第16話 白の探し物⑤
少女の目に諦めの色は浮かばない。動く上で邪魔な体に刺さっている矢を、力ずくで抜いて投げ捨てた。矢は獲物に刺さってから抜けにくいような構造になっている。無理やり抜いたことで、周りの肉ごと抉ったようなものだ。抜いた瞬間激痛が走ったが、少女は相手に悟られないよう顔に出さずに耐えた。
「っ、まだ動ける」
「本当? うふふっ、まさか薬が塗られているの、刀だけだと思っちゃった?」
矢を抜いたのは失敗だったようだ。矢を抜いた箇所から、まるで穴のあいた桶から水が流れ出すように血が溢れ続ける。
普段ならこの程度の傷完全に治らなくとも、止血までなら数秒で行われることが普通であった少女は、血が流れ出す慣れない感覚に余計に体力を消耗していく。
「〜〜っ」
「ほうら、辛いでしょう、怖いでしょう? 血がどんどん流れ出て、体もだんだん冷たくなっていって、意識もふわふわしてくるの。」
言われたように、肌寒さを感じるような季節でも天気でもないのに、少女の体は震え明らかに冷えていくを感じていた。起きて現実を見ているはずなのに、目の前に見えるものは夢の中で見ているもののように、不確かに見えていた。
「死ぬかもしれないって危機感感じるでしょう? 大人しく捕まるのならその血、止めてあげるわよ?」
女は苦しみながらも必死に立つ少女を見て、救いの手を差し伸べるかのように囁く。今は攻撃を仕掛けてくる様子はない。それどころか、その救いに縋る姿を見たいと思ってすらいるようだ。
(あぁ、早く折れないかしらぁ。この子はどんな顔で諦めるの? どんな思いで、救いがあっても絶望と分かっている選択肢を選ぶの? 私が与えるものにどんな反応を示すの?)
女は少女の反応を見たくてうずうずしていた。どんな反応でもいいが、希望だけがあるわけではないと分かった上で自分に縋り付いて来るような反応が見れるのではないかと期待しているのだ。その姿は、狩りで相手をいたぶって楽しむ肉食獣のように見える。
少女は歯を食いしばった。目の前の女を睨みつけ、考えることをやめない。少女は、花凛がいつも与える側にいた者たちとは何処か違うと感じていた。いつもならば、「あれをしろ」「動くな」「立て」など、何も考えなくて良いものばかり与えられていた。こちらから投げかけた疑問には望んだ答えは与えられなかった。
一方で花凛は望んだ答えを与え、その他の与えてきたものは考えなければこなせないものだった。
今まで考えても無駄だった。考えるという行動に意味はないと行動で教え込まれてきた。それでも脳は勝手に動く。考えることを完全にやめることは出来なかったから、表に出すことをやめた。
なのに花凛は、考えて行動することは無駄ではないと目の前で証明してみせた。本人なそんな気は無くてもだ。だから、少女はもう一度考えたことを行動という形で表に出すことをやってみてもいいかなと思ったのだ。
もちろん、上手くいかず「一緒にいて」「逃げて」をこなせなかったらという思いが消えたわけではない。もう一回だけ試したことを叩き潰されて、自分で考えて動くことは無駄なのだと思い知らされる可能性も十分ある。
いざ行動しようとすればするほど、呼吸は早く浅くなるし、やめたいという気持ちで溢れる。しかし少女は行動をやめない。
何故なら、花凛に言われたことをこなさなければという思いと同時に、あの場所に花凛に戻って欲しくないという思いがあり、それが少女の「やめたい」 よりほんの少しだけ大きかったからだ。
だから少女は、花凛が与えた「一緒にいて」「逃げて」をこなすために考える。
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