5 美術学生

 サルウァトルシティー郊外に聳え立つ氷の城グラキエス・カストルムにある円卓会議室では、六人の青年たちがいた。

 黒い猫耳のついたフードを深く被った、大きなリボンが特徴的な少女は上座に座り、不服そうに他の五人の様子を見ている。彼女から時計回りに、青い髪にオレンジ色の瞳が特徴的な青年、他の五人と対照的に白い衣装を身にまとう、よく目立つパクスという青年。隣席のハイドットと睨み合うヴァル、そして可愛らしい見た目のヴェローゼはヴァルとハイドットの睨み合いを嫌そうに一瞥すると、パクスの方にじっと、愛おしそうな眼差しを向ける。

 上座に座る少女は苛ついていた。腕組みをし、規則的にトントンと指で腕を叩く。隣に座る青年は楽しそうに笑った。

 「ねぇ、アーテル。これどうするの?」

 青年はずっと見ていられるとでもいいたげで、彼らのマイペースなやりとりを眺めていた。アーテルと呼ばれた少女は、青年の方を一瞥する。

 「まあ、止めなくてもいいよ。面白いし」

 ははっと笑う。すると、アーテルはテーブルを勢いよくバンっと叩いて立ち上がった。

 すると、先ほどまで言い争っていたハイドットとヴァルは体を向き直し、ヴェローゼもパクスから視線を移動させ、アーテルをじっと見た。

 全員がアーテルの次の動向を見守っていた。

 怒りをあらわにしたアーテルは、会議室がしんと静まり返ったことで、椅子に座り直した。

 はぁ、とため息をつく。

 「おやおや、お怒りかな?」

 特に何も感じていないのか、先程から一人楽しそうにしている隣席の青年はにやにやとアーテルを見る。

 「ディッティー。黙って」

 「はーい」

 ディッティーと呼ばれた青年は頬杖をつき、正面に向き直した。

 「今回集まってもらったのは、異端者の話と、追随者の話の為だ。何もここで騒ぐために集めたわけじゃない」

 静かにアーテルの声が響く。他の五人は口を挟まず、アーテルの声に耳を傾けていた。

 「私に直接報告した者がいて、その人から受けた話によると、ニクスタウンにて身勝手な行動をした追随者がいるようだ。単独犯か、複数犯かは定かではないが、手口としては明らかに複数だと思われる。その犯行だが、ニクスタウン周辺にある森の保護対象の野生動物を捕縛、繁華街にある、ある店内に動物の頭部を杭で打ちつけ、殺したというものらしい。犯人を目撃した者によると、追随者共通であるフードを被っていたという話だ。私の見解では、追随者の犯行もしくは追随者の犯行に見せかけた第三者の仕業ではないかと考えている。意見を聞きたい」

 そこまで話すと五人の顔を順に見た。

 ヴェローゼは話を聞くのに飽きたのか途中から自分の髪をいじり始め、アーテルに見られていることに気がついていなかった。

 「ヴェローゼ。意見を聞こうか」

 「……え?」

 「やはり聞いていなかったか」

 「え⁉︎ え、ごめんなさい! だって、話長くてぇ……」

 「言い訳は結構だ。もういい。他」

 淡白に返し、他四人を見渡す。

 「ねーぇ、追随者ちゃん懲らしめた方がいいんじゃない〜? 集会と言って呼び出して、犯人探ししちゃうとかぁ」

 そう言ったのはディッティーだった。ディッティーは性格が悪いのか、人が痛めつけられている姿を想像するだけでニヤつくような人物だった。現在進行形で一人だけ楽しそうだった。

 「いや、確かに罰を受けてもらわねばならないが、それは別の人に担当してもらうことにしよう。ハイドットか、」

 考える素振りをして名前を挙げると、ハイドットは過敏に反応し、「俺スか⁉︎」と驚いた。

 「僕がやるよぉ」

 名前を呼んでもらえなかったことで不貞腐れたように頬を膨らませてアーテルの方へ腕を伸ばした。

 その腕を振り払い、アーテルはディッティーを睨む。

 「まあ、貴様でもいいがな。だが貴様はたまにやりすぎる」

 「嬉しいでしょぉ? 最下層アングラ上がりの汚くて卑しい小娘があんな事件起こしたんだぁ、喜んでもらえると思ってやってるんだけどなぁ?」

 ずい、とディッティーはアーテルの顔を覗き込んだ。

 瞳の奥を見透かしているような橙色の瞳に寒気がしたアーテルはそっぽを向き、「分かった」とだけ言った。

 「じゃあ、罰を下すのは僕の役目ねぇ♪」

 楽しそうに笑う。アーテルはそれを横目で見て、またため息をつく。

 「それで、“異端者”というのは?」

 パクスは話題を変えようとアーテルに聞いた。

 「ああ。パクス、四年前のこと、知っているだろう?」

 「ええ、知っています」

 「四年前、私は計画のために研究者及び学者をこちら側へ引き込むことにした。そして、。それは悲劇だとして、語り継ごうとした人や、恨みを今でも持っている者もいたが、我々に逆らおうとした者を順にまた暗殺を繰り返した」

 「ぼくその話やだー」

 ヴェローゼは耳を塞ぐ仕草をして首を振った。

 だがアーテルはそれを無視して続けた。

 「その中に、ある親子がいた。魔法使いの学者と、魔法使いの活動家の両親。そして、その一人娘もまた魔法使いで、四年前の時点で学者だったと聞く。しかし、あの場にいなかった」

 「だから異端者?」そうパクスは聞いた。

 「ああ。異端者であり、反逆者だ。私はずっと彼女の行方を探っている。そして、ついに動向が掴めた」

 行方が知れた、その事実に五人はアーテルの方を一斉に見た。

 「反逆者はこちらに向かう算段をしているようだ。私に会うためか、それとも、反逆する為にわざわざこちらに向かっているのか……いずれにせよ、会うことになるということだ」

 「どうやって見つけたのぉ?」

 「簡単な話だ。脱走者が過去にいただろう。彼を監視していたところに異端それがやって来たと言うことさ」

 「すごい偶然ですね」

 「ああ。だが手間が省けた。ここからは、反逆者に裁きの鉄槌を下すとしよう」

 「僕に任せて〜! とびっきりの舞台を用意するよぉ」

 ディッティーは立ち上がると気持ちが昂ったのか、クルクルと回り踊り始めた。

 「あの、アーテル」

 「なんだ?」

 ヴァルは小さく手を挙げる。

 「先程の追随者か何者かの犯行があった現場の近くで、交戦があった模様で、……すみません、切り出せずにいました」

 その話を聞くと、アーテルは「詳細は?」と聞く。

 「はい、少女と狼が我々の従順なる追随者と交戦し、一人は大怪我を負い、命は助かりましたが片腕が折れてしまったようです。魔法でどうにか回復を早めましたが、まだ全回復とはいかないようです」

 「少女と狼……」

 顎に手を当て熟考する。少女と狼、……人間に従順な狼の話は聞いたことがなかった。だが、四年前、ロカシウダッドの方で不思議な家族がいるという噂は聞いていた。その家族が四年前の事件にてバラバラになっていた。一人娘は当時成人してから随分と長く生きていたと聞く。もしかすると、その娘が狼と共に姿を変えて再び現れたということか。そうすると、先程の異端者の件とも辻褄が合う。 ――そいつだ。

 アーテルがそこまで考えると、ヴァルは続けて言った。

 「なんでも、その少女、伝説の魔女のようだったと言う話で」

 「魔女っスか?」ハイドットは聞いた。

 「ええ。白いオーラを身に纏い、そのオーラは狼の形へと変貌し、恐ろしいほど凶暴化したと」

 まるで嘘のような話だと思った。だがアーテルは魔女、あるいは魔法使いだとすれば先程の考えは当たっていることになるだろう。

 口角が一瞬上がった。

 「ふふ。魔女だな、確定だ」

 肘をついて手を組む。


 この世界は指導者の配下にある。指導者を脅かす存在は何にしても犯罪者であり、異端者であり、反逆者である。魔女だなんて魔法使いよりも遥かに強く、気高く、神に等しいとされる存在であり、同時に恐れられてきた存在である。大昔の人間は魔法使いでさえ忌み嫌っていた。それほど異常な存在である彼らには、制裁を下さなければならない。


 「魔女を殺す。同時進行で、動物を殺した犯人も見つけ出す。いいな?」

 五人をじっと見る。

 有無を言わさぬ瞳をしていた。

 「了解」

 五人の返事を聞き、会議は終了した。

 

   *


 ブロムストビューには、複数の芸術を学べる学校が存在している。美術のみを学べる美術学校、音楽等含めた芸術全般を学べる芸術学校、音楽のみを学べる音楽学校など。その中の一つに通学する一人の少年がいた。

 少年、マストランジェロは美術を学ぶために美術学校へ通っていた。併設されている寮から学校へ向かい、授業がない日も空き教室を利用してひたすら絵を描き続けていた。

 美術を学ぶのにアナログ画材は欠かせない。だが、やはりアナログ画材は珍しく、この町でも数は限られて来てしまうので学校から支給されるもの以外であれば、良いとはされないがに頼んで個人的に買うしか方法は今の所はない。マストランジェロはよく絵を描くので支給品の数では足りず、課題で使う以外のアナログ画材は全てその業者に頼んでいる。と言うのも、マストランジェロの父がその業者で、安く買うことができている。

 今日も、マストランジェロは空き教室を利用して絵を描いていた。テーブルに置かれた花瓶、花瓶に生けてあるの花は氷の花と呼ばれる花の一種で、元々この町の特徴でもあり、名前の由来となった花である。「イズブロムス」と呼ばれる花は普通、現代にあるクローバーのような育ち方をする。茎同士を絡ませ、地面を這うように伸び、氷のような光を反射する美しい花を咲かせる。この町以外にも咲くが、元はこの町で発見されたものだった。だからかこの町ではこの花をよく見かけることがあり、品種改良されたイズブロムスを植えている場所も少なくない。

 彼がモチーフにしている花もその品種改良されたイズブロムスだった。菊のような花の形をしていて、茎が普通よりも長い。その花をデッサンしていた。イーゼルを立て、そこに大きなスケッチブックを置いてひたすらモチーフを見ながら描く。使う木炭は描く量に比例して短くなっていた。手は黒く汚れてしまうので手袋をつけている。が、やはり汚れて黒くなっている。

 教室の扉越しに会話が聞こえてくる。マストランジェロは少しだけ耳を傾けた。

 「……あの人って、確かに画材頼んでるんだっけ」

 「ずるいよね〜親がそうなんでしょ?」

 「ね〜。先生達は何も言わないのかな?」

 「言わないんじゃない? 学校に迷惑かからなきゃなんでもいいんだよきっと」

 「それもそうね〜」

 あまりいい話ではない、いつも言われるこの手の話。マストランジェロは気にせずデッサンを続ける。

 アーティファクト業者、この世界ではアナログな道具はあまり良いとはされていない。と言うのも、ある組織が世界を牛耳るため、人々を無力化したいと言う思いがあったり、「過去の記録」に通ずるものを消したいという願望があることから、組織からすればアナログな道具は良しとしていない。組織が人々に与えるもので生活をしてほしい、と言う欲望が確かにあった。そんな中で世界各所から見つかる歴史の産物。それを「アーティファクト」、または「過去の遺物」と呼び、それを集めては人々に売る仕事をする人がいた。雪や氷に埋もれたものを見つけてはそれを記録して、学者に売って調べてもらったり、研究者に売って使用方法等研究してもらい世界に役立つものをまた新たに作り出してもらったり、非公認の組織ではあるが、確かに世界に貢献していると言えた。だが、古代的な宗教観を用いた方法で無知の時代に生きる人々を牛耳ってきたある組織からすれば、アーティファクト業者と言うのは邪魔者でしかなかった。そして、そのある組織と言うのは、「指導者」と名乗っていた。


 約一時間。マストランジェロは描き続け、完成と言えるほどの出来栄えまで持っていった。伸びをして立ち上がり、イーゼルや花瓶、木炭などを片付け、荷物をまとめるとスケッチブックと荷物を持ち、教務員室へ向かった。

 教務員室は校舎一階の西廊下を進んだ場所にあり、人通りは少なく、教師と用事がある学生しかその廊下を歩く人はいない。静かで薄暗い廊下を歩き、教務員室の扉をノックする。

 「失礼しまーす。一年のマストランジェロですー、アメリアちゃんいますかー?」

 怠そうに扉を開け、教師の名前を呼ぶ。

 教務員室には授業のために準備をする教員の姿と、授業があるまで休んでいる教員、他に清掃員が邪魔にならないように教務員室や廊下等行き来していたり、慌ただしくも静かな光景があった。

 「こぉら、マストランジェロさん。先生って呼びなさい!」

 扉横にある部屋から女性教員が歩いてきた。アメリアと呼ばれた教員は腕を組み、マストランジェロを叱る。

 「別に良いでしょ。ほらこれ、見てよ」

 手に持っていたスケッチブックをアメリアに渡す。

 アメリアは感心した様に「おお」と声を漏らした。

 そこに描かれたデッサンは、形も陰影も、明るい場所を引き立たせるための暗所など、しっかりとしていて、遠くから見ればモノクロ写真と見紛うようなレベルの高いものだった。「イズブロムス」の美しさをしっかりと表現するのはプロでも難しい。ほとんど独学で絵を描いていたマストランジェロは、独自に描き方を研究し、学校へ行き始めても個人活動を頻繁にして授業をサボりがちだが、代わりに高い技術と才能を持っていて、こうして個人制作をしては教員に見せ、自慢ついでにアドバイスをもらおうとしていた。

 「どうよ」

 「本当に上手ねぇ!」

 嬉しそうに絵を見ていると、自分の机で作業していたはずの教員達が二、三人ほどマストランジェロの絵に興味をもち、アメリアの後ろから覗き込んで見ていた。

 「上手いなぁ」

 「こことか難しいのにしっかりと描けているね、羨ましいなあ」

 「へへ」

 教員達の声にマストランジェロは嬉しそうに頭をかいた。

 しかしその中の一人に、「でもやはり上手いだけの絵って感じもするんだよなあ」と言う教員がいた。

 その言葉にマストランジェロははっとした。

 「コンテストに応募したら間違いなく賞を取れるだろうな。だが、他の個人制作を見ても、やはり上手いだけって言う印象を受けてしまう。絵に手を入れると言うより、その前段階が必要そうだな」

 マストランジェロの手がわなわなと震える。

 ――解ってる。充分に解ってる。もちろん、まだ一年だ。“そう言う”授業だけはちゃんと出る様にしてる。だけど……。

 直接言葉を聞くと、どうしても受け入れられない気持ちになる。他にも何か言っているようだが、マストランジェロの耳には届いていない。


 まだ未熟。


 確かに初心者ではないかもしれない。独学で勉強していた分の知識と技量がある。だが限度がある。

 「――ん、マストランジェロさん? どうしたの? ぼーっとして……」

 「え? あ、ああ」

 「はい、これ。また見せてね」

 「ああ、うん」

 「はい、でしょ?」

 「はーい」

 スケッチブックを受け取ると、重い足取りで教務員室を出た。

 

 一年生と言えど、半年以上は勉強しているはずだった。だがまだ、一人でアトリエにこもっていた時のような身勝手さが体に染みついたまま離れていない。

 集団行動が苦手で、たまたま近所に住んでいた老人の画家に弟子入りをして、それまでよりも知識も技術も身についたが、学校へ通うようになってからは、やはり自分だけ浮いているような気がしていた。同年代の人と接することが苦手だったのもある。それだけではないが、初めの頃こそ学校に行かずにその老人のアトリエに入り浸っていたくらいだ。

 彼の仕事の手伝いだってしたことがある。期待もされていた。

 その期待は、あまりにも重く感じていた。

 目頭が熱く感じる。

 押し潰されそうだった。

 嫌に重く感じてきたマストランジェロは首を振って、気持ちを切り替えることにした。

 ――おれらしくない。いつも通りで良い。じいさんだって、そう言うに決まってる。

 先程とは違って軽い足取りで寮へと向かった。

 昼休み、学食を食べに寮へ戻る学生で溢れ返っていた。外食をする学生も中に入るがそれは一般的ではなく、学食を推奨されている。学食は現代のように様々な国の料理が提供されている。その中のどれもが体を温めるためのもので、この時代ではそれが当たり前となっていた。

 行列に並び、グラキエス・コインを使ってチケットを購入する。

 このグラキエス・コインと言うのは、昔、氷河期が到来してから集落が初めてでき、人口が増えていったことによって段々と町が形成されていった過程で始められた売買する際に支払われるもので、家庭によってコインに彫られている模様が違うという、氷の丘のような場所や小さな氷山などから削って作られるコインのことを言い、機械化する前に流通していた硬貨のこと。このブロムストビューではこのコインを使うことが主流となっていて、売買する際には必ず使われている。使い回しが可能であり、誰かが彫った芸術作品と同等の価値もあるので、大体はこのコイン一枚で事足りる。今ではロボットや持ち運びができるコンピュータを使って売買することが主流となっている中、この町だけはこう言ったアナログな方法を用いていて、そう言うところを面白く思ったり楽しんだりしている若年層が多く、観光客も後を絶たない。

 この学校の学食は、受付でコインを使ってチケットを購入し、そのチケットと料理を交換することで学食が食べられる仕組みになっている。チケットの役割としては整理券のようなもので、渡された順番にチケットに番号が書かれてあり、番号の順番で料理を選ぶ、または受け取りに行くことになる。その間に席を取りに行く学生が多く、ほとんどが仲間内で順番に席を取ってチケットを買いに行くようなことが主流となっていた。

 マストランジェロは単独行動がほとんどなので、そのようなことはせず、チケットを購入後は速やかに列から外れ、窓際の一番端の方の席に荷物を置き、順番が来るのを待った。その間に受け取り口の方のカウンターの上部にある、この時代では珍しい黒板を見て何の料理を食べようかを選んだ。決まるとすぐに視線を正面に移動し、鞄の中からタブレットとタッチペンを取り出して順番を待った。

 順番が来ると調理スタッフが番号を呼び出すので、自分の番号より一つ前になると手を止めてカウンターの方へ向かった。

 一つ前に並んでいた学生の番が終わり、マストランジェロの番が来る。

 「何にする?」

 「北海料理定食で」

 「あいよー」

 チケットを渡すと調理人は受け取り口で待つよう促し、奥へ歩いていく。アナログ方法にこだわりの強いこの町ではやはり料理は人の手で作られている。注文を受けてから火を通して作るので温かいうちにご飯が食べられる。機械が作った料理より一段と美味しいとして、この町の料理は格別だと評価されている。

 数分受け取り口の側で待っていると、先程とは別の人がトレーに料理を載せ、「お待たせー」と微笑んだ。

 「いつも頑張ってるらしいから、ご飯多めにしといたよ! 頑張ってね!」

 「どうも……」

 料理を受け取ると、少し恥ずかしく思いながらも、温かい言葉をかけてもらい、頭を撫でてもらうと女性スタッフは笑って奥へ歩いていった。

 先程いた自分の席に戻り、手を合わせて器用に箸を使ってご飯を頬張った。

 白米に屯田汁、別の町から輸入された白身魚の照り焼きと漬け物。そして温かいお茶がついていた。先程言っていなかったが、デザートにホットヨーグルトがついている。

 「……至れり尽くせりって感じだな」

 彼女たちの配慮に感謝しつつ、通常より多めによそってもらったご飯をゆっくり味わい、デザートを食べて、お茶を啜った。

 最後に手を合わせて、トレーを返却棚に載せる。

 「美味かったです」

 「そりゃあ良かったよ!」

 とても嬉しそうに笑った。

 寮を出て校舎の方へ向かう。校舎は現代の日本に残る神社仏閣のような建築方法で建てられており、白く荘厳な存在感を放っており、中庭には小さくも逞しく咲く草花が植えてある。庭の中心部に植えられている大きなカエデの木には氷柱がぶら下がっており、休み時間にその木の氷柱をもぎ取り、甘い蜜を吸う学生も多い。

 中庭は広く、ベンチが置かれていて、休み時間というだけあって学生が多くそこで休んでいた。また、東屋のような設備もあり、そこで課題をする学生も少なくなかった。

 マストランジェロはベンチの方へ向かい、片側に座ると横に荷物を置き、鞄からクロッキー帳と鉛筆を取り出して花壇に咲く花をスケッチしようとした。

 しかし、背後から何者かによってクロッキー帳を盗られてしまった。

 「画家さんってこういうの使うんだーへぇー」

 同じクラスの男子生徒が三人、マストランジェロの背後から正面へ歩いてぺらぺらとクロッキー帳を捲って眺めている。マストランジェロは奪い取った男子をひと睨みすると、「返せよ」とだけ言った。

 「良いじゃんか見てるだけなんだし」

 「そうだよ。見るくらい安いもんだろ?」

 三人で回して見ているが、一向に返そうとする気配はない。

 何も言わずにマストランジェロは三人の様子を伺っていた。

 「こういうのって店に売ってないんだろ?」

 「違法だって聞いたぜ」

 「ここまでする必要あんのかよ、なあ?」

 わざわざ外部から紙を調達してまで絵を描きたいのかと三人は聞いているようだ。自分たちも買いたいのか、それとも単純に外部から取り寄せてまで描く意味が分からないのか。マストランジェロは「どうでもいいだろ」とだけ言って奪い取った。絵を描く予定だったが諦めてクロッキー帳を鞄にしまい、荷物を持ってそこから立ち去った。


 校舎はいわゆる日本テイストで、趣のある外観をしているが、寮はそう言ったことはなく、どちらかと言うと和洋折衷といった風で、和風なマンションというような外観をしている。学生は一人一部屋与えられていて、さまざまな設備が無償で提供されている。マンションの共用エントランスなど自室以外の内装は校舎同様日本テイストで、どちらかと言えば中華風なテイストで、まるでドラマのセットのような趣がある。

 マストランジェロは螺旋階段を上がり、二階の端の自室へ向かった。鍵を使って入り、ポールハンガーに上着をかけ、鞄をベッドに投げる。怠そうにベッドに向かうと、投げた鞄の中からタブレットとタッチペンを取り出す。それを別の鞄に移し替え、その鞄を持ってまたすぐに寮を出た。


 学校近くにある停留所へ歩き、そこから定期的にやってくる馬車へ乗り込む。目的地は馬車で数分の場所にある樹氷公園。

 道路は石畳なので時節車輪が溝にはまり、がたんと大きく揺れる。

 この町では、馬車が移動手段の一つとなっていた。御者にチップとして一枚コインを渡し、目的地を伝えるとその場所まで運んでくれるもので、各地にそれぞれいくつか停留所が存在していて、そこから乗り込む形となる。

 夕方にも関わらず、人が多くいて、明かりも絶えることはない。この日もまた、祭り気分で賑わう人々で道は混雑していた。

 目的地付近の停留所に馬車は止まり、マストランジェロは露店には目もくれず、樹氷公園の中へと入っていった。

 この時間でも観光客が多くいて、むしろ夜の方が樹氷のライトアップがあったりして賑わっているようで、どこもかしこも人で溢れていた。主に散歩コースの方には家族連れが多くいて、近くのアスレチックで遊ぶ子供の声が聞こえてきたり、マストランジェロはそれをよく思わず舌打ちをした。ただ他の利用者の邪魔になるような遊び方をしているわけではなかったので気にせず、休憩スペースにあるガゼボへ向かった。

 ガゼボは等間隔でいくつか設置されていて、年寄りが談笑していたり、子供が遊んでいるのを見ている両親がいたりといくつかガゼボには人が集まっているようだったが、比較的静かで空いているガゼボを見つけ、そこへ移動。すぐに鞄からタブレットとタッチペンを取り出し、雪像や氷像、アスレチックで遊ぶ子供たちのスケッチを始めた。

 懸命に、ひたすら描き続けること二時間。マストランジェロは時間も忘れて描いていた。ふと気付くと、家族連れはほとんど残っておらず、ガゼボを利用していた他の人もほとんど公園から姿を消していた。

 ライトアップされた雪像や氷像が美しく照らされているのをただスケッチしては描き直し、納得がいくまで描き続けていた。


 一方その頃。

 「わん公〜これも美味しそうだな!」

 「わふっ!」

 マシロは駅周辺を散策した後、情報収集のためにあらゆる場所を散策し始めた。宿をとり、荷物を置いてからは気が済むまでこの町を楽しんでいた。

 そんな中、樹氷公園の側で露店が集まっていると聞きつけ、他の観光客同様にマシロとわん公は露店で食べ物を買い漁っていた。

 人混みの中もみくちゃにされながら、ようやく買い漁った荷物を持って露店通りから抜け出した。

 「これ、いくつかわん公も食べられそうだからどこかで一緒に食べような」

 「わんっ」

 「しかし、どこで食べよう……」

 きょろきょろと辺りを見渡し、近くに似たような荷物を持った女性たちがいるのを発見したマシロはすぐさま声をかけた。

 「すまんがちょいと良いかの」

 「あら、可愛らしい!」

 「どうしたの?」

 「ここら辺で食べれるスペースとかないかの?」

 「ああ、それならそこの公園のガゼボがあるわよ!」

 「あそこ好きなのよね〜!」

 「お前らは行かないのか?」

 「私たちは宿に帰ってから食べようかなって」

 「そうそう」

 「そうか。ありがとう」

 樹氷公園にある休憩スペース、そこにあるガゼボでなら外食が出来るという話を聞いたマシロは、早速そこへ向かった。

 公園内にはほとんど人は歩いておらず、雪像や氷像がライトアップされている一部に点々といるくらいだった。歩いていくと休憩スペースらしき場所とアスレチックが見え、等間隔に並ぶガゼボを発見すると、わん公は小走りになって先を急いだ。

 「おいおい、わん公。危ないぞー」

 早く食事を取りたいのだろう、尻尾を振ってマシロより先に行って待っている。マシロが追いつくと、あるガゼボに一人人がいるのが見えた。

 「誰かいるな」

 「わふ」

 好奇心からその人に近づこうとしてそのガゼボに向かう。

 そこにはタブレットを抱えて何かを必死に描いている男がいた。マシロは画面を覗き込む。画面上には先ほど見たような美しい雪像や氷像がスケッチされてあった。

 「おお……上手いな」

 思わず感嘆の声が漏れ出てしまう。すると男は驚いて、「わっ」と仰け反った。

 「あ、すまない。驚かせるつもりは」

 「い、いや、別に」

 ガゼボにはランタンがついているが、周辺は暗いので大きな狼と真っ白な少女が突然目の前に現れて大層驚いたのだろう。

 「お前、名前は?」

 「あんたこそ、何?」

 警戒されているのか、マシロをぎろりと睨みつける男。マシロは動じることもなく、「いやぁ、すまない。わしはマシロじゃ。こっちはわん公」

 「わふ」

 「訳あって旅をしている途中なんだ」

 「へぇ」

 「それでお前は?」

 「マストラ……マストランジェロ。近くの美大生さ」

 美大生と聞いてピンときていないマシロは首を傾げた。

 「知らないの? この町は芸術の町だから、そういう学校がいっぱいあんの」

 「へぇ! 面白い町だな」

 「そうかい」

 素っ気なく相槌を打つと、マストランジェロはまた画面に向かい始めた。

 「なあ、ここに座って食べてもいいか?」

 「他にも場所あるっしょ」

 「話を聞かせてほしくてな」

 「話すことなんてない。よそものはどっか行け」

 冷たくあしらう学生にイラッとしたマシロはそのままマストランジェロの目の前の席に腰を下ろした。

 「は?」

 「よしわん公。どれから食べようか」

 「おい待てよ、なんでここに座んの」

 「よーし、これにしよう! 名物の」

 マストランジェロの声を無視してわん公と食事をしようとしたマシロに腹を立て、バンッとテーブルを思い切り叩いて立ち上がった。わん公は驚くが、マシロは至って冷静だった。

 「おお、若者。まだいたのか」

 「若者? 笑わせんなクソガキ。さっさとどっか行けって」

 「お前こそ、時間大丈夫なのかい?」

 「時間?」

 そう言われてマストランジェロは手元のタブレットに表示されている時間を見た。時刻は六時を過ぎていた。

 「ヤッベ」

 「ほらな」

 得意げにいうマシロに舌打ちをして荷物をまとめ、「じゃあな」とだけ言ってマストランジェロは帰っていった。

 「わふ?」

 「まあ、良いだろう。ほら、ご飯にしよう」

 マストランジェロのことは気にせず、マシロは袋から料理を全てテーブルの上に出した。


 少し前。

 氷の城からブロムストビューへ移動してきたディッティーは、すらっとしたスーツに黒い上着を着て、町の名物である薄ピンク色のクリームや生地が特徴的な、「スリジエ・クレープ」を頬張りながらある人物を追っていた。その橙色の瞳には、少女と狼の姿を映している。

 ――気分で男になって来ちゃったけど、さてどうしようかねぇ。どうやって、接触しようか。

 ディッティーの周囲にはを見つめる視線が多数あった。それを横目で面倒だなと思いつつも手を振ってみる。黄色い歓声を浴びながら、期待に応えてやりつつ、頭の中で算段を模索していた。

 アーテルが異端者と呼ぶ少女と狼をどのようにして殺すか、そして無断で野生動物を殺した犯人を見つけるか。どちらを先に片付けるかも問題だった。

 アーテルからは特に言われていない。全て任されている。

 「ふふ、良いねぇ。面白くなって来ちゃったぁ」

 相手が魔女だとすれば未知数の魔力を持ち合わせている。そして、白いオーラを放っていたと聞く。簡単な方法では近づいたところで勘付かれる可能性も大いにある。

 まずは犯人探しから始めようと思い立った。

 「ふふん♪」

 軽い足取りでクレープを頬張り、どこかへと向かった。

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冬の略奪者 oyama @karuma_samune

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