第10話 黒の選択③
花凛は焦った。自分はもう走れない。側にいる少女もそれなりに動けるのだろうが、周囲を囲む人々から逃げ切れるかは分からない。
なりふりなど構っていられなかった。唯一敵ではないと分かっている少女に視線を向ける。少女は何も反応しない。
さっき瓦礫の山を飛び降りた時は意見を言ったじゃないか、だから今も策があるんじゃないの。そんな気持ちを込めて少女を見つめ続けるが、やはり無反応だった。
この場を逃れることが出来るとして、その指示や判断ができるのが自分しかいない。その事実も花凛の焦りを加速した。
(走ろうにもわたしが足手まといになる。だからといってこのままじゃ絶対捕まる。あの子に戦ってもらう? 無理だ。そもそも大人が相手なのに、あんな大人数相手に無事でいられるわけないっ)
心拍数がどんどん上がっていき、呼吸が苦しくなる。何かを考えようとしても、「どうしよう」という言葉ばかりが浮かんでは消え思考の邪魔をする。
(どうしよう、どうしよう、怖い、助けて、嫌だ!)
心拍数がどんどん上がっていく。自分の左胸のあたりで、嫌というくらい動いている心臓の鼓動が落ち着く気配などない。それどころか、これ以上速くならないだろうという速度を超えてなお、鼓動は加速し続けた。
そしてそれが頂点に達した時、周囲の雑音が全て消え思考がクリアになった。
ーーああ、そうか。二人で逃げようとするから何も思い浮かばないんだ。だって、本当に足手まといなのはわたしだけなんだもの
気付いてしまった。自分も少女も同じように吹っ飛ばされ、転び、傷を負っていたはずだ。それなのに少女の傷はいつの間にか塞がったのか、体には血の痕と土埃による汚れが残るのみ。怪我をしているのも、体力が切れかけているのも、血が足りなくて動くことができないのも自分だけだった。自分だけが足手まといだった。
気付きたくなかった事実だ。だってこの場にいる中で花凛が一番逃げ出したかったのだから。
ーーここまで来れたのに戻るなんて嫌だ。あの子だけ逃げて自由になってしまったら、崩壊しかけていた部屋から連れ出したこと自体後悔してしまうかもしれない。
自分も危機的状況にあるのに無条件で少女を助けてしまうほどお人好しな花凛でも、綺麗な感情だけ抱いて生きているわけではない。
助かる人を巻き込むことは良いことではない。悪いことのはずだ。だけどそれを望んでしまう自分に、吐き気がする。心中するような選択肢を消し去りたくても生存本能と諦められない望みがそれを許さない。
「ねえ、あなたにこのまま一緒にいてって言ったらどうする?」
「いっしょにいる」
少女はまたしても即答した。その目には憐れみも、恐怖も、諦めも、希望も何一つとして浮かんでいなかった。
花凛は少女に縋ってしまいたかった。頼めば一緒にまた絶望の中に戻ってくれるだろう。逃げられる可能性があるのにも関わらずだ。
でも少女を巻き込んで絶望の中に戻ったとして、誰かがいる安心感を得ることが出来ると同時にきっと激しい後悔にも苛まれるだろう。
一人で残るにしても、少女を巻き込むにしても、二人で逃げるという選択をできない以上後悔することは確実だ。
だから少女は選ぶことにした。綺麗な選択肢も汚い選択肢もどちらも存在する。どちらかを消すことなんてできない。ならば、2つあるうちから選ぶしか方法はない。
(だったら、わたしは……っ)
「逃げて! 走るの! どこでもいい。ここからずっとずっと、遠くまで離れて!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます