2 歴史

 ロフスキーに言われた通り、北の方角を目指して進んでいく。

 道なりを進むも、住宅地を抜けるのはずっと先のようで、あまり風景は変わらない。


 「暇だのぅ」

 早くもわん公の背の上で胡座をかき、退屈そうに欠伸をするマシロ。

 「マダ、シバラクカカリマス。退屈デスカ?」


 「ああ退屈じゃ」

 「音楽デモ流シマショウカ?」

 マシロの方を向きながら首を傾げる。


 「音楽ぅ? なんで?」

 「良イ暇潰シニナルカト……」

 少し嫌そうな顔をして尋ねられ、リトル・ダンテは肩を落とし、ショックを受けた様子。だがマシロはそんな顔をしつつ、腕を組み、うーんと唸る。


 「音楽、なんて聴き馴染みがないな」と、そう言った。

 その言葉にリトル・ダンテはひどく驚いた。

 「エエ! ソウナンデスカ? ウチデハイツモ音楽ヲカケマスヨ!」

 「ほぉん。だが近所迷惑になるだろ、やめとけ」


 「ソウデスカ……」

 またしょんぼりと肩を落とし、先を行くことに専念しようとした。

 「そう言えば、リトル・ダンテ」

 「ハイ、何デショウカ?」

 マシロの問いかけにまた振り返る。


 「お前って電子パネルがあるのに、それを操作しなくても動くよな? 意思があるってことか?」

 「ソウデスネ、ロフスキー様ニ……」

 そこまで言うとリトル・ダンテは立ち止まった。

 「ん? なんだ?」


 一行は立ち止まるとほぼ同時に、地面が揺れ出した。

 とても強い揺れだ。

 町内に放送が流れる。

 道路を走る雪上車はその場から横にずれて停車する。


 だが、何台か移動するのが間に合わなかったのか、道路にひびが入り、そこから地面が割れて、割れた箇所からが吹き出し、その車体を突き破った。大きな雪上車が二つに割れ、歩道に乗り上げ、建物に降りかかる。中に乗っていただろう乗客の


 「何事だっ⁉︎」

 「イケマセン! ココハ危険デス! ココ一帯ハ地面ガ脆イデスカラ、じきニココモ!」

 リトル・ダンテの話を聞いていたのか否か、マシロはわん公を走らせると同時にリトル・ダンテを掴み上げ、わん公の背に乗せた。


 「とにかく走るぞっ‼︎」

 長く揺れ続ける地震。大きな被害は免れないだろう。

 わん公は野生の勘を頼りに比較的安全な道を走り、障害物を避けながら進んでいった。

 「わん公は本気を出せば早いからな!」

 「ワワッ!」


 リトル・ダンテは落ちないようにわん公にしがみつく。わん公自身、二人を落とさないように気を配る余裕はなかった。

 大きな揺れは地面を割き、陥没した箇所は建物の高さをだんだん低くしていく。


 雪上車を乗り捨て、人々は散り散りになっていく。だが、一部では雪上車の扉が開かなくなってしまい、中に閉じ込められている乗客もいた。運が悪く、そういった乗客は地面から噴き出る物に消されていった。


 「暑いな。暑すぎる」

 マシロは一帯の様子を見ながら言う。

 「もしかして、火山か?」

 「火山、デスカッ。有リ得マスネ、ココ一帯、地下ニマグマガアルトッ」

 わん公の走りに追い付けていないのか、リトル・ダンテの話し声は節々が上擦っていた。


 「マグマ……本当におかしな話だ」

 わん公は地面の陥没にやられた建物をうまく利用しながら、屋根の上に登った。そこから北の方角へ走り続ける。


 建物の高低差をうまく利用し、なるべく高くて周囲に物が倒れてこないような場所を探して移動する。地面はあっという間に。そして、あっけなく地面は溶けていく。びたびたと気持ち悪い液体が垂れる音がマシロたちの後方から聞こえてくる。


 「マグマ……なんて恐ろしい物がこの町の地下にあるんだ」

 「ホ、本当ニ、コ、コンナコトガッ……」

 わん公の背にしがみつきながら、リトル・ダンテは恐る恐る先ほど通っていた道を見る。


 「お前は話だけはデータにあったのか、お前やロフスキーが生まれる前に同じようなことが発生している可能性、もしくは似たようなことがどこかで起きていたはずだ。いや、そもそも前兆があったという方が自然か。わしは森にずっといたが、地震なんてなかったし、情報も入ってこなかったが……森で生活する以前の……」


 解説めいた話をしたと思いきや、何やらぶつぶつと呟き始めた。

 「トモカク、ワタクシノ持ッテイル情報ニハ他ニハ何モ」

 言いかけた時、わん公は突然、「わんっ!」と強く吠えた。

 「どうした?」

 わん公はずっと同じ方角を見つめ、立ち止まった。

 

   *


 地下室にいたロフスキーは地震にすぐに気がついた。

 「地震……?」


 強く激しい揺れのため、すぐにその場から避難した。部屋中、元々手入れも片付けもされていなかったが激しい揺れのせいで更に悪化してしまった。

 床に落ちる本を尻目に階段を駆け上がる。すぐに暖炉の火を消し、二階へ上がる。


 その間、ずっと強く激しい揺れが起こっているので、階段を登るのも一苦労だった。なるべく素早く駆け上がると、目の前にある扉を乱暴に開け、窓から外の様子を見る。

 先ほどマシロたちが見た光景と同じ光景が広がっていた。


 地面が割れて、そこから噴き出たものに雪上車は真っ二つに裂かれ、降りるのに遅れてしまったらしい乗客は一瞬にして消えてしまっていた。

 「これは……なんだ? 知らない……知らないぞ!」


 初めて見る光景に膝をついた。

 不思議なことに、この家には地震以外の被害はなかった。不幸中の幸いというべきか、しかし、この現状に頭が追いつかず、ロフスキーは嗚咽を漏らす。


 誰も本当の歴史を、誰もそれを知らない。

 だから、この現状を説明できる人間は、――

 

   *


 わん公の見つめる先に、目指していた繁華街のようなものがあった。

 なぜか、それらは被害を受けていないように見える。

 「急ごう」


 マシロの一言でわん公は、一気にその建物を目掛けて走り出した。

 それらとの間にある路地や密集している住宅は比較的に被害が少なく、あまり変わった様子はなかった。

 地面も特に変わりはない。


 わん公は雪上車が走っていない道路に降り立った。

 安全を確認すると、マシロとリトル・ダンテは背から降りた。だがリトル・ダンテはまだ怖いのか、わん公の背にしがみついていた。

 「問題なさそうだ。全く、変な町だな、本当に」


 正面には寂れた廃墟が立ち並んでいるようで、これがロフスキーの言っていた繁華街だということがすぐに分かった。


 繁華街は商店街と同じように屋根がついていて、繁華街を取り囲むような形で雪が積もっている。入り口は門のような建造物があり、そこから出入りできるようになっている。人がいるような気配はなく、密集している建物のほとんどが廃墟同然だった。だがそのほとんどは、使われていた当時のまま残っているようで、植物に侵食はされているものの、崩れる心配はいらないだろう。


 繁華街の様子を外から少し観察していると、地震がついに弱まり、だんだん揺れがおさまっていった。

 地震がおさまるとリトル・ダンテはようやくわん公から手を離した。

 「さて、とりあえずこの先がどうなっているのかだけ見てみようか」


 入口から伸びる道は途中からT字路になっていて建物に阻まれているのでその先を見ることは出来ない。

 入り組んでいるのかどうか、道を把握するために、マシロはリトル・ダンテに搭載されているらしい地図を開いてみた。


 地図には簡略化された繁華街の道が記されていて、道だけ見ると迷路のようになっているようだったが、先へ続くには何本か道が選べそうだった。実際の建物の状態を見て、節々で道を選んで向かうことにした。


 一行は入口から入ると、T字路を右に曲がった。地図で見ると、その先に奥へ続く道があるようだった。

 しかし、空の様子は危うく、暗くなっていっている様子だった。

 その場で立ち止まり、一先ず安全そうな廃墟へ身を移した。


 「雲が空を覆っているようじゃの。リトル・ダンテ、雨は降るじゃろうか?」

 「降水確率、七十パーセント、デス」

 「そうか」


 相槌を打つと、バッグを床に置き、その中から現代のキャンプ用品のような一式を取り出した。

 「さてまずは……食べ物じゃな。ここら辺の廃墟に食べられそうなものはないか探してみようかの」


 「大丈夫ナンデスカ? オ店ヘ行ケバ」

 「まあ、大体は焼けば食えるさ。今から店を探すのも気が引けるしな」

 ワイルドだなあと思いながら、リトル・ダンテはマシロの後に続いた。わん公はと言うと、廃墟の周辺を散策していた。


 比較的安全そうだと思い身を移したこの廃墟は、元は料理屋だったようで、階段をのぼり、扉を開けると直ぐにテーブルと椅子がいくつも並んでいた。 ……ようだが、実際は椅子は何脚か折れていたり、テーブルも脚が折れていたり、壁沿いに立てかけられていたりという惨状だった。


 テーブルに置かれていたのだろう小物類や食器、食べ物も床に散らばっている。まるで、ついさっきまで営業していた状態から、何かに襲われて咄嗟に逃げ出した、そんな憶測をしてしまうような、悲惨な状態だった。

 そんな中、マシロは厨房へ足を向ける。


 厨房の冷蔵庫を開けてみると、腐らず残っていた食べ物が雪に埋もれていくつも残っていた。雪と一緒に冷蔵するのはどうなのだろうとマシロはげぇ、と言った。


 その他、まな板の上には大きな中華包丁が先ほどまで使われていたかのように無造作に置かれたまま、放置されている。まな板の上にはほかにも仕込みの途中だったのだろう肉と、ボウルの中には野菜が入っていた。


 一方、リトル・ダンテはマシロから離れ、無防備に開け放たれた「Staff only」という札が掛かる部屋へ入った。


 この時代に珍しい、生身の人間が働く職場ということを痛感させられる場所。本来ならきれいにロッカーやテーブルが並んでいただろうその場所は、酷い有り様だった。ロッカーは凹凸が目立ち、倒れていたり、ロッカーの扉部分がひしゃげていて中身を取り出せないようになっていたり、テーブルに関してはホールの惨状と似ていて、脚部分が折れてしまっていたりする。


 ロッカールームには特にめぼしい物は無いが、先程まで人がいたのではないかと思うほど生々しいものだった。

 この建物にいた人々はどこへ消えてしまったのだろう、という疑問が残った。


 建物の周囲を散策していたわん公だったが、食べられる雑草を見つけ、それをちぎってマシロの元へ戻って行った。雑草以外、めぼしいものは無かったようだ。

 ホールに集合すると、探索した結果を各々報告した。


 わん公は口から雑草を吐き出した。それをマシロは一束ずつ懐中電灯で照らしながら確認していく。

 「うん。全部食べられるものだ。出来したなあ〜わん公〜!」

 嬉しそうにわん公の毛深い首に手を突っ込みわしゃわしゃと揉む。それが気持ちいいのか、嬉しいのかわん公の顔は綻んだ。


 「ワタクシハ、手前ノ部屋ヘ行キマシタ。特ニ、何モアリマセンデシタガ……トテモヒドイ状態デシタネ……」

 「そうか。あの部屋は、この店のスタッフが休憩したり、スタッフ自身の所持品を一時的に保管するための部屋だな。酷い状態というのは?」


 「ハイ……ロッカーヤテーブルガコノ場所ノヨウニ、折レテイタリ、倒レテイタリ、悲惨ナモノデ……」

 リトル・ダンテは身震いをした。

 「何があったんだろうな。きっと、ここと同じということは、荷物とかはそのまま残っている可能性が高いな。誰か戻ってくるかもしれんが、どうだろうな」


 少し考えるような素振りをしてから、マシロは口を開く。


 「わしは向こうの厨房を見てきたが、さっきまで人がいたような形跡があった。この寒さだからな、食べ物は腐ることはなく残っていた。先程の地震で起きたマグマ流出の影響もないようじゃから、他の理由で人が消えたんじゃろうな。まあ、一日分以上、食うものに困らん量あるからの。少々貰っていくとしよう。それで帰る分も合わせれば足りるじゃろ」


 「ソウデスネ、サスガデス」

 「そうじゃろそうじゃろ〜」

 厨房から持ってきた様々な食材を一度自身のバッグに詰め込んだ。


 レギュレーターストーブに火をつけ、飯盒を置き、その中に氷を入れる。この氷は森にいた時に池を見つけ、そこから採取したもので、細かく砕いて瓶に詰めて持ち運んでいた。この気候でサバイバルをしているマシロにとっては必需品だった。


 氷が溶けてお湯にかわる。そこに塩を入れ、勝手に頂戴した野菜を少しと、わん公が採ってきた雑草を煮詰める。その間にまな板にこれもまた勝手に頂戴した豚肉を細かく刻み、三分の二をスプーンで丸めて野菜類を煮詰めている中へ入れた。


 ぐつぐつと音を立て、いい匂いが充満する。

 残りの三分の一はわん公にあげる分、ととっておいたが、既にまな板の上にはなかった。

 「わん公、お前もう食べたのか?」

 「わふっ?」


 ちらりとわん公の方を向くも、食べている様子はない。

 リトル・ダンテに聞こうとするも、飯盒の中を覗き込んでは熱いと悲鳴をあげている。無くなっていることに気がついていないようで、肉の行方は知らなさそうだった。


 「うん〜?」

 どういうことなのだろうとマシロは首を傾げる。

 すると、厨房に近いテーブルの方から音が聞こえてきた。

 マシロはわん公とリトル・ダンテにここにいろと伝えると、火を止め、ゆっくりと音がした方へ歩いて行った。


 ゆっくりと近づくと、ガタンッと音がした。それと同時にテーブルが倒れる。それに付随した形で音を立てた正体が明らかとなる。

 「……子供?」

 「…………」


 全体的に白いマシロとは対照的に肌も髪も目も黒っぽい色をした少女がそこにいた。手にはまな板から盗んだのだろう豚肉が握られていた。

 「お腹が空いているのか?」

 「…………」


 少女はだんまりとしている。

 「そうか。でもな、人間が生の肉を食べることはよくないと言われている。だから火を通すんだ。それも、もし食べたいのならそうした方がいいと思うが?」


 マシロがそういうと、少女は首を横に振った。

 少女の反応を見て、マシロは考えこんだ。そもそもどうやってまな板から肉を盗んだのだろうか。飯盒の方を見ていた時だってまな板は視界の隅にあった。気が付かないはずがない。なら、どう移動して、どうやって手に入れたんだろうか。


 「ドウサレマシタカ?」

 マシロの様子を不思議に思ったリトル・ダンテは近づいてきて、声をかけた。

 少女は近づいてきた物体に驚き、後ろにのけぞった。


 当然だろう。辺りはもう暗い。マシロが近づいた時でさえ相当怯えている様子だった。火を消しているため、今ある明かりは、リトル・ダンテの電子パネルとマシロが手にしているオイルライターくらいだ。薄ぼんやりと見える彼らのシルエットは彼女の瞳には不気味に映っていることだろう。


 「ドチラ様デショウカ?」

 リトル・ダンテは首を傾げてマシロに聞いた。


 「わしも知らんよ。だがここに辿り着いた時、人の気配など一切しなかった。いつの間にかここにいたんだ。それに、さっき肉が急になくなったのも不思議だ。お前は、一体何者なんだ?」

 マシロは捲し立てるように少女に詰め寄った。


 暫しの沈黙の後、観念したのか、少女はゆっくりと口を開いた。

 「……アタシは、えっと……ま、魔法が使えるの」


 「魔法か。それなら納得がいくな。世間一般的には気味悪がられているものだが、こんなところに魔法を使えるものがおるとはな……それで、魔法を使って瞬間移動したわけか。だが、なぜだ? なぜ、わしらのところに……いや、それは良いんじゃが、来るならなぜ声をかけない?」


 「だって……大きな動物、怖かったから……でも、なんだかいい匂いがして、……それに、アタシ、ここに戻ってきたのは、ママを探すためで……でも……」


 歯切れの悪い言い方をし、俯いた。マシロとリトル・ダンテは顔を見合わせてから、マシロは少女に向き直り、「なら、まあ、一緒に食べるか? わしの狼は人を襲うことはないし、人の言うことが解る賢い子じゃ。安心していい」


 そう伝えると、少し安心した様子で、頷いた。

 わん公の元へ戻ると、マシロはまた火をつけ、温め直した。

 「今オハウを作っているんだ。美味いぞ」

 「おはう?」


 「そうだ。まあ、簡単な汁物だ。シンプルな味付けだから、……おっと。そうそう、お前。手に持っている肉をその狼に渡してあげてくれないか? それはあの子に、わん公にあげる分なんだ」

 少女に優しく言うと、わん公を一瞥し、「わかった」とわん公の元へ歩いて行った。


 ゆっくり近づき、わん公は少女を見つめる。少女は手に持っていた肉をわん公の足元に置いた。

 「わんっ」

 嬉しそうに尻尾を振りながら、その肉を食べ始めた。


 「あの、触っても大丈夫、?」

 少女は恐る恐るマシロに聞いた。

 「大丈夫だぞ。優しく撫でてやってくれ」

 「うん」

 そっと手を伸ばし、わん公の長く美しい毛並みに小さく細い指を絡め、撫でてやった。ふわりとした毛並みに少女の顔は綻んだ。


 「よし、できたぞ」

 マシロは飯盒の蓋にオハウをよそってやり、少女に手渡した。

 両手でしっかりと受け取ると、息を吹いて少し覚ましたあと、ゆっくりと汁を一口飲み込んだ。

 「美味しい!」

 「それはよかった」


 一通り食べ終えると少女から話を聞くことにした。

 「アタシはモーネ。ここら辺に住んでて、いつもこの料理屋さんにいたの。パパがここで働いてたからって言うのもあるし、料理が美味しいからって言うのもあるし。それでね、今日も朝ママとここにいたんだけど、はぐれちゃって……。パパもいなくなっちゃって、とりあえず、ここに戻ってきたの。そしたら、あなたたちがいて……」


 「そうだったのか。 ……ああ、わしはマシロ。そっちの機械はリトル・ダンテ。狼はわん公だ。それで、何があったのか具体的に教えてもらえないか?」


 「うんとね、アタシもよく分かんなくって……ここでご飯食べてたらいきなり真っ暗になって、アタシたちお客さんはみんなパニックで、お店の人たちはみんなを落ち着かせようとしてくれてたのね。でも、その時に大きな音が聞こえてきて、大騒ぎになって、逃げれる人はみんな店の外、繁華街の外まで逃げたの。アタシはそこでママとはぐれちゃったんだけど、それで、バーンって音が何回か聞こえてきて……でも戻ったらダメだって言われて、仕方ないから周りに合わせて、時間を見て、これくらい時間経てば平気かなって思って、それで戻ってきたらこんな感じになってたっていうか」


 急な暗転と、破裂音に騒動。何者かから襲撃を受けたのだろうか。

 「突然、客とは思えないような人がここに入ってきたとか、そう言うのはわかるのか?」

 「ううん」

 そう言って首を横に振る。


 「そうか」

 「でも確かにみんな騒いでる中で、何人か冷静に動いてる人たちはいたかな? みんな走って逃げてるのにゆっくり店の奥に歩いて行く人とか」

 「それはもう犯人では?」


 「アタシもそう思うけど、でもなんでだろう?」

 破裂音はきっと銃声か何かだろう。だが、店の中は荒れているだけで血が染み付いているとか、そう言うものは何一つない。確かに汚れは気になるが、誰かが襲われたとか、そう言った痕跡はなかった。


 「うーん。なあ、リトル・ダンテ、お前は何かわかるか?」

 「イイエ、全ク」

 「そうだよな……」

 少し考え、項垂れていると、マシロはふと何かを思いついたようで、モーネに向き直った。


 「なあ、わん公は鼻がいいんだ。もしかしたらお前の母親を見つけられるかもしれんぞ」

 「本当⁉︎」

 「ああ。母親の私物とか持っていないか?」

 「うーん」と少し考えたあと、自身のポケットを漁り始める。


 「あ。これとかどう?」

 何かを見つけたようで、それをマシロに手渡した。それを広げてみると、ネックレスのようだった。

 「随分と洒落たアクセサリーだな。こんなものつけるやついるのか」


 「これね、ママがパパからもらったものだって言ってたの。お店出る時に拾ったんだ」

 「そうか」

 そう言うと立ち上がり、わん公の鼻にそれを近づけた。わん公はクンクンとそれの匂いを嗅ぐと、ゆっくりと立ち上がり、床を嗅ぎ回り始めた。

 入り口の方へ歩いていくとそこで止まり、マシロたちに振り向く。


 「分かるみたいだな。だが、悪いがわん公。明日にしよう。今日はここで寝る」

 「わふっ」

 「ソノ方ガ賢明デショウ」

 「お前はどうする?」


 貸してもらうネックレスを鞄に入れ、その他のものもともに鞄の中に入れながら聞いた。

 「アタシもここにいていい……?」

 「いいぞ。他に家族はいないのか?」

 「うん」

 「ならわん公と一緒に寝たらどうだ? あったかいぞ」


 「うん!」

 もう大きな狼に対して恐怖心はないのか、嬉しそうにモーネはわん公に走り寄り、抱きついた。


 サバイバルグッズをしまい、今度は常備しているブランケットを取り出した。大きな鞄を枕がわりに、その日はその場で寝ることにした。わん公はモーネをマシロの横に寝かせ、自身も二人を囲うように丸まった。リトル・ダンテはマシロとモーネに掛かるようにブランケットをかけ直してやった。


 「……ワタくシは、ゴ主人様の考エテイルコトを後押シスるナンテ、イクらあナタノ命令でアッテモ、キッと、……」


   *


 翌日、一行はモーネが持っていたネックレスを頼りに彼女の母親を探してやることにした。

 「良カッたンデスか? 博物館ハ」

 「うん? まあまあ」

 そう言いながらわん公の後に続いていく。


 そんな会話をしていると、すぐに出口が見えてきた。出口は入口と同じ門構えで、その場所から見る繁華街の景色は入口から見える景色とほぼ同じだった。まるでループしているのではないかと錯覚してしまうほどのもの。


 門を抜けると、幅の広い道路が敷かれていて、反対側に目的の建物があった。どうやらそれが博物館のようだ。


 雪上車は走っておらず、信号機を無視して一行は道路を渡った。

 博物館は閉館していて、見た目はほとんど廃墟同然だった。

 わん公は地面をくんくんと嗅ぎながら進んでいたが、博物館の入り口で立ち止まった。

 「わんっ!」

 「やはりここだな」

 マシロは博物館を見上げながらそう呟いた。

 「え? どうして?」

 不思議に思ったモーネはマシロに聞く。


 「わしには特別な力があるからな」

 冗談っぽく笑ってみせるとモーネは首を傾げた。

 「さ、入るぞ」


 その中は現実感のないものだった。所々に植物が侵食していて、壁や受付カウンター、床にもぎっしりと青々とした葉が生えていた。

 受付には対応するはずであるロボットがいるが、項垂れたまま微塵も動く気配がなかった。スリープモードのまま停止しているのか、それとも壊れているのか定かではないが、マシロは彼の前を素通りした。


 わん公に再びネックレスを嗅がせると、床をくんくんと嗅ぎ始め、出入り口から向かって左側のエントランスへ。そこには上に通じる階段が続いていて、わん公は階段の側まで歩いていくと座り込む。

 「その上か」


 階段を登ると、休憩スペースなのだろう。テーブルや長椅子が置かれた広めの空間が現れた。そこには大きめの窓が貼り付けてあるが、テーブルや椅子が窓越しに積み上げられているため、外の景色は見えない。

 その広いスペースに異様な光景が広がっている。


 人が数人倒れていた。しかし、見た限りでは怪我をしている様子はなく、気絶しているだけの様子だった。

 すると、突然モーネが走り出した。

 「ママッ!  パパッ!」


 数人の中に両親らしき男女がいたようで、モーネは叫ぶも、その声に反応を示すことはなく、気絶したまま動くことはない。

 両親に駆け寄ると、二人の肩を揺さぶり始める。しかし、一向に起きる気配はない。


 だんだん不安になってきたのか、モーネの目尻には涙が滲んできていた。

 取り残されたマシロたちはゆっくりとモーネたちの方へ近づいていく。リトル・ダンテは状況を把握しきれていないのか、倒れている人たちとマシロを見比べている。一方、マシロは何をするでもなく、モーネのことを眺めていた。


 「どうしよう、どうすればいいの?」

 なかなか起きない両親の側で、今にも泣き出しそうなモーネはマシロの方をじっと見た。

 見兼ねたマシロは、静かにモーネの両親に近づき、二人の顔に手を翳す。ほんの一瞬、マシロの手から淡い光が溢れ出す。すると、二人はゆっくりと目を開いた。


 「うそ! 何でっ⁉︎」

 モーネは不思議そうにマシロと両親を見比べるも、それよりも起きたことに感激して、起き上がった二人に抱きついた。

 「モーネ……こ、ここは……」


 父親らしい男は辺りをきょろきょろと見渡している。母親らしい女はモーネと再会できたことに感動して嬉しさを噛み締めるようにモーネを抱きしめ返している。

 「ママ……ママの大事なネックレスのおかげでね、見つけることができたの。このわんちゃんのおかげでもあるんだけどね」


 モーネはわん公の方に振り返る。ゆっくりとわん公はモーネたちに近づくと、ゆっくりと頭を下げ、

 モーネの両親は大きな体躯を持つ狼に怯えていたが、彼女の礼儀正しい素振りを見ると、恐怖よりも彼女に対する好奇心の方がまさったように見えた。

 「あなたは……?」


 わん公は口を利くことが出来ないので、マシロが代わりに話そうと一歩前に出た。

 「こいつはわん公、わしはマシロ。で、そっちにいるロボットはリトル・ダンテという。訳あって元々こちらの方へ向かっていた道中で、お前の娘と出会ってな。母親探しをしたいと言っていたので協力することにしたんじゃ」


 「そうだったんですか……本当に、ありがとうございました」

 「この御恩は一生……」

 「良い。別によく思われようとしてしたことじゃない。わしたちは博物館に用があったんじゃからな」


 そう言うと、踵を返し、階段を降りようとした。

 「マシロちゃん、ママたちがここにいるの分かってたの?」

 背後からモーネの疑問符が降りかかった。


 「ああ。リトル・ダンテの地図を見たとき、博物館くらいしか大きな建物はないようだったし、モーネの話を聞いて地図を思い返したときにもしかして、と思ったくらいだ。ほとんど博打さ」


 モーネの方を一瞬振り返って答えると、すぐに歩き出した。わん公とリトル・ダンテはマシロの後についていった。

 マシロたちの足音だけが響き、音が残る。すると、先ほどまで倒れていた他の数名が次々と目を覚まし始めた。


   *


 一階へ降り、一先ず館内の見取り図を探すことにした。

 入り口から向かって右側のロビーの方へ向かう。ホログラムの見取り図があるはずだったが、ホログラムを投影する為のコンピュータは存在しているが、ホログラムは機能していないようだった。


 この時代、紙を使う人間はほとんどいないに等しい。なぜなら店頭に並んでいないから。ほとんどの場合、店には置いていないが、は一定期間のみだが、取り扱っていることがある。ロフスキーや他の研究者、学者は彼らから紙を買って使用しているため、事情を知らない一般人からすれば、を使う気味の悪い連中に映ることは仕方がないことだろう。


 その為ポスター等、壁に貼るようなこともないので、ホログラム以外の地図は存在していないに等しい。ロボットに頼ることも可能だが、ここのスタッフロボットは機能していなく、マシロ自身ロボットに詳しいわけではないので、治して彼に頼るということも不可能だと判断し、博物館の全貌が分からないまま、一階から順に歩いて回ることとなった。


 外観は特に目立った特徴はない建物だが、横に長く、高さもそれなりにあるように見えた。しっかり掃除すれば美しく荘厳な建物に見違えることだろうが、一見して清掃に来るロボットはいないようだ。内装も植物に侵食されている部分以外は特に変わった様子はなく、まだ建物としては機能し続けられるだろう。


 マシロたちはホログラムの見取り図があっただろうコンピュータから奥へ進んだ。

 長い廊下の中で、リトル・ダンテは口を開いた。

 「先程の人タチ、ドウしテアんナコトになッてイタンデショうカ?」

 「さあな。わしは知らん」


 素っ気なく答える。ひたすら前だけを見て、早足に向かっている。

 リトル・ダンテは、だんだんマシロという人間性が分かって来たような気がしていた。

 それきり会話もなく進んでいると、受付かロビーの方から起動音が聞こえてきた。

 一行はぴたりと歩きを止める。


 さっと後ろを振り返る。

 ホログラムを投影するコンピュータの起動音ではない。大きな音ではなく、それよりも小さい機械が動き始めるような音。

 マシロは勘付き、受付の方まで走って向かった。


 「エエ⁉︎」

 リトル・ダンテは何が何だか分かっておらず、慌ててマシロと、それに続くわん公の背を追って走りだした。

 「イラッシャイマセ。ニクスタウン博物館ヘヨウコソ」


 肩で息をして呼吸を整える。

 受付の前まで来ると、音の正体が分かった。

 「なんで、急に動き始めるんだ?」

 受付ロボットはゆっくりとお辞儀をした。


 「当館デハ緊急事ヤ異常事態ノ際ノ為ニ、電力ヲ溜メテオリマス。マタ、人ガイナイ時ハ省エネルギーノ為ニ、全館スリープモードトナリ、受付ヤ見取リ図等ガ一時的ニ機能ヲ停止サセテイタダイテオリマス」

 人を検知したから動き始めた、そういうことだろうが。


 「時差があったな。わしらが向こうへ行ってから動き始めたのはなんでだ?」

 「起動スルノニ少々時間ヲ有シマシタ。申シ訳ゴザイマセン。何シロ、随分長イ間眠ッテイマシタノデ」

 申し訳なさそうな表情をしてもう一度お辞儀をした。


 「そうか。まあ、別にいいさ。それでホログラムも機能するのか?」

 「ソノハズデスガ、……動キマセンネ」

 手元に何か確認できるものがあるのか、俯くと首を傾げた。


 「お前は館内について色々知っているんだろう? 案内してもらうことは可能か?」

 「申シ訳ゴザイマセン。ワタクシハココカラ動クコトハデキマセン。デスガ、簡単ニ説明サセテモラウコトナラ出来マス」

 「それでいい」


 「了解シマシタ」とお辞儀をすると、手元にあった端末をカウンターの上に出し、操作をする。ペンを取り出すと、マシロたちに向けて見取り図を描き始めた。


 「コチラガ一階デス。一階ハロビーヲ通過シタノチ、廊下ヲ渡ルト展示室ガゴザイマス。ソコニハコノ町ノ資料ヤ歴史的ナ道具、建物ノ模型等ガ展示サレテオリマス。マタ、上映会ガ行ワレルスペースガゴザイマス。ソコデハ町ニツイテ、展示物トハマタ違イ、ヨリ詳細ナ部分ヲ知流コトガデキルヨウニナッテオリマスガ、残念ナガラ最近、投影スル機械ガ故障シテシマイ、上映会ハ廃止トナッテシマイマシタ」


 「その機械は直せないのか?」

 「ソウデスネ、専門ノスタッフモイナクナッテシマッテ……」

 「原因は?」

 「ソレガワタクシニモ何ガ何ダカ……」


 マシロから淡々と質問をされ、また申し訳なさそうにした。

 それから二階、三階について同じように見取り図を書いてもらいながら説明を受けた。


 二階に上がる階段は左側のロビーからしかなく、上がると休憩スペースがある。そこから一階同様に長い廊下が続き、奥に展示室がある。奥に出入り口があって、そこから階段を登って三階へ。二階や三階の展示は町の周辺についての展示がある。森や、の内外、火山について。


 「……アマリ、行クノハオススメデキマセン」

 「どういうことだ?」

 「……ワタクシノ口カラハ何モ……」

 「そうか。まあ別にいい。ありがとう」

 「ソウデスカ。デハ、コチラノデータヲ彼ニ転送シテモヨロシイデショウカ?」


 「そうだな。いいか?」

 「ハイ」

 受付ロボットが端末をリトル・ダンテの頭部に翳すと、ピピッと軽快な音が鳴った。

 顔に先ほど書いてもらったデータが映し出される。


 「デハ、案内ヲ終了サセテイタダキマス」

 「ああ」

 リトル・ダンテの顔が元に戻り、一行は先ほどの道に戻った。


 一階の展示室に着くと、中はとても薄暗かった。展示物のみに照明が当たり、それがかえって目が痛かった。とはいえ淡い橙色の照明は、展示物を引き立たせるのに重要なようで、しかし、他に照明もないので空間全体が不気味に感じられた。


 「……どれだけ歴史を守ろうと、先祖が奮闘したのかが分かるな。我々はそれを引き継ぐ使命がある。決して、これを葬り去ってはならない。人間がいてこそ歴史があるのだから」

 ある展示物を眺めながらマシロはぽつりと呟いた。


 わん公がゆっくりとマシロに近づき、肩に顔を乗せた。甘えているようで、尻尾を振っている。マシロはわん公のノズルをゆっくりと撫でた。

 「我々はこれ以上歴史を覆すようなことはしたくない。魔法なんて、そもそも必要のないもので、あってはいけないもので、ただのファンタジーでなければいけないんだ」


 そう言うと、その場から立ち去った。

 ある程度展示を見て回ると、展示室を出た。

 長い廊下を渡りながら、呟く。


 「二階、三階ではきっとが消したい歴史が展示してあるはずだ」

 「ドウ言う意味デしョウカ?」

 「あまり行くことはお勧めでない、と言っていただろう。あの説明を聞いて、納得がいったよ」


 頭の上に疑問符が出ているリトル・ダンテに多くを説明しようとせず、また黙り込んだ。

 廊下を渡りきり、ロビーへ出ると同時に、視界が暗転した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る