第11話 黒の選択④

 花凛は少女だけに逃げてもらう選択肢をとった。どっちにしろ後悔するならば、罪悪感がない方がいい。誰かにずっと謝り続けて生きていくのは嫌だ。そんな思いから叫んだ。


 その瞬間だった。ずっと黙って周囲で武器を構えていた、軍服を着た一人が初めて言葉を発した。


「そうか。お前たちは逃げるという選択をするか」


 この男は、軍服を着ている者達の中でも一番多くの装飾が付いたものを着ていた。それは、集団の中で権力を持った者であることを示す。そしてこの男は言葉を続けた。


「大人しく戻るならば傷つけるつもりはなかったが、抵抗を選ぶならば仕方ない。こちらもそれなりの対応をさせてもらう」


 長の宣言を聞いた軍服の集団は一気に殺気だった。


「これより対象の捕獲を開始する! 一班は黒髪。二班は白髪の方だ! 油断はするなよ。どちらも見た目こそ人間だがその本質は全く別物だ!」


 どうやら軍服集団も敵になったようだ。それぞれの獲物を手に、花凛と少女との距離を詰めてくる。


「私のことはいいから! 逃げて!」


 何故か今回ばかりは指示を聞かなかった少女にもう一度叫ぶ。それでも少女は逃げようとしなかった。ただ、周囲を見回し何かを探している。


 そんなことをしているうちに、花凛はとうとう座ってすらいられなくなった。それでも遠のく意識を気合いで繋ぎとめ、必死に呼吸をし、何度も少女に「逃げて」と叫んだ。その言葉が届いていたかは分からない。


 何度か「逃げて」と叫んだ時、少女は一切の迷いなく走り出した。探し物が見つかったのだ。その様子を見て、少女は逃げ道を探して周囲を見回していたのだと花凛は思った。


「頑張って、逃げきってね」


 振り向かず走る少女の背に向けて呟いた。もう自分が指示しなくても、あの子はきっと言われた通りに遠くまで走っていくだろう。花凛はそう確信した。


 それに、男は「大人しく戻るなら傷つけるつもりは無い」とも言っていた。ならば自分が意識を必死に保っている必要もない。


 大人しくしていれば痛めつけれることも殺されることもないだろう。奴らにとって花凛は生きたまま捕まえるべき実験体なのだから。きっと眠っている間に全てが終わっている。そしてまた奴らの元でいつ終わるかも分からない絶望の日々を過ごすだけだ。


 つい数秒前に絶好の逃走の機会は握りつぶされ、希望は消えた。本当は自分だってあの子のように逃げたかった。小さな傷なんてすぐ治るあの子みたいな回復力があれば、こんな切り傷一つに奪われることなんてなかった。どうにもならないことだが、悔しさと悲しさが入り混じって涙が溢れる。


(わたしは、どこにもいけないまま、ここで死ぬんだろうな)


 それがいつになるかは分からない。もう今の人生は諦める。だから、もし次があるのならば今度こそ自由に、誰に支配されることなく生きていきたいと。そう願って花凛は自由に向かって走る少女の姿を目に焼き付け、意識を手放した。

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