第8話 黒の選択①

「苦しい……」


「ああ、ごめんね。ちょっとはしゃぎすぎちゃった。」

 

 自分の気持ちの整理に一区切りついたところで、少女は自分に抱きついてぎゅうぎゅう締めてくる花凛に不快感を伝えた。


 それを聞いて、力一杯少女の首元あたりを締めてしまっていたことに気付いた花凛はすぐに手を離した。ようやく空気を満足に吸い込めた少女は息を整える。

そんな少女を見ながら、花凛はまた緊張感を少し取り戻した。


「この後のことだけどさ、あなた、帰る場所はある?」


少し考えてから少女は答えた。


「かえる場所が何かはわからないけれど、たぶんない。わたしは、ここしか覚えてないから」


「そっか。わたしはあったんだけどね、なくなっちゃった。それにここが何処か分からないから帰れないの。だからとりあえず安全なところまで行こうと思うんだけど、あなたも一緒に行こう! 覚えてないのなら途中で思い出すかもしれないしね」


「わかった」


 少女は即答だった。おそらく花凛の誘いは少女にとって都合のいい命令か指示にでも思えたのだろう。今まで何を聞いても返事までに時間がかかっていたのにも関わらずの即答だ。花凛も何となく命令か指示と思われたのだと察していた。


 最悪の状況下にいた時と寸分も変わらない少女を見て花凛は少し落ち着いた。そして、さっきは久しぶりの外の空気にはしゃいでしまったが、冷静になるといかに危険な行動をしてしまったかに気付いた。


 だが、今はそんなことを気にしている暇も後悔している暇もない。何のために捕えられていたか。何処まで逃げれば逃げ切ったと言えるのか。誰が敵で誰が味方なのか。とにかく分からないことが多すぎるのだ。


 少女の自主性の無さを表面上誘導することでカバーすることができても、根本からすぐにどうにかできるものでもない。今日逃げ出すまでの間どれくらいの期間かは分からないが、少女は指示に従わなければ自分の身がどうなるか保証されない環境にいたのだろう。


 身に染み付いた行動パターンを変えることは難しい。花凛は連れてこられてから今までの生活で嫌というほどわかっていた。


(あの子が命令のとおりにしか動かないことは、今どうにかできることじゃない。とにかくここから離れなくちゃ)


 しかし、それは遅かった。


「逃走者2名発見。直ちに捕獲します」


「あれは室長の実験体だ! 価値が高い。絶対に逃すな!」


 いつの間にか囲まれていた。


 建物の崩壊に巻き込まれることを恐れてか距離はかなり離れていたが、土や埃で薄汚れた白衣を着た者は喚き散らし、皺ひとつない軍服を着た者は武器を構えて静かな目でこちらを見つめていた。白衣を着ている者は二人、軍服を着ている者の数は十人ほどであった。

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