第7話 悪夢の魔王
悪夢の魔王ゼードゴラーイの居城はまるで空っぽの石の箱の様でございましたわ。
初めは私達四人の通り道の脇には無数の不定形の魔物が姿を見せていましたが、奥に進むにつれその影さえ見えなくなり、最後には緑色の炎上げる照明だけの石の通廊になりました。。
気持ち悪い造形は石のくせに消化器や産道の様な内臓感覚さえありますわ。
硬く冷たい通廊に導かれ、私達は真奥へと歩き、靴音のみが緑の影に響きます。
『所詮、貴様らは……我が夢見るのをやめれば消え去るだけの存在……』
歩く私達の脳裡に魔王ゼードゴラーイの声が響きます。まるで闇の奥へと誘導しているかの様な声。
熱のない緑の炎。
『貴様らが強いのは……ここが我の見ている夢の世界だからだ。夢だからこそ思い込みで何でも出来る状態……わざと遊ばせてやっている。だが我の庇護がなくなれば……』
うるさいわね。それすらも私の夢の中でしたっていうマトリョーシカの様な多重オチでしょうが。
魔王のあなたこそ私の夢にすぎないのよ。
そしてとうとう通廊は最後の行き詰まる所まで私達四人を案内しましたわ。
それは広い部屋でした。
といっても両開きの重い金属の扉を開けた先には床がありません。
淀んだ空気立ち込める玄武岩の大広間は壁際の縁にだけ人が立てる床を残し、中央には天井も床も高く深くくりぬかれた大きな吹き抜けの穴がありました。
その吹き抜けに立ち、巨大な上半身をこの広間に覗かしている者こそ、漆黒の牝馬の頭蓋骨を頭部とし虹色の艶を揺らめかせた黒マントを全身にまとった魔王の姿ですわ。頭蓋骨だけで三メートルはありそうかしら。アニメ『地獄美少年』によれば悪夢を意味するNIGHTMAREはそのまま夜の牝馬という言葉と同じ綴りでしたわね。洒落てますけどそんなのでウケを狙っているようでは魔王としてはまだまだですわ。
しかしそれはそれとしてこの部屋を満たすのは圧倒的な威圧感ですわ。
『悪夢の魔王……ゼードゴラーイ……』
問われてないのに自分から名乗るとは何処まで自己中心的な馬の骨なんでしょう。黒マントの前を割って骨の黒い指が私達を指さします。
『予言の歌を叶えようとする無力な……人の子達よ。我こそはこの世界を夢見……存続させている存在だ……。このマヨヒノミアは……我の見ている……夢にすぎない。夜の夢こそ
シリアスね。声の響きはいちいち私達の肌を震わせますわ。
たかが私の夢にすぎない悪夢の親玉がその骨っぽい口で何を言いますか。
とにかく眼醒めるまでの一瞬にすぎない邯鄲の夢もここがクライマックスね。
私と蘭丸は縦ロールと木刀を構えますわ。
幽霊達はここまで携えてきた大鎌を振りかぶります。いや、あの大鎌はここへ通るまでは影も形も消えていましたわね。出し入れ自在なのかしら。うらやましいわね。
「ゼードゴラーイ! あなたこそ私の夢にすぎないのよ! 消え去るのが嫌なら謙虚に小さくリサイズして私のお尻を舐めなさい!」
「いや、お前はこの大魔王朝霧蘭丸が見ている夢なんだ! このドリーム・マスター蘭丸に逆らうというのなら朝方の夢の様に記憶にも残さず消滅させてやる! いざ、予言の成就!」
ゼードゴラーイの黒い骨の両手がマントの裾を割り、私達の見える所に出ました。
『予言の成就などと……レベルの低い観点でしか……ものが見えぬか。いいだろう……ならば貴様達に……この世界のからくりを話そう。絶望的な悪夢をな……』ゼードゴラーイは何がおかしいのか馬の頭骨から押し笑いを漏らしました。「このマヨヒノミアは……我が見ている夢に……すぎない。我が眼醒めようと思うなら……その瞬間にこの世界は消える……。勇者蘭丸……勇者薔薇香……」悪夢の魔王は私達の名を呼びました。「貴様が異世界に転生したおかげで……あらかじめ運命づけられていた……あちらの宇宙の輪廻転生のサーキットが全て……崩れてしまった……』それは幽霊達の論の肯定ですわね。『……貴様達オリジナルの魂が……この異世界に転生して向こうの宇宙から消えてしまった事で……エネルギー収支が合わなくなって……あらかじめ運命づけられていた……輪廻転生の回路が……バタフライ効果的に崩れ始めている! 向こうの世界に我の悪夢が混ざり……向こうの世界を侵食している……カタストロフ的変化の……ドミノ倒しだ』あら中世風の異世界ファンタジーの住人が私達の世界のカタカナ言葉、現代科学用語をガシガシ使うのね。
よく喋る魔王ね。状況説明をしてくれる便利な存在ではありますけれども、長口舌はまだ終わらないのかしら。
『今やその余波は……あの宇宙で輪廻する全ての魂に……影響を及ぼしている。いや元の宇宙だけでは……ない。全く同じ言語によって……固く結びつけられた言語共同体であるこの二つの宇宙は……その言霊の力によって……貴様達の異世界転生によって……輪廻転生の回路が複雑に混ぜ合わされ……今のままでは二つの宇宙は……互いを夢見る世界として情報実体を失い……虚構となって完全崩壊する。貴様達がこの世界を滅ぼせば……もう一つも破滅的な影響を受けるのだ。……だから貴様達は……我を殺せない。我が倒されれば……今や両方とも我の夢見る宇宙となった二つの宇宙が消滅する事になるから……だ』
「それはきっと正しいわ」ゴロゴロと鳴り始めた空気の中で、幽霊の薔薇香二号が魔王の威に負けじとはっきり意見を述べましたわ。「勇者達よ。ちょっとやそっとの運命の誤差は場の量子の確率性に吸収されますが、この宇宙で救世の勇者を任されているあなた達の魂の質量は凄まじいのよ。輪廻転生が崩壊すればつながってしまった二つの宇宙の全生命の存続危機ですわ。ですけれど勇者達を殺せば幽霊の私達がその代わりに輪廻に取りいれられ、輪廻転生は再び健全に回り出すはず。そうすれば宇宙は崩壊しない。……そう思って勇者達を殺そうと思っていたのですが、それは凄まじい情報質量の魔王を倒すのでも成立しそうね」
輪廻回路崩壊……何かよく解らないですけれどスケールがでかい事になっているらしいですわね……。
「ともかく予言の歌には僕達の勝利が確約されていた!」大魔王蘭丸が声を張り上げます。「悪夢の魔王! お前は僕達に倒される為に存在してるんだ!」
『予言の歌……馬鹿馬鹿しい。このマヨヒノミアの全ての存在も……歴史も生命も記憶も記録も……我が三日前にソウゾウしたものにすぎないのだからな……』
まあ。創造と想像をかけた一発ギャグかしら。寒いですわね。
「御託が長いのよ」私は狭い足場でボックスを踏みつつ、縦ロールのなびきを肩から背へと払いのけますわ。「スケールの大きさでハッタリかましても、難しそうな言葉を並べて一方的に説明をかますだけではゴチャゴチャして心に少しも入ってきませんわ! 添削すべきですわね! 要は、二つの宇宙を作ったと思い込んでいる悪夢の魔王を私は夢で作りあげ、私達がラスボスを倒せば全てが救われる、完! これだけで充分ですわね!」
それはさすがに要約しすぎでは、という顔をしている幽霊達を尻目に私は猛け狂う縦ロールを放ちました。
「スピンドル・クロコダイル・デスロール!」
黄金の縦ロールが私達に突きつけられていた黒い骨の人差し指を叩き壊しましたわ。
この先攻を機にゼードゴラーイVS私達四人は戦闘状況に移行しました。
雷音。残った右人差し指から放たれた黒い稲妻を大魔王蘭丸は木刀の表面で受け、四方八方に稲妻の余勢が飛び散ります。
更に黒マントの前を割って後二本の手がのびてきました。魔王の手は二本だけではなかったのですわ。
走る。三本の手から放たれた黒い稲妻の放射を私達は狭い足場で必死によけ、ある時には武器を使って受けて雷撃を魔王へとはね返しますわ。稲妻の電荷を帯びて金属臭い空気が鼻に匂いますわ。
稲妻の放射は室内の陰影を激しく反転させ続けます。
そうしている内に破壊された魔王の人差し指が黒霧をまといながら傷を治していきます。
「夢見る者はその力で傷を癒せるという設定ね! ならば再生の時間を与えず攻撃をたたみかけるのみですわ!」
「デビルエンペラー・ジャンクションッ!」
大魔王蘭丸の木刀が赤い光刃を放ち、ゼードゴラーイの腕一本を斬り飛ばしましたわ。
幽霊達は宙を飛び、大鎌の斬撃を悪夢の魔王の馬の骸骨の額に刻みます。
ゼードゴラーイはその黒骨の馬面から闇の如き黒い炎を大量に噴き出してきましたわ。
ブレス攻撃。カルマン渦に縁取られながら私達全員を飲み込もうとするそれはまるで黒い雪崩です。熱量が凄そうですわ
「ドラゴニック・ヴォリュ―ジョン・プロテクト!」
私は長くのびた金髪縦ロールの群で自分の身体を球状に包み込み、火炎をやりすごしましたわ。
「スーパーノヴァ・ブレイクッ!」
大魔王蘭丸の上段斬りは黒い炎の分水嶺となり、流れを左右に分けて自身の安全を確保します。
しかし薔薇香二号と蘭丸二号の幽霊二人は噴き上がる黒炎の直撃を受けましたわ。
宙を飛行していた二人は黒い炎に包まれて壁際の床に落ちます。墜落の瞬間に炎は消えましたが、そのダメージは肌を焼くほどに重いものでした。
「大丈夫か!?」
私よりも早く蘭丸が幽霊に駆け寄りましたわ。
その間は私は魔王をひきつけつつ、蘭丸が自分の幽霊達を抱き起こすのを横眼(よこめ)に見ますわ。
「傷は浅い……と思うぞ!」
「……駄目だ……ゼードゴラーイは……強い」
何よ!? 私達の幽霊にしてはあきらめるのが早すぎではありませんこと!? 私は叫びます。「あなた達だって立派な私達じゃないの! 幽霊だって勇者でしょ!」
「私達は予言には歌われてない存在ですから……」
何よ、馬鹿二号。この程度であきらめてるじゃありませんわ! 注入された気合はどうしたの!?
「何故クレメンタインが歌った予言の歌を知っているのですか?」私の驚きは場にそぐわなかったかも知れませんが、どうでもいい疑問を今問いただせなければ、思わせるほど二人の幽霊は憔悴していましたの。
「それは……私達幽霊はマヨヒノミアの集合無意識から情報を仕入れていたのですわ。私達は予言の勇者のあなた達に比べれば飛び入り参加の即席勇者にすぎないのですわ……」薔薇香二号は力なく語り、蘭丸二号はうなずきます。「駄目ですわ……人の形を……保てない……」
甲冑の幽霊達はまるで輪郭が融ける様に不定形になってきましたわ。
「しっかりしなさい! 薔薇香二号! 蘭丸二号!」
私達が幽霊達に喝を入れようとするその光景で、悪夢の魔王ゼードゴラーイは攻め手を出してきません。
ただそうしている間に魔王の傷は見る見るうちに治っていきます。こしゃくな時間稼ぎですわね。卑怯ですわ。
悪夢のゼードゴラーイは骨のひび割れを全て治し、もげた手もくっついて四本腕に復活しました。
「せめてあなた達に最後までつきあいますわ……」
「頼むぞ……本当の勇者達……」
その言葉で幽霊達の身体は一気に形を崩しましたわ。金色の光の奔流となり私の髪に、蘭丸の木刀にそれぞれオーバーラップしていきます。
私の金髪縦ロールの数は輝きながら一気に数が十三巻きに増え、光のメデューサの感触を増しましたわ。霊髪『ローズ・パフューム』! 私の脳裏で幽霊の彼女の声が響き渡ります。
蘭丸の木刀にまとわりついた光がまるでダイヤモンドの輝きを刃なき刀に与えます。霊刀『オーキッド・リング』! その名を呼ぶ声は私の頭にも響きましたわ
それを見た悪夢の魔王は四本の骨手を振り上げながら低い声で吠えました。
戦闘再開ですわ!
「サーティーンロールズ・ローズ・パフュームっ!」
私は十三本の長い黄金ドリル突きを前方に高速で繰り出しますわ!
「チェストーッ!! オーキッド・リング・スフォルツァンドっ!!」
魔王蘭丸は暴風の如き衝撃波を霊剣の一振りで生み出し、ゼードゴラーイにぶつけます!
二つの武威を正面からまともに受けた悪夢の魔王は伸身を前に折り、くぐもった呻きを挙げましたわ。全身ダメージである証拠に馬頭の頭蓋骨にも大きくひびが入りましたわ。
これは使えますわ。さすがですわね、幽霊。
しかし傷の治癒速度は前に比べ加速しているみたいですわね。
「……壊す端から治されてはこちらもやる気が失せますわね。といってほっぽりだす脇にも行きませんし。このままでは勇者の予言が台なしですわ!」
予言……!? その時、頭の片隅で知性の蝋燭に火が点りました。
予言……幽霊達が言っていた集合無意識!?
そうか! ここが突破口なのですわ!
「ゼードゴラーイ! 予言こそがあなたの限界よ!」私はパースーヤサイ人の様に全ての縦ロールを逆立たせました。「私達と同じ言語でしか宇宙をソウゾウ出来ない、そこがお前の限界なのよ! 予言の歌を一から作りだした自慢をしてその実、我が身が予言の歌に捉われている!! 自分は、自分が作り出した情報から逃れらない! あなたも私達と同じ言霊の情報体にすぎないのよ!! そしてこの世界は私の見ている夢!! お前は何をしようとこの宇宙の言霊の範囲内にしかいられない!! お前がラスボス格でありながらこの夢の登場人物にすぎない確かな証拠でございますわ!!」
そう。言ってみればこの一連の戦いは夢VS夢! 私の想いか、魔王の想いか!
想いの力で魔王を凌駕するのです。
『馬鹿な話を……。そんな理屈が……通じると思っているのか……』
「やってみなくても解りますわ! 理屈と
『……下らん!』
図星を指された腹いせなのかは解りませんが、ゼードゴラーイはまたあの黒炎のブレスを吐きました。ただし、その放射量は前回の比ではありません。まるで生命を絞り出すかの様な大放射ですわ。
私達は重い威力を正面からそれぞれの武器で受け止めました。
「パーフェクトディフェンス・アンド・オフィンス!!」
「ゴールデンレイ・クレッセンツ!!」
十三本の縦ロールの内、七本が盾として私の身を守り、六本が螺旋の槍として前方に突き進みます。
大魔王蘭丸の霊刀は無数の三日月斬りとなり、黒炎を切り裂きながら斬撃の群を前方に押し出します。
二つの威力は黒炎を蹴散らし、マントの下の黒いあばら骨を叩き壊して胸の辺りに浮いていた赤い球状宝石にひびを入れましたわ。
二本の腕もちぎれれます。
誰が見ても明らかな大ダメージですわ。
「動揺しましたわね!! あなたの存在の無力さがこの逆転劇に表れていますわ!!」
「このままだったら一気に行ける!! チェストーッ!!」
私と蘭丸は大技の連発に息を荒げながらも状況の有利を見て、畳みかける様に攻撃を繰り出しますわ。
その攻めで黒マントの裾が
回復速度よりも早く崩せる。そう確信した私達が更なる攻撃を左右から食らわせようとしたその時。
悪夢の魔王ゼードゴラーイの馬頭の眼窩で小さな両眼が赤く眩しく輝きました。
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