第6話 逃走③
花凛は穴の出口のギリギリの足場を蹴り、空中へと躍り出た。すぐ後に少女も続く。少女が足場を蹴ったのとほぼ同時に瓦礫の山は崩れた。きっと花凛が先に降りて安全を確認していたならば、少女は瓦礫の山に押し潰されていただろう。
当の本人たちはそんなことを考えている余裕はなかった。足場を蹴った時の推進力はすでに失われ、後は落ちるのみだ。どんどん近づいてくる地面から目を逸らさず瓦礫の位置を確認する。
着地するであろう場所に目立った瓦礫はない。しかし、その広さは2人が着地できるほどの大きさはない。
少しの差で早く跳んだ花凛が着地した瞬間にその場所を空けなければ、少女は花凛の上に着地することになる。そうすれば花凛は踏み潰されるし、少女も足を捻ったり、不安定なものを踏んだことで体勢が崩れ頭をぶつけるかもしれない。どうなるにせよ両者ともに無事とはならないだろう。
(着地したら、すぐ退く。地面についたら、もういっかいとんで退く)
着地予定地から子供の頭ほどの大きさの瓦礫を二、三個挟んだところに、少し小さいが空いている場所がある。一度着地してからそこに飛び退けば少女とぶつからずにすみそうだ。花凛はほんの少しの滞空時間に着地した瞬間のシュミレーションをした。
(着地したらっ)
花凛の足が地面についた。
(退くっ)
一度膝を曲げて沈み込み、もう一度地面を蹴った。咄嗟のことだったからそこまで高く跳べたたわけではない。まるで地面を走るネズミに飛びかかるように、両手を伸ばして瓦礫を飛び越えた。高さ的に足で着地することは無理だった。せめて顔面から地面にぶつかるのは嫌だと両手で顔を守り、右肩から地面に転がった。
肩に走った衝撃で数秒の間動くことができなかったが、何とか軋む腕を動かし、ゆっくりと体を起こした。
花凛は今自分がどこを向いているかわからない。少女がどうなったか探すために痛む右肩を押さえながら辺りを見回した。
少女はすぐに見つかった。少女はすでに立ち上がっており、着地したであろう場所でぼうっと突っ立っている。
「っいった、」
自分と少女の無事を確認した花凛は、最高潮にあった緊張が少し解けた。そのせいか、怪我した瞬間に気づかなかった傷が発覚した。
先程地面にぶつけた右肩は、上からでは見えないくらいの大きさの瓦礫で切られていた。その周辺も地面に擦った衝撃で皮が剥けている。擦ったところからは血が滲み、切ったところからは血が盛り上がっては、限界を超え皮膚を伝って地面へと流れた。
花凛は咄嗟に左手で抑えたが、手が汚れるだけで血は止まらない。そんな様子を少女は不思議そうに見ていた。
「止まってない……」
少女は抑える手のひらの隙間からこぼれ落ちる血を見ながら呟やく。どうやらこのくらいの傷ならばすぐに塞がるのが当然であると思っているようだ。
「当たり前でしょ。こんなの気にしなくていいから、行くよ!」
一歩歩くごとに傷に響くのか、瓦礫の山を越える前よりも遥かに進む速度は落ちていた。それでも早く逃げ出そうと、小走りで進んでいく。なんとか歯を食いしばって我慢しようとするが、やはり耐えきれず顔が歪む。気にしないと言いつつも、傷は大分ダメージを与えているようだ。
そんな花凛に少女はさっきまでと同じように黙ってついていく。花凛を置いて先に逃げる気も、助けることをする気もない。ただ花凛のペースに合わせるだけだ。
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