がんばれ!!百合見守りアンドロイド10101号

プレーンシュガー

がんばれ!!百合見守りアンドロイド10101号

 とある研究所。


 巨大なモニターを見つめ怪訝な表情を浮かべる一人の女性がいた。


 「……まずいな」


 彼女は決して表立って公表できはしないある研究を行っている研究者、岩津心美博士だ。


 彼女の研究、それは培養ポッドに複数の遺伝子を成長ホルモン等と一緒に培養し、極短期間で人間を創り出すという禁忌の業。所謂アンドロイドの創造であった。


 このとき既に研究は実用化にまで至っており、初期の失敗作も含めれば実に一万以上のアンドロイドが彼女とその部下の手によって造られていた。


 「FIJS振動が活性化している。このままでは多くの犠牲が出てしまう」


 モニターに映し出されたデータに焦りと怒りを募らせ、とある装置に備え付けられているパネルを操作する。


 操作が終わると装置が開き、プシューッ!という音と共に煙が噴き出して辺りを覆う。


 煙の中に人の影。


 姿を現したのは人間、いや、彼女の作り出した女性型アンドロイド(ガイノイドとも呼ばれる)だった。


 「おはようございます。博士」


 「10101号。早速だがお前に任務を与える。邪悪で醜い『フィジス』から可憐で尊い人類の至宝を守るのだ!」


 「了解。任務を開始します」



 五月。高校入学後最初のゴールデンウイークが明けたこの日。


 私、白崎百合は憂鬱に通学路を歩いていた。


 その理由は連休明けの気だるさや五月病の類ではなく、未だに学校に、クラスに馴染めずにいるからだ。


 入学後、授業が本格化し始めた時期に、私は盲腸で一週間ほど入院をすることになった。


 退院し、数日のリハビリの後、学校に戻ってきた頃にはもう既にクラス内で仲のいいグループなどが固まりつつあり、私はそれらに割り込めないまま、ゴールデンウイークへと突入してしまい現在に至る。


 中学で仲の良かった子たちは軒並み別の高校へ進学したこともあって、学校に友達と呼べる人はいない。


 元々友達を新たに作るのも苦手なのに、今更誰とどうやって仲良くなればいいのか……きっかけすらつかめない。


 それ以前にクラスメートの顔と名前すら未だ全員一致していない。クラスのみんなには『盲腸の子』と顔を覚えられているみたいだけど……


 そんなわけで、私は学校に行くのが少々気まずい。


 せめて誰かと話すきっかけでもあれば……


 「危ない!」


 背後から突然の声。それに反応するまもなく、私は誰かに襟首を掴まれ、後ろに倒れこんだ。


 「うぐっ」


 首の締まる感覚。尻餅をつくように倒れこんだ先には柔らかい感触、人の感触があった。


 それと同時に、私の目の前の丁字路から三台の自転車が飛び出してきた。


 そのまま歩いていたら確実に激突していた。


 自転車に乗った三人。うちの学校の男子生徒たちは私に目もくれず、談笑しながら学校の方へと去っていった。


 「大丈夫!?」


 耳元でさっきの声がする。振り向くとそこには見覚えのある人物がいた。


 同じクラスの女の子だ。名前はまだ覚えてないけど……


 「ったく、自転車使ってるならもっと周りを注意しろっつーの! 曲がり角でスピード落とさないとか何考えて運転してんだか」


 彼女はすっかり遠くなった男子生徒たちの背中に文句を言う。当然三人には聞こえる筈もないけど。


 「あの、ありがとうございます。助かりました」


 「いえいえ、どういたしまして。って、盲腸の子じゃん! 大丈夫? さっきので傷口が開いたりしてない?」


 「いえ、平気です。お気遣いありがとうございます」


 「そんなかしこまらなくてもいいよ。同じクラスメートなんだし。あ、もしかしてあまり学校来れてなかったから私のことまだ覚えてない? 私はね、高砂涼花。よろしくね!」


 「ど、どうも、白咲百合です」


 「百合ちゃんね。うん、覚えた。じゃ、私日直だから先行くね。また学校で~!」


 連休明けの朝とは思えないハイテンションで、高砂さんは学校へ向かって走り去っていった。


 「高砂さんか……」


 またって言ってくれたしこれがきっかけで友達になれないかな。でも何話せばいいんだろ、私と全然タイプ違うし……


 とりあえず私も学校行かないと。道路に置きっぱなしになっていたスクールバッグを拾い上げ、顔を上げると、視界の隅に怪しげな人影があった。


 街路樹の後ろから覗き込むように一人の女性がこちらを、私をジーッと見つめていた。


 何だろうあの人……


 私が気づいたのはあっちもわかっているはずだけど、彼女の視線は私から離れることはない。


 無視して歩きだしても、物陰から物陰に素早く移動しながら私から目を離さないでいた。


 ひょっとしてストーカー? でも私、ストーキングされる覚えはないんですけど!?


 そもそも女の人が女の私をストーキングするのだろうか? いや、同性でのストーカー問題もあるにはあるのかもしれないけど、いまいちピンとこない。どうしても異性を付け狙うイメージが強い。


 学校も近く、周囲に人も増えてきたここでなら、何かあっても目撃者も多いだろうし、そんな所で変な事はしないだろう。と、後々から考えれば危機感が足りない軽率な判断だけど、このときの私はおそるおそる女性に近づき、問いただした。


 「あのー、どうかしましたか?」


 「気にしないでください」


 いやいや気にするよ! 何でこの状況でそれが言えるの!?


 「えーっと、私に何か御用ですか?」


 「私のことは観葉植物か何かだと思ってください」


 か、観葉植物!? ダメだ、話通じないし全然意味わからない……


 「えっと、なんで自らを観葉植物と?」


 「博士に観察時には観葉植物となるように教わったので」


 「博士……観察……あぁもう何が何だか」


 悪い人ではなさそうだけど、怪しさは五割増しだ。こんな奇天烈な会話をしているのに表情が全然変わらないのも少し不気味だし。


 「結局あなたはいったい何者なんですか?」


 「申し遅れました。私は百合見守りアンドロイドデウス・エス・マキナ10101号と言います」


 「デウス……何?」


 「デウス・エス・マキナ。通称百合見守りアンドロイドです」


 「アンドロイド? 映画とかに出てくる?」


 「一応女性タイプなのでガイノイドともいいますが」


 いい年してロボットごっこ? 男の人は大人でもそういうの好きだって聞くけど……もしかして劇団か何かの方?


 「白咲百合さんですね。百合。とても素敵な名前ですね」


 やっと表情に変化が現れたと思ったら、私の名前に高揚した表情を浮かべだした。この人の思考が全く読めない。


 「はぁ、ありがとうございます。ていうか何故私の名前を?」


 「先程のお二人の会話を見ていましたので。何やらいい雰囲気でしたが」


 「いい雰囲気って、そういうのじゃありません。ただ危ないところを助けてもらっただけです」


 「惚れましたか?」


 「惚れ!? ななな、何言ってるんですか!? 女の子同士ですよ!」


 「至高且つ最高のシュチュエーションですね」


 「いやいやいや! 同性でなんて、確かに昨今、世界的にそういう流れは来ていますけど、そういうのじゃなくて。ちゃんと改めてお礼しなきゃとか、せっかくだからお友達になれたらいいなとか、そういうのですよ!」


 「なるほど。ではお礼も兼ねて何かプレゼントを用意しましょう」


 「えっ」


 「人間関係を上手く形成し保つには贈り物が鉄板です。お歳暮やお中元然り、バレンタインのチョコレート然り、クリスマスや誕生日のプレゼントなど」


 「ちょっちょっ、いきなりお礼にプレゼントだなんて重いですって。第一何をプレゼントすればいいか……」


 「任せてください。リサーチは得意です。私が彼女の情報を仕入れましょう」


 そういって突然立ち去ろうとする自称アンドロイドさん。当然私は引き止めようとした。


 「え、待ってください。えーっと」


 「10101号です。心配ありません。個人的趣向を言わせてもらうなら、百合は少し重いくらいが最適なシチュエーションです」


 「そういう事じゃなくて!」


 トンチンカンな持論を残し、10101号さんは去ってしまった。


 嵐が通りすぎた後のような感覚と、徒労感が私にのしかかる。


 「何だったんだろう……って、それよりも学校!」



 昼休み。


 結局、学校に着いてから一度も高砂さんに話しかけられずにいた。


 彼女は常にだれかと一緒にいて、それはそれは楽しそうに学校生活を満喫している。私が話しかける隙なんて在りはしなかった。


 そして今日もクラスに馴染めないまま昼休みがやってきてしまった。クラス内は居心地が悪いので中庭の木陰で一人お弁当を食べる。


 もしかしたら高砂さんの方から話しかけてくれるかもと少し期待してたけど、そう都合よくいくわけがなかった。そしてそんなわがままなことを考えていた自分に少し嫌気がさす。一人で食べていると、こうやって意味もなく自分のダメなところばかり考えてしまう。


 「はぁ……」


 「お待たせしました百合さん」


 「ひゃわっ!?」


 ため息と同時に話しかけられ、思わず変な声が漏れてしまった。


 振り返ると今朝の自称アンドロイド、10101号さんが立っていた。


 唐突だったため、驚きのあまり弁当をひっくり返しそうになった。


 「い、10101号さん!? どうやって校内に!?」


 「そんな事は些細な問題です。それより、こちらが彼女の情報です」


 差し出されたタブレットに目を通すと、そこには高砂さんの情報が記されていた。


 こんな短時間で一体どうやって調べたのだろうか……侵入よりもそっちの方が気になる。


 「高砂涼花。15歳。誕生日は7月20日。血液型はO型。花満高等学校一年B組。ラクロス部所属。明朗快活な性格で友人も多く、困っている人を放っておけない性分。スイーツが好きで甘味巡りを趣味にするほど。そのせいでもう一つの趣味である小物集めに資金が回らず困っているとか」


 「よくここまで調べましたね」


 「リサーチは得意なので。それでプレゼントですが、プリザーブドフラワーなんてどうでしょうか?」


 「プリザーブド?」


 「ドライフラワーと同じく本物の花を加工した花のことです。ドライフラワーよりもはるかに長い期間花を楽しむことができ、アクセサリーや小物のアクセントなどにも使用されています。高砂さんの趣味である小物集めにもマッチしていますし、学生でも手が出せるリーズナブルな金額の物も存在します」


 「えっと、本当にプレゼントを?」


 ほぼ初対面の人にいきなりプレゼントなんていろいろきついよ。


 「私の見立てでは百合さんは少々引っ込み思案なところがあり、自身の想いを他人に伝えるのは苦手だと推測します」


 「うっ……はい」


 当たってる。流石リサーチが得意なだけはある。


 「気持ちを伝えるのが苦手なら形にするのが最善の方法です。本気なのがわかりやすいですし、何より買ってしまえば後戻りしにくくなり、勇気を出しやすくなります」


 「そうかもしれないですけど、やっぱり重いんじゃ……」


 「今週末の午前十時に鉄華町の石包公園で待っています。手頃のお店をリストアップしご案内するので必ず来てください。では」


 「あ、ちょっと! 話を勝手に……」


 約束を一方的に取りつけ、10101号さんは去っていった。


 中庭にポツンと残された私。お弁当箱に半分残った食材たち。


 昼休みの終わりを知らせる放送が、校内に鳴り響いた。

 


 週末。


 約束の時間である午前十時。その十分程前に、私は待ち合わせの公園へと足を運んだ。


 公園にはトレーニングに勤しむ男性、散歩中の老人、数人の子どもとその母親と思われる集団。


 そして10101号さんが居た。


 「おはようございます百合さん」


 「おはようございます。本当に来たんですね、てっきりからかわれていたのかと」


 「からかうなんてとんでもないです。私は百合のためなら命をも懸ける所存です」

 

 「急に何言い出すんですか! 私に命を懸けるだなんて……」


 「この百合は女の子同士の友情や恋愛を意味する百合であって、百合さんの百合ではありません」


 「……あぁ、そうですか」


 「では早速お店へ向かいましょう。こちらです」


 10101号さんに案内されるままショッピングモールへと向かい、その中にあるプリザーブドフラワー専門店へとやってきた。


 ここにこんなお店があったなんて、普段立ち寄らないエリアだから知らなかった。


 「小物系のプリザーブドフラワーはこちらのコーナーですね」


 案内されたコーナーには可愛らしい小さな箱やアクセサリーボックスに装飾された物やガラスドーム、フォトフレーム、ボトルフラワー等が多数用意されていた。


 確かにオシャレでいい感じだ。色とりどりで華やかだし、コンパクトだから場所も取らずに飾れる。アクセサリーボックスやフォトフレームはそのまま使えて実用性もばっちりだし、自分のも欲しいくらい。


 「可愛い~」


 「本当は百合の花があれば良かったのですが、プリザーブドフラワーはバラやラン、カーネーションが主流なため残念ですがございません。非常に残念ですが……」


 「うん、それは10101号さんの好みですよね」

 10101号さんのことは軽く流して、品定めを始める。


 リーズナブルな物も多いけど、私の琴線に触れる品物はどれも高校生には少し手が届かないものが多い。予算の範囲内ではイマイチピンとくるものに巡り合えずといった具合だ。


 「これは本体の派手さとケースの地味さが釣り合ってない……こっちのは色合いが……これは無骨でかわいくないし……そもそも高砂さんの好みとか部屋のデザインとかも知らないし……」


 「高砂さんは黄色やオレンジ系統の、所謂ビタミンカラーと呼ばれるもの。アクセントとして青や白が好みですね」


 「……それもリサーチの成果ってやつですか」


 「ルームデザインでしたら……」


 「これ以上個人情報の漏洩禁止!」


 私が高砂さんのあれやこれ知っていたらおかしいでしょ。私が逆の立場だったらと思うとゾッとしちゃうよ!


 気を取り直して、改めて品定めタイム。


 長時間吟味する中で、ようやく納得できるデザインであり、予算的にもギリギリ収まる代物を見つけ出した。


 「白い二輪のバラのガラスポットですか」


 「はい。一輪じゃ少し寂しかったし、赤やピンクよりも白の方がどんな部屋にもマッチしやすいかなって」


 後、アクセントカラーに白が好みだって聞いちゃったし。


 「素敵だと思います」


 「本当ですか!? じゃあこれに決めちゃいますね」


 財布の中身はほとんどなくなっちゃったけど、ショッピングは楽しかったし、お礼の品であまり金額を渋るのも良くないよね。


 店を出ると、時刻はお昼時に差し掛かっていた。


 「早速渡しに向かいましょう。高砂さんは本日部活動はおやすみ。ご友人とショッピングの最中ですが、ご友人は午後から用事があるためそろそろお開きになる頃です。渡すなら今が最適です」


 「そんな情報まで!? 本当いったいどうやって調べたんですか?」


 「それは知らない方が幸せです」


 「えぇ……あ、はい」


 「では向かいましょう。覚悟はいいですね?」


 「うん。ここまで来たんだし、お礼の品も買った。ここまで来たら勇気を出して渡してみます」


 「その意気です。百合さんのその想いがあればきっと喜んでくれます」


 「そんな重々しいものじゃないですよ」


 「何を言ってるんですか。白いバラの花言葉は『純潔』、『深い尊敬』、『相思相愛』、そして『私はあなたにふさわしい』です。百合さんの高砂さんへの真っ直ぐで力強い想いが籠められているのがわかります」


 「えっ」


 「送るバラが二本では『この世界は私とあなただけ』、白バラの場合更に『互いの愛』が加わります。二輪の白バラがガラスポットの中で咲いている様はまるでお二人が小さな世界で互いを好いている状況を連想させますね」


 「ええっ!?」


 「それにプリザーブドフラワーは花言葉に『永遠』が添えられます。永遠に二人の世界でなんて、ロマンチックですね」


 「やっぱりこれ返品してきます~!!」


 「なっ!? 待ってください! そんな素敵なプレゼントを返品なんてもったいないです!」

 


 結局返品はせずに、高砂さんのお気に入りだというオシャレなカフェの前まで案内されるがままやってきてしまった。


 「私の推測では友達と別れた後、このカフェでランチを済ませ、最近ハマりだしたホラー小説をしばらく読んでから帰宅するはずです」


 「帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい……」


 「このままでは帰れません。せめてお礼を無事渡し終え、その流れでお二人がデートをするところまで見届けなければ」


 「そんなのしないよも~!」

 

 「!」


 突然、背筋をピンッと伸ばしたかと思うと、10101号さんは物凄いスピードで近くの物陰にその身を隠した。


 「えっ? 10101号さん?」


 「あれ~百合ちゃんじゃん!」


 聞き覚えのある軽く明るい声。振り向くと、そこにいたのは件の人物。高砂涼花さんだった。


 「た、高砂さん!?」


 「奇遇だね~こんなところで会うなんて」


 「そう……ですね」


 「いや~久しぶりに部活が休みだから友達と遊んでたんだけど、午後からフリーになっちゃってさ~。これからどうしようかな~って適当にぶらついてたんだよね~」


 10101号さんの情報そのまんまだ。本当にどうやって調べたんだろう。


 「百合ちゃんはどうしたの? もしかして誰かとデート?」

 

 「ち、違います! そんなんじゃないです!」


 チラッと後方に視線を移す。そこでは10101号さんが物陰からジーッと覗き見ている。プレッシャーが凄い……


 「あ、あのっ! これ……」


 「ん? 何々?」


 「この前助けていただいたお礼といいますか……」


 「えっ、そんな事気にしなくていいのに。わざわざ用意してくれたの?」


 うぅ、やっぱりやりすぎだよね。高砂さん引いてないかな……


 「しかも結構しっかりしたラッピング……これ高かったんじゃない?」


 「いえ、知り合いの人が手の届く値段で買える店を調べてくれたので」


 「そっか……ねぇ、百合ちゃん誕生日いつ?」


 「へ? 6月25日ですけど」


 「じゃあそのときに私も気合入れてお返しするね! そうだ、この後時間ある? 良かったらこのまま遊ばない?」


 「ええっと……」


 思ってもみなかった展開。言いよどむと同時に正午を告げる鐘がなる。


 「よし! まずはランチにしよ。あそこのカフェ入ろ!」


 「わわっ!」


 手を握られ、そのまま引っ張られるようにカフェの中へと足を踏み入れた。



 それから、カフェで一緒に食事を取り、ブティックやアクセサリー系を中心に扱っているリサイクルショップなど、ファッション関係のショップを巡った。


 こういうのって、なんか女子高生って感じがする。


 そう、私って女子高生だったんだ……。入学早々から早速入院して、そのせいもあってずるずると一人馴染めない生活が続いたけど、丁度一ヶ月前から私は高校生、女子高生になったんだ。


 「一、十、百、千、万……うへぇー高いよぉ」


 「流石に手が届かないですよね」


 こうして色んなショップを見て周って、欲しいものを見つけては高い、手が出ないと一喜一憂する。それだけで何故か時間を忘れるほど楽しかった。


 ウインドウショッピングを楽しんだ私たちは、結局何も買わずに公園のベンチに腰かけていた。


 もう夕日が燃える様に空へと浮かんでいる。食事を終えてから今の今までずっと歩き回っていたから少し疲れてしまった。


 「誰かとこんなに遊んだの、高校に入ってから初めてです」


 「そっか、百合ちゃん最初の方入院してたもんね。もったいないな~。あれ? でもゴールデンウイークはどうしてたの? ずっと旅行してたり?」


 「いえ、ただ遊ぶ友達がいなかったので。高校ではまだできてないですし、中学の頃の友達も、部活とか、それこそ旅行とかでなかなか予定が合わなくて」


 「えー!? 百合ちゃんまだ友達作ってなかったの!?」


 「うっ……はい。自分から友達作るの、あまり得意じゃなくて」


 「ふーん、そっか。じゃあ私が百合ちゃんの高校初の友達ってことになるのか」


 「ふぇっ!? た、高砂さん、私のこと友達って……」


 「いまさら何言ってるの。友達でもない人と休日に遊ばないって」


 「……友達」


 その言葉を聞いた時、心がフッと軽くなった気がした。


 友達のいないこの一か月、中学の頃とは明らかに違う欠落したような感覚。


 退院してからも、学校に馴染めずどこか居心地が悪くてずっとモヤモヤしていた。


 でもそんな今までの事が全て吹き飛んだような感じがした。


 中学の頃、友達との何気ないごく平凡な、けれどもたまらなく楽しかったあの日常が戻ってきた。いや、あの頃に似た新しい日常が見えた気がした。


 それからも会話は弾んだ。


 お互いの中学の頃の話やもうすぐ始まる定期テストの話など、私は手術のことや入院時のことも訊かれた。


 公園のベンチで他愛もない話をして、それだけでも夢中になった。


 周囲の会話や物音も、カラスの鳴き声も気にならないくらい、互いの声だけがクリアに聞こえる。そんな二人だけの空間ができつつあった。


 けれど――


 「おっ、こんなところで涼花ちゃんはっけ~ん」


 水を差すように軽い感じの声が妙にはっきりと聞こえてきた。


 声の主は中肉中背の、二十代半ばから後半くらいに見える男性だった。ニタニタとした表情。こう言っては何だけど正直気持ち悪い表情でこっちに近づいてくる。


 男性に気付いた高砂さんは「うぇっ……」っと抵抗感が籠った声を漏らして渋面になる。


 「高砂さん、あの人は?」


 「最近ラクロス部の練習を見学しに来てる人。どっかの大学でラクロスのコーチやってるんだって。有望な選手をスカウトしに来てるって体だけど、やたら絡んで来るしボディタッチも多いし、正直苦手っていうかウザイしキモイよね」


 「ひどいな~。俺はただ涼花ちゃんたちと仲良くしたいだけなのにさっ」


 「ひゃっ!?」


 男性は私たちの間に割って座り、いきなり肩に腕を回してきた。


 あまりの展開に戸惑っていると、男性は私の肩をがっしり掴み、お互いの鼻先が触れるほど近くに顔を詰めてきた。


 「で、君はだ~れ? 涼花ちゃんのお友達?」


 「あ、ああ、あの、ち、近いです……」


 「ちょっと! 百合ちゃんに何してるの!」


 「へ~百合ちゃんて言うんだ。可愛い名前だね~」


 男性はこっちの事はお構いなしにグイグイと絡んで来る。


 離れたいけど肩を掴まれて身動きが取れない。


 怖い。


 私を見ているようで見ていないような目が、私の肩を掴んで離さない力が、遠慮のない距離の詰め方が。ただただ怖くて、身体が震えて何もできないでいた。


 すると――


 突然目の前を青白い稲妻が横切った。


 稲妻は男性を攫って数メートル離れた所で轟音を響かせる。


 そこには稲妻を纏い、物凄い形相で男性を睨み、片手で男性の頭を握って壁へと叩きつけている10101号さんの姿があった。


 「楽園を汚す者は排斥する」


 「ちょっ!? 10101号さん!?」


 「何々さっきの!? 何が起こったの!?」


 アイアンクローによって男性の顔がひょうたんの様にへしゃげる。死んじゃう! ていうか死んでない?


 「何やってるんですか10101号さん! その人死んじゃう!」


 「心配いりません。コレは人間ではありませんから」


 「何言って……ひっ!」


 再び男性の方へと視線を向けると、背筋がゾッとし、一瞬凍り付くような寒気が全身に走った。


 男性が不気味な笑い声を上げ、身体が黒く染まり、コールタールの様に溶け始めていた。


 「ケヘヘヘ……」


 10101号さんの手からするりと抜け出したソレは、頭の形が歪で、腕が異様に長く先細り、下半身が形を留めず地面からそのまま生え出たような風貌の、人間の形を取り損ねた黒と灰色の流動体へと変貌していた。


 「何あれ何あれ!?」


 「10101号さん、あれはいったい!?」


 「あれは『フィジス』。百合の間に入り込み、汚す、邪悪生命体です」


 「邪悪生命体……」


 明らかに現実離れした異形の化け物。それを見た私は、身体全身が恐怖で震え、後退りすらもできない程に硬直してしまっていた。精々唾を飲み込むのが精いっぱい。 


目の前の化け物から目を背けることすらできなかった。


 「百合の間に挟まるなど下劣な存在が人間なはずありませんから。安心してください。アレを排除するのも私の任務の一つです」


 10101号さんの身体から、青白い稲妻が迸る。


 フィジスと呼ばれていた化け物が奇声を上げながら10101号さんに襲い掛かる。


 「遅い」


 でも距離を詰める最中、逆に10101号さんが目にも止まらぬ速度で懐に潜り込んでいた。


 稲妻を纏ったパンチが命中し、化け物の右半身の三分の一が抉り取られ消滅している。


 化け物は痙攣しながらもなんとか振り返り、手の先に光の球を生成し放とうとするが……


 「だから遅すぎると言っている!」


 10101号さんの右腕に先程の稲妻が迸り、渦を巻いてドリルのような形状へと変化する。化け物が光球を完成させる前に、その稲妻の槍が叩き込まれる。


 「百合に挟まる男絶対殺す槍!!プラズマキラーランサー


 障子紙を破くよりもたやすく、槍が化け物の身体を貫き、傷口から迸る電撃が身体中に駆け巡る。


 十秒と経たず、化け物は完全に消滅した。


 「何だったのさっきのは……ていうかあなた何者?」


 「私は10101号。先程のフィジスからあなた方を守る者です」


 「デウ……とにかく怪物からみんなを守るヒーロー、いや、ヒロインってことだね!」


 高砂さん多分そういうのじゃないと思う。


 「百合ちゃんの知り合いだよね?何か知ってる風だったし」


 「知り合いといいますか……」


 「ねね、二人のこともっと教えてよ。友達になったんだしさ」


 「私もですか?」


 「百合ちゃんは私の友達。デウちゃんも百合ちゃんの友達。だったら私とデウちゃんも友達でしょ!」


 「デウちゃん、それが私のあだ名ですか」


 「さ、じゃあ今から三人で遊ぼうよ。ほら百合ちゃんも!」


 「もう日が沈んじゃいますよ~!」


 いきなり躓いて友達がいなかった高校生活。


 でも、ちょっとしたきっかけを皮切りに、アンドロイドを自称する電撃少女や変な怪物と出会ってから私、白咲百合の中で、何かが変わってきました。


 みんなからは少し遅れて、私のちょっとだけ普通じゃないスクールライフが始まりそうです。



 研究所。


 一先ず任務を終え、10101号は定期報告として研究所へと帰還していた。


 生みの親である岩津博士にここ数日の出来事を事細かに報告していく。


 「10101号、よくぞフィジスの魔の手から二人を守ってくれた。お前を出動させて正解だった」


 「当然のことをしたまでです。博士」


 「今回の件、フィジスの撃退やその他諸々を考え、お前の点数は……」


 10101号に緊張が走る。


 「0点!」


 「なっ!?」


 「百合になりそうな二人を強引にくっつけたり、三人で遊んだり、明らかに関わりすぎだ。例えどんな成果を残そうとも、百合への過干渉は大きな減点対象!よって0点!」


 「ガーン!」


 白咲百合と高砂涼花。二人の尊い存在をフィジスの脅威から守ることに成功した。 


 しかし、それだけでは百合見守りアンドロイドデウス・エス・マキナとしての使命を果たしたとは言えない。


 百合を守る道は厳しく果てしない。


 ともに歩こう、10101号!がんばれ、10101号!

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がんばれ!!百合見守りアンドロイド10101号 プレーンシュガー @puresyuga20

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