第9話 黒の選択②
建物が破壊されて逃げてきたのは自分たちだけではない。与える側の奴らも同じなのだ。それが自分たちの逃げた先にいることだっておかしなことではない。
花凛が外までの道を知っていたのは、自分が連れてこられた時に道を覚えていたからだ。それ以外の建物の全体像は知らない。だから人数に加えて、少なくとも自分たちよりも建物の構造や配置を把握している敵の方が地形の面でも有利だ。
こんな状況で、誰かに会うのはリスクが高すぎる。本来ならば建物を出た時点で走り抜けて、できる限り遠くへ逃げるのが最善だった。
だが、花凛はそれをしなかった。久しぶりの外と開放感に興奮して考えることを放棄してしまったのだ。まだ少女と言えるような歳の花凛では仕方のないことだったのかもしれない。
だがこんな言い訳をしても意味なんてない。例え仕方のないことだったとしても、相手が手加減してくれる理由にはなり得ない。今明らかに穏やかでは無い態度で接してきている人々に、捕獲され連れ戻されるかもしれない現状は変わらないのだ。
「ねえ、ここってあんな物騒なのいたっけ?」
「いつも部屋のすみに立ってるだけ。それに、助けてもくれなかった」
周囲を見渡しながら花凛が聞いた。二人とも白衣の者達は嫌というほど見たことがあったし、土や埃で薄汚れているところを見ると同じように逃げてきたのだと分かる。何となく分かっている白衣の者達は放っておいても構わないだろう。
いつも自分達から自由を奪うのに枷やら薬やら何かしら道具に頼らなければいけない連中だ。自由になった二人ををどうにかできるほど本体に戦闘力はない可能性が高い。
問題は軍服を着た者達だ。何者なのか全く分からないうえに武器まで持っている。戦闘面においても白衣の者達よりは確実に役に立つだろう。
「まだ走れる?」
「はしれる。だけど、それ。まだちがとまってない。このままだとしぬよ」
少女は未だ血が流れ出ている肩のあたりを指さし言った。指摘されて今更思い出した花凛の元に痛みが戻ってきた。興奮したことによって感じなくなっていた痛みが再度主張し始めたのだ。
しかも痛みだけではない。それが鳴りを潜めていた間、止血など一切していなかった。走ったりはしゃいだりしてある意味酷使していた体は、傷を塞ぐことはなく血はずっと流れ出ていたのだ。
「あっ……」
血を失いすぎた花凛の視界が歪んだ。加えて体に力は入らないし、頭も重く痛い。とうとう立っていられず、地面に座り込んだ。冷静になって取り戻した現実は、逃走の枷となってしまったのだ。
「ははっ、片方死にかけじゃねえか! もう片方もちっとも動こうとしない! 今のうちに捕まえろ、アレを逃したら分かってるだろうな。アレがもたらした研究結果がなけりゃ、お前ら今頃全員死んでいただろうなあっ」
またもや白衣の男が叫んだ。主人が奴隷に命令するように、自分が命令する側だと信じて疑わない偉ぶった態度だ。命令された軍服を着た者達は、そんな高圧的な態度に反応しなかった。たった二人しかいない一見無力な少女に武器の矛先を向けたまま警戒を解かず、その行動を注意深く観察している。
(どうすればいい?どうすれば助かる?分からない、分からないよ……っ)
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