第3章 逃走道中 前編

第23話 あなたの名前は①

 あれから少女と花凛は桜羽に連れられ、同じように逃走していた者たちと合流してさらに距離を稼いだ。初めのうちは、皆人前に出たら間違いなく浮いてしまうような見た目だったことから、人が来ないくらい深い森の中か夜間の移動が主であった。


 途中平和に暮らしている人々にとっては運悪く、しかし逃走者一行にとっては運がいいイベントが発生した。盗賊らしき集団と遭遇だ。相手集団の規模が小さい上に「いかにも近くの村を襲撃して燃やしてきました」という様子が見えたことが引き金となり、想定よりも罪悪感なくボコボコにして、人里に降りても浮かない着物を手に入れることができた。


 いくら一目で盗賊とわかるような着方をされていても着物は着物だ。きちんとした着方をすれば多少薄汚くともそれなりに見える。それなりの見た目を獲得した一行は昼間も堂々と人里に降りれるようになったのだ。


 となると残りは金銭の問題だ。全員長らく幽閉されていた身であり、通貨や換金できる物など持っているわけがない。盗賊団が盗んできたものを売り払う手もあったが、「それは流石に……」と気まずい雰囲気になり断念。代わりに妖怪退治や害獣駆除、畑仕事や売り子の手伝いなどいわゆる日雇いの仕事で稼ぐこととなった。


 服と僅かながらも金銭を得、ある程度期間が経つと来ているかもしれない追っ手に見つからないように別の村へと旅立つ。


 その間、桜羽は花凛と少女の世話も担当していたが、そこに落ち着くまでにかなり揉めた。


 事の発端は、逃走者一行の一人が桜羽に突っかかったことだった。


「おいねーちゃん、いつまでそのガキども連れてく気だい。もうずいぶんあの場所かはら離れた。そろそろどこかの村に預けてもいいんじゃないのか?」


 逃走の旅に少女たちを連れていくことに内心反対していたものは少なくない。なんせ子供は足手まといにしかならないからだ。実際少女も花凛も大人の体力についていけず、桜羽に抱えられていることも少なからずあった。


「いつまでって、私の村までだ。この際だからはっきり言っておく。この二人は私が面倒を見る」


「そりゃあ、あんたが親代わりになるってことかい。悪いことは言わねえ、やめときな。」


「ほう、私に親の役目は務まらないと?」


 冷静に、けれど少し怒りを滲ませながら睨んできた桜羽を見て、男は慌てて弁解をする。


「違う! 俺たちはあいつら研究者どもが全滅しない限り追われる身だ! それはここにいる全員が分かってるはず。それに、そのくらいのガキならすぐに大きくなる。髪を切るなり着物を変えるなり見た目をちょいとばかしいじれば欺けるんじゃないのか?!」


 言い訳する男を冷静な目で見つつ、桜羽は現実を叩きつけるかのように男の主張を一蹴した。


「馬鹿か。あいつらが見た目だけで私らを判断してるとでも? 違うね。あいつらが見てるのは力の質と血だ。そっちの白髪の方は見てわかるだろうが、恐らく私と同族。黒髪の方もずっと先祖までたどってきゃあ同じ家に辿り着くはずだ。ここまで言ってもわからないか?」


「そっちのガキどももどう足掻いても一生追われなきゃならねえってことかよ!ちくしょうっ、それでも俺たちは逃げ切って終わりなわけじゃねえ。この先まで巻き込むこたぁねえだろう!」


「だからだ。うちの村には戦闘に関して腕に覚えがある奴らが多くてな。まあ、1番有名なのは春宮夫妻だな。お前ら名前くらい聞いたことあるだろ? 何の事情の知らない奴らに普通の子供として育てられるよりもよっぽど安全だ。」

 

 "春宮夫妻"という単語を聞いて周囲はざわめいた。「あの」だの「まだ生きていたのか」だの「春宮夫妻がいるなら」だの、「むしろ俺がその村に行きたい」だの反対をしていた人々の意見を揺るがすには絶大な効果を発揮しているようだ。


「それに子供達を巻き込むつもりはない。守るべき対象だからな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る