうか。」


波流「…前みたいにさ、舐めたら楽になる?」


美月「…!」


波流「楽になるのであれば私はいいよ。」


先輩はそういうと、

さっきのように指先を差し出してくれた。

私に向かって。

たった1人の私に向かって。


指先は刃物を刺した部分が

僅かに捲れ上がるようになっており、

その隙間の傷からじんわりと

血が滲み出ている。

紙で手を切った時と

似たような傷になっていた。

滲む血はゆっくりと

表面上に出てこようとするも、

ひらひらと捲れる皮が邪魔をして

滲むのみで留まっている。


私は、どう抗っても負けてしまうようで、

先輩の手を両手で包み込んだ。

大切なものを抱えるように。

もう2度と落としてはいけない。

最後の晩餐だと絶望するような。

そんなふうに。

けれど。


美月「…駄目です。」


そこまで行動を進めておいて、

出てきたのは否定の言葉だった。

当たり前だ。

私は人間だ。

人だ。

普通の、人。

何も異常などない、普通の。


それを自ら投げ捨てることが出来ようか。

今までの努力を、

私自身が1番無碍にしちゃいけないだろう。


波流「どうして?」


美月「…私は…こんな化け物みたいなこと…したくないです。」


波流「…。」


美月「けれど、このまま放っておいて、見知らぬ他人に被害が及ぶことは更に嫌なんです。」


波流「待つよ。」


美月「…。」


波流「私は待つから、美月ちゃんが決めていいよ。」


美月「…。」


波流「軽蔑しないから。」


美月「…っ。」


軽蔑しない。

人の目を気にしすぎている方では

ないと自負していた。

だが、自分の評価については

どうにも気になる部分はある。

これまで積み上げてきたものこそ

簡単に崩れ去ると知っている。

知っているからこそ、

自分を改めて生きてきたつもりだ。

今も、その一環。

今も、自分を戒め律しなければ

私は…。

…。

私は何になってしまうのか。


これは血を見た影響なのか

それともただただ体調が

急激に悪くなり、

精神にまでも影響を与えただけなのか。

…。

私の中で前者の可能性の方が

ぐんぐんと背を伸ばし成長している。


そんなはずない。

そうではないと思いたい。

そんな抗う気持ちと、

このぐるぐるした気持ち悪い感覚では

今後生きていくことは出来ないから

さっさと口をつけてしまえという

脳内での言葉が絡まっている。

絡まると、理性は欲によって

どんどんと染められていき、

やがて欲望が前へ前へと

迫り上がってくるのだ。


美月「……ぅー…ふー…。」


先輩の手をぎゅっと両手で

しっかりと掴む。

暖かい手。

春だからか、少しばかり

汗ばんでいる健常な手。

そう。

先輩は健常者。

私は。

私は。


ふと、私自身が夜中、

首元を切り付けられて

そのまま齧り付かれたことが

脳裏をよぎった。

もし。

…もし、これが伝染するような病気なら。


波流「…。」


美月「…っ。」


先輩はただ待つだけだった。

本当に待っているだけだった。

何か言葉を発するわけでもなく、

言葉の通り私を待った。


…。

ぱっと…先輩の手を離す。

体温が心地よかったのだと

今更にして漸く知る。

これでよかったのだと言い聞かせる。


美月「…。」


波流「…美月ちゃん?」


美月「…もしも、これが伝染するような病気なら、先輩を巻き込みたくない。」


波流「…。」


美月「このよく分からない苦しみを、先輩までが負う必要なんて一切ないと思うんです。」


波流「私は今のところ何ともないよ。」


美月「ですが今後」


波流「今はだから。今後のことはそりゃあ私にも勿論分からない。」


美月「…。」


波流「ただ、今は体調が悪いなんてこともないし、傷だとか血を見たとしてもうっとくることはないかな。」


美月「そう…ですか。」


それに安堵してほっと胸を撫で下ろす。

血の滲む指に口をつけてしまいたいのを

ぐっと堪えて再度机に向かい、

引き出しを開いて絆創膏を取り出す。

それを、先輩へと手渡す。

私は…この判断が正しいのか

判別することは出来ない。

だが、我慢できる限りは

欲に溺れずにいたい。

普通の人でありたい。


美月「…これ、使ってください。」


波流「ありがとう。」


美月「いえ。怪我をさせたのは私です。」


波流「ううん、私が自分でやったことだよ。申し訳ないなんて思う必要はないからね!」


先輩はこれまでの沈む雰囲気とは違い、

明るく声を放って

絆創膏をそっと受け取っていた。


やがて血の匂いであろう

甘さと苦味が混合した独特な香りは、

絆創膏と凝血により薄まっていく。

しかし、ほのかに部屋には

漂うものがあると体は認識していた。





***





朝まで明るかった空は

あっという間に曇天に変わり、

更には雨まで降り出す始末。

これまでの私たちの話のようだ。

軽くこれまでのことや

現状について話すはずが、

思った以上に深く

重たいものになってしまった。


だが、先輩はあまり気にしていないのか、

先程とは異なりにこにことした顔で

私に話しかけてくれていた。

その話の内容は学校のことや

部活のこと、嶋原先輩のことあたりは

共通で知っている話題として上がり、

他にも週末の過ごし方や

電車内であった面白い出来事など

これまで以上に多岐に渡る。

それもそうか。

こんなにも長い時間

先輩と2人でいるのは初めてだ。

そうなれば自然と

これまで知らなかった話だって

ぽつぽつと出てくるものだ。


水族館は近くにあった江ノ島水族館へ。

片瀬江ノ島駅までくると、

春に不可解な出来事に巻き込まれた

皆で集まった時のことが思い浮かぶ。

全員ではなく、2人を除いた7人で。

そして、色濃く思い出されるのは

何故だか長束先輩のこと。

今現在、近くにはいないからだろう。

昼間直前まで差し掛かっており、

お腹は程よく空いているような気がする。


水族館に入場するや否や、

暫くはこの魚可愛いね、や

綺麗な空間だね等当たり障りのないことを

只管に話していた。

本当、さっきまで

暗い話をしていたとは思えない。

先輩は今を楽しんでいるようで、

魚が展示されている隣の文字を読まずに

ぼうっと魚を眺め続けていた。

その間に私は説明文を読み、

読み終えたら2人で移動する。

次の水槽でも同じことを繰り返す。

性格の違いが顕著に表れていると

自分ですら感じる。

周りからしてみれば

更に強く感じるだろう。

それか、いっそ何も感じないか。

先輩と私はあまりにも性格タイプが違う。

違うのにこうも一緒にいる理由が

自分ですら分からない。


ひとつのエリアを見終わって

次のエリアへと進む時だった。


波流「わぁー!」


遊留先輩が出来る限り小さくと

気を利かせた声が聞こえてくる。

それもそのはず。

1面青く幻想的な空間が

私たちを待ち受けていたのだ。

宙に浮かぶような、

将又海底に身を預け溺れていくような。

半ドーム状になっている天井も相まって

ここが世界の中心のようにさえ感じてしまう。


美月「綺麗…。」


波流「ね、見てみて、海月めっちゃ綺麗!」


美月「ふふっ、そうですね。」


波流「わー、ここ1番好きかも。」


美月「海月が好きなんですか?」


波流「あ、どうだろう。意識したことなかったけどそうかもしれない。」


美月「先輩、魚好きそうですもんね。」


波流「え、そう?」


美月「何となく、ですが。」


波流「まぁ…確かにそうかも。めっちゃ大きいペットショップとかだと犬や猫のほかに、お魚とかウサギとか爬虫類売ってるじゃん?」


美月「あぁ、そういうところもありますね。」


波流「ね。その時絶対水槽のある方に行くんだよ。」


美月「なら魚が好きってことじゃないですか。」


波流「そういうことだね。名前が水に関係してるし、自然と引き寄せられてるのかな?」


美月「名前ですか…先輩って下の名前…どんな漢字を使うんでしたっけ。」


波流「波に流れるではるって読むの。」


美月「へぇ、そう書くんですね。」


波流「うん。大体はるっていう名前だと、世の中じゃ日差しとか、季節の春っぽい雰囲気が多い気はするよね。」


美月「確かにそうですね。ちょっと意外でした。」


波流「意外かぁ、それは何気に初めて言われたかも。」


美月「先輩って日向みたいな安心感や暖かさがあるから、自然とその方向に変換されてたんだと思います。」


波流「あぁー。それに普段は苗字にしか触れないもんね。」


美月「そうですね。」


幻想的な空間を先輩のように眺む。

隣に設置されている説明文には

今は引き寄せられることもなく

ふわふわと浮かぶ海月を見ていた。

青い空間なこともあって、

先輩の方を見ると

頬が真っ青になっている。

人の肌とは思えない青色が

私たちを染め上げていた。


…もし、伝染する病気なら。

海月を見ながらそのことが

嫌でも浮かんでしまう。

もしそうなら、私に被害を与えた女性が

誰かしらに齧り付いた時点で

日本はほぼ崩壊するのではないか。

しかし、今でもそうだが

世の中は普段通りに回っている。

ニュースで大々的に

取り上げられているわけでもない。

もしかしたら裏では

倫理的ではない人体実験を

している等陰謀論的な何かは

あるのかもしれないけれど。

現状、表だけに目を向ければ

本当何も起こっていないのだ。

私は普通だと感じれた。


…けれど、その普通は

長く続かないことを知っている。

遊留先輩の先程の怪我に加えて、

その香りとはまた多少異なった

苦味や甘味、酸味の香り。

それらが私の鼻に嫌でも届くのだ。

休日でこれだけ人がいるのだから

何人体に傷があろうが

おかしな話ではない。

ささくれが剥けた人だって

深爪だって割れだって、

リスカの痕ですらきっと

察知してしまっているのだと思う。

神経過敏とも捉えられる中、

なるべく意識を海月に集中させた。


…だが、どうにもそれだけでは

足りなくなってしまい、

更に注意を逸らすために

結局説明文に目を通すのだった。


それからもまた2人で

話しながら進んでいった。

エリア毎に主要なモチーフが違うのか

ずっと視覚的に楽しむことができた。

あっちこっちと歩き回り、

気づけば昼時を過ぎている。

飲食店では人が疎となっており、

私たちのように遅く来た客か

将又朝ごはんを遅く食べてきた

家族連れが数席を埋めている程度。

自由に席が選べるに等しかった。

優越感を感じながら

適当な席を選び座った。

ここでもまだ特有の香りはあり、

人が多いところよりは少ないものの

血のような食品関係に反応しているのか

私の鼻は休む暇がなく。


波流「ねね、どれ食べる?」


美月「どれ…そうですね、このパンにしようかと。」


波流「決めるの早!」


美月「そうですか?」


波流「早いよ!ずば、ばって決めるじゃん!」


美月「直感ですよ。」


波流「そういうもんなのかぁ。私はずっと悩んじゃうんだよね。」


美月「優柔不断なんですね。」


波流「ずばっというねぇ。まあ、そういうこと。」


美月「ごゆっくり悩んでください。」


波流「ちょっとくらい急かしといた方がいいよ?」


美月「そんなに時間がかかる予定なんですか?」


波流「制限がなければ結構長引いちゃう。」


美月「そうですか。なら…5分とかどうですか?」


波流「よし、頑張る。」


そういうと、うんうん唸りながら

メニューをじっと眺め出した。

私は出来る限り判断は慎重に

行いたいとは思うが、

今のような、たった今自分しか

関わっていないのであれば

すぐに決めてしまうというのが

いつからか習慣づいていた。

ただ、人が関わると話は違う。

奉仕の心があるとか

そういうわけでもないのだが、

互いに利益が出るよう、

あわよくば自分の利益が

少しでも上がれば。

そんな選択肢をこれまで選びがちだった。


だからこそ、午前中に遊留先輩の指を

舐めなかったのは正直なところ

自分でも驚いていた。


自分が良ければ。

そう考えていた。

けれど、今が良ければとは

なるべく考えないようにして。

しかし、私が取った行動は

遊留先輩を巻き込みたくないがために

自分の利を捨てるようなもの。

先輩を傷つけるのは本意ではない。

先輩を巻き込みたくない。

それは本音だ。

心そこからの思いだ。

これまでの人生と比較すると

明らかに異なる行動に

私自身も戸惑っていた。


波流「美月ちゃんさ、ナゲット半分こしない?」


美月「ナゲットですか。」


波流「そう!」


美月「でもそんなにお腹空いてませんし…結構ですよ。」


波流「ひとつは食べれそう?」


美月「パンの大きさによるかもしれませんね。」


波流「んじゃあ頼んじゃっていい?」


美月「私が食べれそうになかったら先輩が食べることになりますけど、お腹的には大丈夫ですか?」


波流「余裕で食べれる!それじゃあ頼んでくるね。まってて。」


美月「分かりました。ありがとうございます。」


先輩は財布を持つと注文しに

ぱっと背中を見せ、

その背中はみるみるうちに小さくなった。

ちらと時計を確認すると

3、4分程は経っていただろうか。

5分はかかっていなかったよう。


美月「…自分が思ってるほど先輩は優柔不断じゃないと思うけど。」


ぽつ。

雨の降る音がした。


それから少しして

遊留先輩はトレーを持ち戻ってきた。

上には魚をモチーフにしたパンや

買うか迷っていたナゲット等が

丁寧に並べられている。

先輩は嬉しそうにるんるんと

音が聞こえてきそうな笑顔で、

見ているだけのこっちまで

楽しさが伝播していった。


波流「お待たせー。」


美月「そんな待ってませんよ。ありがとうございます。」


波流「美月ちゃんの選んだパンめっちゃ可愛い!」


美月「食べるのがもったいないですね。」


波流「ほんとにそれ!でもこれだけで足りる?お腹空かない?」


美月「最近あまりお腹が空かないので大丈夫なんです。」


波流「そっかそっか。あ、暫く体調も悪かったしね。」


美月「そうですね。」


各々の頼んだものを口に運んでいく。

時々会話をしながら、

時に無言になってまた話し出す。

ありふれた、けれど少し特別な休日。

いつもなら室内で本を読んだり

ピアノを弾いたり弟たちと遊んだりするだけの

何ともない休日が

あっという間に特別な日へと変わっていた。

遊留先輩は女性特有の

愚痴ばかりの話ではなく、

こんなことがあって笑っただとか、

この曲がいいとか嶋原先輩との

簡単な記憶だとかについて

よく話してくれた。

私も私で話を振られれば

それに見合った話を引っ張り出して。


だからだろうか。

気を張らずにゆっくりと

食事を楽しめたし、

何より話の内容に気を張らなくてよかった。

クラスでは誰が何をしていたから

良くないなどの話を小耳に挟むたび、

誰がどう感じているのか、

人から人へと矢印を引く。

その作業をしなくていいのは楽だった。


お互い食べ終えたところで

再度水族館内を見てゆく。

午後だということもあり

ペンギンやその他の生き物の

ご飯ショーがちらほら開催されていた。

そのイベントへと向かったり、

午前中のようにじっと水槽を眺めたりして

気づけばもう日が

傾くのではないかという頃合い。


私達は自然と海月のいる

幻想的なエリアへと足を運んでいた。

ここで何かがあったというわけではない。

先輩との話ならどこの場所でもしていた。

しかし、お互いここが

お気に入りだったのだろう。

同じようにぼうっとして海月を眺む

遊留先輩が隣にいた。

ここらは水族館に入ってそう

深い場所にあるわけではないためか、

人は随分と疎になっている。

半ば独占しているような気を持ちながらも

海月へと視線を注いだ。


波流「やっぱり綺麗だね。」


美月「ですね。」


波流「この空間好きだなー。」


美月「幻想的ですよね。」


波流「ほんとそれ!私も家の一部にこういう空間欲しいな。」


美月「偶に見るから特別になるんだと思います。」


波流「あはは、確かに。家にあったら水族館に来なくていいやってなっちゃうもんね。」


美月「特別感がなかなか。」


波流「あー…それはやだなあ。」


ここに時計があるのであれば、

秒針のなる音まで綺麗に聞こえてきたであろう。

ぼこぼこと深海のような

心地のいい自然音に身を任せる。

まるで自分の体がゆっくりと

底へ底へと沈んでいき、

やがて海底の地に沈む船になっていく。

そして忘れ去られてゆく。

そんな思いが過ぎっている。


波流「また来たいね。」


美月「そうですね。」


波流「また来よう!美月ちゃん!」


美月「私ですか?」


波流「そりゃあそうだよ。」


美月「嶋原先輩と来ても楽しいと思いますよ。」


波流「あー、それはそうかもしれないけど…美月ちゃんと遊ぶのはまた違った楽しさがあるんだよね。」


美月「そんなものなんですか。」


波流「うん。そんなもん。」


美月「なら…………っ?」


不意に、何か強い色を感じた。

色、というより香りと表記した方が

きっと正しいだろう。

しかし、鮮やかなものとなって

五感に訴えかけてくるものだから

色だと錯覚してしまうのだ。


なんだ。

何なのだ。

ぞわぞわと体の芯から震え、

足が思わず出てしまいそうになるこの感覚は。


波流「なら…何だったの?」


美月「…ぁ…先輩、ちょっと。」


波流「ん?」


美月「ちょっと…まずいかもしれないです…っ。」


波流「え?…あ、えっ…!」


美月「…すみません…外なのに…こんな」


波流「大丈夫。大丈夫だから一旦人のいないところに行こう。」


何が起こっているかを察知した先輩は

さっきまでの一瞬、挙動不審だったのに

ぱっと私の手をとって

海月の青を背中に映した。

先輩に連れられるがまま

水族館の床を凝視して歩く。

鼓動がどくどくと煩い。

ついさっきまでそんなことは

全くとは言えないがなかったじゃないか。


どうして。

どうして?


どうして、こんなことになっているの。

この、理性が潰されそうな瞬間は

時に波のように襲ってくる。

その度にどうして私だったのかを憂うのだ。


先輩は何か目的地があるのか

ずんずんと館内を進んでいく。

これまでに見たエリアを

早送りのように流れていく。

それに身を任せることしかできず、

足をもたつかせながら

先輩の後を追う。


どうしてこんな長く歩くのか。

そう疑問を感じるも、

時にすれ違う人々が視界の隅に映る。

すれ違うだけでこの人数なのだから、

きっと水槽を眺む人も合わせれば

もっと居ることだろう。

それを考慮してか、

先輩は私へとあまり視線を寄越さず

只管に進んでいった。

まるで私が見えていないように。

私が見えていないのではないかと

思ってしまうほどに。

ただ、私の腕を握っている体温は

本物だと認識せざるを得なかった。


そんなことを考えていると、

不意に先輩は方向転換し

狭い通路へと入っていく。

何かと思えばお手洗いのようで、

1人とすれ違うままに

個室へと2人で入る。

今は誰かから見られているなど

一切考えてられなかったのだろう。


波流「大丈夫?」


先輩はいつにないほど

小さい声で私に問うた。

不気味な汗が噴き出す中、

こくこくと細かく頷いた。

大丈夫と問われても

大丈夫だと言い返す他

これまでにしてこなかった。

全てを自分で請け負って

全てを自分で解決していた私にとっては

頼るだなんて選択肢は

ないに等しかった。

確かに、時には意見を聞くこともあった。

だが、その意見へと方向性を

変えたかというとそうでもないことが多い。

自分が正しいと思っているからか。

…思い込んでいるからか。


そんな過去がぶわっと流れ出したところで、

先輩は私の肩、そして背中へと手を伸ばし、

軽く軽くさすってくれた。


波流「…やっぱり…人が多いところはきついっぽいね。」


美月「ぅ……きつい…というより…こう、抑えられなくなる感じの方が近いです。」


波流「きっとそれをきついって言うんだよ。」


美月「……そうなんですかね。」


波流「ね、美月ちゃん。カッターって持ってきてる?」


美月「…!」


その言葉が意味すること、

意味する先の未来を

それとなく察してしまった。

私は、私は先輩を巻き込み

かつ自傷させなければならないのか、と。


波流「なかったらなかったで何とかするけど、あった方が楽だしって思って…。」


美月「…でも」


波流「もう、「でも」とか「だけど」って言ってられないと思うの。」


美月「…いえ、そんなこと…。」


波流「…このままだと知らない人に被害が及ぶかもしれない。その方が怖いんじゃないの。」


美月「…っ。」


波流「持ってきてるんなら、少し貸して欲しい。」


美月「……………鞄の小さなポケットのところに入ってます。」


波流「…!分かった。ありがとう。」


そう感謝を言葉にすると、

私の鞄を出来るだけ優しく物色し

やがてあ、と小さく声を上げた。

そして先輩の手が離れたと思うと、

すぐさまかちかちと音を鳴らすのが聞こえた。

誰もいなくなったのか

人の気配がしなかった。

それに反して煙ったような

胃をくすぐる気持ち悪さは

お手洗いに入って若干

増しているようにも感じる。


その中、先輩はひとつ息を

吐く声が聞こえてくる。

たった1人、先輩だけの。

先輩は便座を閉じ

その上で手を安定させて

指を切るよう体勢に入っているようで。


…刹那。


波流「……ーっ!」


先輩は声にならないような声を上げ

みし、とカッターを

握りしめるような音が聞こえた。


美月「…!」


波流「いってて…どう、美月ち」


美月「手…手、貸してください!」


ふんわりと香った鮮やかなもの。

これに似たようなものが

海月のエリアでそれとなく香っていたのだ。

鮮やかな、新鮮な。

きっと偶々その場に居合わせた誰かが

つい先程躓き転んで擦りむいた…

なんてことがあったのかもしれない。


先輩の指から明らかに香っている。

こんなお手洗いの中の煙ったものではない。

新鮮。

新鮮だ。

その言葉がしっくりきた。


先輩の手を慌てて両手で掴む。

人差し指の先からぷっくりと

鮮血が顔を覗かせている。

たった今だけはこの紅色が

とんでもなく愛おしく見えた。

どんな小動物なんかよりも、

海月よりも、愛おしく。


それでも、どんなにつらくても

咄嗟に口をつけなかったのは

普通の人間でいたいからだろう。

普通の人間でいたいから。

だから。

最後の抵抗をしているのだ。

無様にも、抗えないにも関わらず

無駄な足掻きを続けるのだ。

続けた結果、結局…。


波流「…美月ちゃん。」


美月「ふー…ふー…。」


波流「怖いよね。」


美月「…ぅ……ふー…。」


波流「大丈夫。」


美月「……根拠は…。」


波流「根拠…。」


美月「大丈夫だなんて…言える根拠は…っ。」


波流「美月ちゃんのこの状態が治るまで、私が力になる。」


美月「…はは……何が大丈夫…なんですか…。」


波流「大丈夫だよ。絶対。」


絶対だなんてないのに。

それこそ、矛盾するが

絶対は絶対ないと言うものだ。


なのに、今だけはそのあやふやで

土台のない言葉に

背を預けてもいい気がしてしまった。

曖昧な言葉の奥にいる

遊留先輩に背を預けてもいいと。


美月「…。」


一頻りこの衝動に抵抗した後、

手が若干ながら震え出したあたりで

舌をそろりと出し、

その血を優しく舐めた。


あぁ。

そう。

これだ。

これを待ってた。

これがなければ

私は生きていけない。


じわっと広がるジューシーな感覚。

喪失していた体の部分から

芽が生え蘇っているような。

体の底から再生されている。

そんなような感覚がする。

足裏から頭の先、

髪の毛の先まで血が漲るのだ。


もっともっとと思ってしまい

指を圧迫して絞る。

けれど、そのたびに声を上げることもなく

ただただ一瞬ぴくりと

体を震えあげるだけの先輩。

その様子を見て、まだ大丈夫だと思い、

がりがりと傷口付近を奥歯で噛み締めた。


波流「痛っ…!」


すると流石に痛かったようで

短くそう耳に届いた。

耳に届いたあたり、

結構頭も回り出したらしい。


数分そうして過ごしたのちに口を離すと、

しわしわになった指先があった。

思っている以上に

口の中に含んでしまっていたらしい。

自分の唾液が他人の指に

びっしりと塗ったくられている状態を見て

気持ち悪さや嫌悪が募っていく。

気持ち悪い。

気持ち悪い…。

私は…こんなことをしてまで

何がしたいのだ?


波流「落ち着いた?」


美月「…はい。…すみませんでした。」


波流「大丈夫だって。ちょっと痛かったけど。」


美月「そのこともですし、そもそもこの行動自体…。」


波流「さっき言ったでしょ?」


美月「…?」


波流「美月ちゃんのこの状態が治るまで、私が力になるって。」


美月「…そうでしたね。」


遊留先輩は発した言葉の通り

この出来事の最後まで付き添うようで。

そして内から私に対して

嫌悪感を抱いていないのか、

にこりと笑いながら

手を洗おっかと促した。

先輩の誘導のままに個室から出ると

人は1人もいないようで、

がらりとしているのが目に入った。

私たちが入っていたところ以外に

閉まっていた扉はなく、

洗面台にもまるでいない。


さぁーさぁーと、

先輩と私が手を洗う音のみが

耳を染め上げていく。

遊留先輩の名前の漢字が

ふと脳内を過る。

波に流れるだったはずだ。


先輩は自分の手に加え

カッターまでも簡単に水に晒していた。

血は付着していなかった気がするが、

気づいていないだけで

もしかしたら着いているのかもしれない。


美月「…誰もいないですね。」


波流「というより入ってこなかったんじゃない?」


美月「どういうことですか?」


波流「だってトイレの個室で話し声、しかも見えないから内容が間違って伝わってた…とか考えられそうじゃん。」


美月「間違って…?………あぁ。」


すなわち、如何わしいことでも

しているのではないかと察して、

このお手洗いを使用することを

辞めたということだろう。

私視点そんなこと

ありえないだろうと感じたが、

見えていないのであれば

勘違いしてしまう人だって

いるかもしれないという

結論にまでは何とか至った。


その後、閉館時間が迫っていることから

2人で横に並び走ることなく

出口まで向かった。

お手洗いから出る前に再度

絆創膏を渡すと

それまでこれといって

会話があるわけでもなく、

無言が場を支配していた。


外に出ると雨は止んだようで、

傘をささずとも雲と出会うことが出来た。

気温はだんだんと下がりつつある中、

先輩は心地よさげに伸びをした。


波流「んー!…ふぅ、今日は楽しかったね!」


美月「え?」


波流「えって…楽しくなかった?」


美月「楽しかったは楽しかったですが…それ以上に迷惑をかけました。」


波流「いつか、私が美月ちゃんに迷惑って言った?」


美月「…言ってはいませんが。」


波流「でしょ?迷惑って思ってないもん。」


美月「俄に信じがたいのです。」


波流「まあ、ゆっくり信頼してもらえるよう私も頑張るしかないかー!」


再度ぐーんと縦に伸びた後、

ばちんと自分の太ももへと手を下げ

爽快とも感じる音を鳴らす。

先輩の左手には2つの絆創膏。

それは、いつかきっと…

…すぐに外れてくれるはずだと。

…そう、信じて。


波流「あ、そうだ。」


美月「何でしょうか。」


波流「私、美月ちゃんともっと仲良くなりたい。」


美月「はぁ…。」


波流「だから、呼びタメにしようよ!どう?」


美月「呼びタメって確か…タメ口…みたいな話でしたっけ。」


波流「そう!これからも深く関わりそうだしさ。他人行儀なままじゃちょっと淋しいなって。」


美月「…淋しい…ですか。」


先日、羽澄からも同じようなことを

お願いされたっけ。

どうしてこう先輩達は

呼びタメというのがいいのだろうか。

親しくなれたと感じれるのが

いいのだろうか。

親しき中にも礼儀ありというが、

実際のところ礼儀なくずけずけと

入り込まれた方が嬉しいのだろうか?


あまり理解出来ないが、

今後先輩と深く関わるであろうのは事実。

壁を建てたままということも

選択肢としてはあるだろう。

だが、今日水族館へと2人で遊びに来て

先輩は助けてくれた。

そう。

助けてくれたのだ。

そして軽蔑だってしなかった。


美月「……分かりました。」


波流「ほ、本当!?」


美月「はい。…波流…先輩。」


波流「先輩もなしで!」


美月「波流。」


波流「んー!うわ、どーしよ、めっちゃ嬉しい。」


美月「そんなに嬉しいものなんですか?」


波流「うん!美月ちゃんも来年になったら分かるかもね!」


美月「そうかもしれませんね。」


波流「後タメ口!」


美月「要望が多くないですか?」


波流「呼びタメってそういうことだし?」


美月「………分かったわよ…。」


波流「わ、わ、わー!やったやった。」


美月「何が嬉しいんだか…。」


波流「照れてる?」


美月「照れてないわよ。」


変な気持ちがした。

だが、この気持ち悪さは

どうにも嫌いになれなかった。


夕暮れは雲に隠れながらも

私たちを夜へと誘ってゆく。

空に包まれながら

私たちは家路を辿るのだ。

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