第5話 予言

「まあ、異世界人が日本語をそのまま喋っている世界観で、ここがそこまで考え抜かれたファンタジーじゃないというのは解りますわ」

「ニホン語? 私達は最初からマヨヒノミア語で会話してるじゃありませんか」

 応接室の豪奢な椅子に座った私の言葉に、この館の主人にして私の父親『ヒロニア・アンサングー』公爵はそう答えました。

 マヨヒノミア語? 私と蘭丸は確かに日本語を喋っていますわ。そして私の耳に聴こえるこの異世界の言語もそう。流暢な日本語。

 テレパシーによる自動通訳? ううん、それは違いますわ。唇の動きを見てもそれは違うと解ります。私達は皆、日本語と全く同じ発語で喋っていますわ。

 うーん、これはどういう事なのかしら。

 私は着ている迷比ノ宮私学園女子制服のあちこちのポケットを探りました。手帳や紙は持っていませんわ。

「紙とペンはないかしら」

 私が訊くと父ヒロニアはこの部屋にいるメイドに命じ、この部屋の家具から白紙の束と万年筆を取り出させました。中世ヨーロッパとは違う文明レベルね。

「ちょっとこの紙に『薔薇香』と『蘭丸』って書いてくれないかしら。そうよ、私とこの世界での双子の弟の名前よ。あと『これは一個の食べられる林檎です』って文を」

 蘭丸は横の椅子で足を組んでふんぞり返り、私のする事を見ています。

 私と卓を挟んで対面する父は、その天板に紙を置いて万年筆でマヨヒノミア語を書きました。


 薔薇香

 蘭丸

 これは一個の食べられる林檎です。


 やはり思った通り、日本語と全く同じですのね。漢字も文法も全く同じ。

 現代日本語とマヨヒノミア語は全くのイコールと考えていいみたいですわね。どうやらカタカナ言葉もあるみたいですし。

 これはどういう事なのかしら。

 マヨヒノミアは日本で稼働しているファンタジー・ネットRPGの背景世界。

 いや違いますわね。

 地球で私達がいた世界を遥か古代とした文明が滅んだ後の遠未来の元日本。

 いやそれも違いますわね。ここに行きつくまでに見た宇宙みたいな星の世界を説明出来ていませんわ。

 私の頭の中で先ほどの寝室でのヒロニアの言葉が思い出されます。

 『名づけの通りに予言の勇者がここに現れてくれた』

 名づけの通りに?

「勇者の予言というものをくわしく教えてくれないかしら」

 私は父に訊きましたが、彼よりも聡明な眼をした私達の姉クレメンタインがその口から朗朗とその伝説を歌い語ってくれました。


「この歌を未来に語り継げよ。

 真世界マヨヒノミアは夢見る者の心で造られる。

 夢見るもの、悪夢の魔王ゼードゴラーイが降臨し、

 マヨヒノミアの平穏を魔人達が乱す時、

 女勇者薔薇香と男勇者蘭丸が誕生する。

 この歌で真世界に血を捧げよ。

 真世界マヨヒノミアは薔薇香と蘭丸の心で造られる。

 夢見るもの、悪夢の魔王ゼードゴラーイを討ち倒し、

 マヨヒノミアの平穏を勇者が取り戻す時、

 女勇者薔薇香と男勇者蘭丸が竜虎相討つ。

 この影深き眠り浅き国マヨヒノミアで」


 記録なき太古より伝わる予言の歌ですわ、とクレメンタインは巨乳を揺らし私達へ微笑みました。

 私はちょっとこの歌に気になる所がありましたわ。

 『この歌で新世界に血を捧げよ』

 迷比ノ宮私学園の正門の碑文「学園に血を捧げよ」と似ているような。迷比ノ宮とマヨヒノミア。うーん。

「だから何だというんだ。言っておくが僕は勇者じゃなく大魔王だ。この世界は僕の夢にすぎない」

 蘭丸が不満そうな顔をします。この世界に来てから蘭丸はすっかりイメージダウンですわね。でもきりりとした童顔のままに闇を深くし、中二全開のその姿は嫌いじゃありませんわ。

「クレメンタイン、お前を僕のハーレムで第二夫人にしてやろう」

「この期に及んでハーレムとか。蘭丸はすっかり色ぼけのお子ちゃまになりましたわね」

「薔薇香! お前は第一夫人だ!」

 何を言ってるんだか。……気のせいか蘭丸の顔が赤いですわね。

 えーと、この歌と類似している作品が私のサブカル知識にないかしら。

 やはり『夢見るもの』で思い起こされるのはH・P・ラブクラフト界隈の『クトゥルフ神話』ですわね。

 ラノベ『触手少年クトゥルフハンター』でもくわしく解説されていましたけれど、世界が邪神の夢にすぎないというものは宇宙規模の恐怖を売りにした一種のホラー物の定番ですわね。

 歌の『この影深き眠り浅き国マヨヒノミアで』というのも人間が夢を見る眠りの浅い状態、レム睡眠を表しているみたいですわ。

 しかし、この世界が誰の夢なのかというと、確実に私の夢。それは動かぬものなのですけれども。

 マヨヒノミアに邪神クトゥルフとは関係あるとは思えないのですけれど、この世界が悪夢の魔王の夢によって造られているというのは重要なキーワードですわね。

「つまり、この世界での私達のご両親方は悪夢の魔王ゼードゴラーイの復活によって大いに平穏が乱れたこのマヨヒノミアを救ってくれる勇者に育てようと、産まれたばかりの自分の双子に勇者薔薇香と勇者蘭丸の名をつけたのですわね。そうしたら魔人エレキグィタがクレメンタインを狙って襲撃してきた場で思いがけず赤子が見る見る内に育って今ここにいる私達そのものになった、と」

 父ヒロニア、母エクシタ、姉クレメンタインは私の言葉にこっくりうなずきました。

 私は金箔の張られた天井をちょっと見、漫画『美少年陰陽師おとたちばなかおる』の主人公のライバルことのはゆいの設定を参考に頭の中で仮説を組み立てます。

 言語が同じ二つの世界というのは言語学的に『言語共同体』だと言えますわね。

 ここで言葉が力を持つ『言霊ことだま』という魔術概念を導入して考えてみますわ。

 言語が発音や意味まで同じというのは同じ言霊を共有するという事。

 言語の発音や韻の同一性が意味的に強い結びつきを作るという考えは、二つの世界で同じ言霊が共に影響し合えるのだと言えますわ。

 言語共同体。世界を越えて全く同じ言語体系が確立していた国ゆえ、名前の言霊が私と蘭丸をこの世界へと導いたのでしょうか。

 迷比ノ宮とマヨヒノミア。

 薔薇香と蘭丸。

 予言の歌。

 必然。

 一〇〇%実現する予言というものを語れるなら、それは未来から見れば自分達を操作して決定しているのに等しいでしょう。

 条件の整った者が言霊の因果に結びつけられて転生する……この場合、どちらが因で果なのかを問うのはナンセンスですわ。きっとどちらもですわね。同じ言語体系を発達させた二つ同士が互いに呼び合って言霊は強力に結びついたのに違いありませんわ。

 もしも平行世界という無限世界があるのならば、偶然日本語と同じ言語を使っている世界に辿り着く……いえ違いますわね。偶然ではないですわ。同じ国語を使っているからこそ、言霊的に、積極的に予言を叶える為にこの国に転生したのですわ。言霊による予言があったからこそ、全て言葉の類似にすぎないものから共通する意味の力らを結びつけ、いわば歌の予言を現実化させる為に私達は転生したのですわ。

 つまり同じ言霊による世界の予言の歌が作用し、勇者と同じ名を持つ私達の魂を勇者として呼び寄せて、予言を成就させようとしているのですわ。

 それがこの私達の異世界転生なのですわ。

 ……まあ、この強力な仮説も、私の『夢世界』を強固にする為の裏設定にすぎないでしょうけれども。

 以上、私の仮説、終わり。

「ともかく私達はこのマヨヒノミアを脅かしているゼードゴラーイという魔王を倒すべきなのですね。六つの魔団の城砦とやらを次次と攻略して最後に魔王をぶっ飛ばせばいいのですわね」

 私はシンプルに結論だけを両親、姉に提示しました。

 その言葉を聞いておどろいた私の家族の顔ったら、もう。

 とにかくこの世界が魔王の夢というRPG的設定なのでしたら、魔王を倒せば次の段階に進めるでしょう。

 その後でこの世界に留まって夢見るままにこの世界を好き勝手に振り回しまくるか、それとも郷愁にうながされて元の日本に帰れるかはその時次第ですわ。

 魔王を退治すればいいのかと考えると俄然私の胸にワクワクするものが湧いてきます。RPGで美形青年の敵に勝ち、脱衣モードに突入する時のワクワクを今、胸のここに。

 この夢、充分にヒロイック・ファンタジーしていましてよ、私の夢! グッジョブ、私!

「さて。六つの砦はどっちの方角なのかしら」

「ちょっと待った! この世界は僕の夢にすぎないと言ってるだろう! ドリーム・マスターをさしおいて勝手に話を進めるな、このノンプレイヤー・キャラクター!」蘭丸が組んでいた足をほどいて立ち上がります。

「またまたそんな事を言って。この世界も蘭丸も私が見ている夢なのよ! この世界での主導権は最後にイク時まで私が握ってさしあげますわ!」

「僕の夢だ!」

「私の夢ですわ!」

「僕の夢だ!」

「私の夢ですわ!」

「争乱しよう!」

「そうしましょう!」

 突然、私と蘭丸の敵対関係が勃発しましたわ。

 互いの主観の相違が姉弟喧嘩を巻き起こします。。

 鋼と鋼がぶつかって火花と金切り音を挙げて一瞬後、二人は強力な磁力の反発の様に互いに真後ろに跳びすさりました。

 応接室の中に烈風が吹き荒れています。蘭丸の木刀と私の縦ロールが亜音速で空気を掻き混ぜる威勢の音響ですわ。

 そして二人の攻撃は一時、急停止します。威力を高める気合ゲージを油断なく貯めますわ。

 気合まとった木刀を正眼に構えて静止する蘭丸と、金髪縦ロールが直線の打撃を与える為のセットアップで構える私との中央で緊張のテンションが張り詰めます。

 この光景を見る両親、姉、メイド達は突然始まった超人同士のバトルに壁際に寄る以上の事が出来ません。

 二人共、本気になればこの応接室くらい粉みじんに吹き飛ばす事は保証しますわ。しかしいくら夢の中の登場人物にすぎないといえ、とばっちりで死傷者が出るのは気分が悪いですわ。

「ゼードゴラーイを先に倒した者を、これは自分の夢だというのを証明した最強存在だと認めるというのはどうでしょう!?」私は妥協案を提示します。

「うけたまわった!」蘭丸は即答します。

 周囲の人間はその一足飛びの提案にそんな無茶を、という顔をしました。

「二人を止めて!」

 クレメンタインが嘆願しますが、その時にはもう遅い。

「さあ、早速行くわよ! 蘭丸、ついてきなさい!」

「僕に命令するな!」

 私と蘭丸が互いの武器の間合いで幾十かの光の閃きを交差させながら窓へ向かってじりじりと動いていきます。

「この場から一番近い魔団の城砦はどちらの方角でしょうか?」

 私が訊ねると父はまっすぐある方角を指さしました。

「六つの城砦は全て大街道をふさぐ形で一直線上にある」

「サンクスですわ、お父様。もしかしたらこれが今生こんじょうの別れになるやも知らねど」

「蘭丸。薔薇香。きっと無事で帰ってくるのよ」

 母エクシタの言葉には私は答えませんでした。母はハンカチを眼にあてて泣いていましたけれど私はそれに応えられるほど親孝行ではありませんから。

 さて城砦に赴くにはこの部屋の壁を破壊するのが最短距離ですけれどもそれはさすがに父母が可哀相ですわ。

「さらばだ。僕はきっと正真正銘の大魔王になって帰ってくる。クレメンタイン! お前は第二夫人だ!」

 蘭丸の言葉は家族が決して願ってはいないものでしたでしょう。それでも姉は巨乳を揺らして別れを惜しみます。

 私達はそれぞれの窓ガラスを体当たりでうちやぶって、外に飛び出しました。

 端正な庭園。

 その色相様様な濃緑の園を移動の余波で破壊しながら私達は最初の城砦の方へ走り始めました。

 走る。その最中にも数百度の攻防を光の煌めきと衝撃波で見せて。

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