第4話 逃走①

 炎に追われ、瓦礫を避け、少女たちはひたすら走る。途中走っていた通路のすぐそばの部屋で爆発が起き、危うく巻き込まれそうにもなったが大きな怪我なく走り抜けることができた。


 初めの方は無理矢理引っ張られるだけだった少女も、手を引かれれば走ってくれるように変化してきた。だから花凛は腕を掴んで引っ張るのではなく、次第に少女の手を握るようになった。それでも、手が離れている時間は出来るだけないようにしている。


 ここまでくる間何度も爆風に飛ばされたり、瓦礫に足を引っ掛けたりして転んだ。その度に手は離れてしまうが、花凛はすぐに起き上がって少女の手を掴み走り出す。崩壊しかけていた部屋で出会った時の様子から、自分が手を引かなければ少女は逃げることはしないと直感的に感じたのだ。


「あとちょっと、だから。もう少し走れば、建物の、外に、でるから! がんばって、走って!」


 手を引かれ、されるがままの少女に花凛は息も絶え絶えに叫んだ。


 もちろん言葉は返ってこない。


 しかし、ほんのちょっとだったが確かに引いている手がぎゅっと握られた。控えめだが確かに返ってきた返事を糧に、花凛は気合を入れる。


――絶対に逃げ切ってやる。機会は今しかない


 今日のこの騒動を逃せば、次はもう二度とないかもしれない。こんな環境で生活するのはもう懲り懲りだ、と花凛は地面を蹴る足に力を込めた。


 そうして走り続けて、さらに五分ほど経った。この廊下を走り抜ければもう出口はすぐそこだというところまで来ている。だが、現実はそううまくはいかない。距離的には後少しだとしても大きな障害物が存在していたのだ。


 最後の廊下は一本道であり、迂回路や抜け道は存在しない。その一本道が瓦礫で塞がれている。隙間は上の方に残るのみで、その大きさは子ども1人が通れるか通れないくらいだ。


 今までのように避けたり跳んだり、勢いだけで走り抜けるわけにもいかず一旦少女たちは足を止める。


「運動神経に自信は?」


「うんどうしんけい……」


  少女は言葉を繰り返すだけで、花凛は欲しかった答えを得られなかった。言葉の意味が分からなかったのだと感じ、もっと分かりやすい言葉で聞いた。


「あなた、あまりことばを知らないんだね。あとでおしえたげる。聞き方変えるね。あそこの小さなすき間までのぼって、あの壁こえられる?」


「できる」


 言葉とともに少女はゆっくり頷いた。どうやら少女は名詞は分からないが、細かく説明すれば分かるものがあるようだ。花凛はそう予想した。


「じゃあわたしが先にいって向こうをかくにんしてくる。だいじょうぶそうだったら呼ぶから、そうしたら上がってきて」


「わかった」


 ここにきて初めて花凛は握っていた少女の手を自分の意思で離す。本当はずっと手を握って引いていたかった。そうしなければ、一緒に逃げてくれないのではないかという不安があったのだ。


 それでも、少女は手を強く引かなくても走ってついて来てくれるようになった。壁を越えるとはっきり意思を示した。

 

 決して自発的なものではなかったが、ほんの短時間で確実に少女は変化しつつあると花凛には分かっていた。だから花凛はまだ不安が完全に無くなったわけではない。それでもきっと少女はついて来てくれると信じることにした。


「合図があるまで待っててね。合図があったら来るんだよ」


 最後にもう一度だけ念押しして、花凛は少女のそばを離れた。

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