第3話 この出会いが運命を変えた②

 その手に反応は示されなかった。そしてそのまま少し時が経過する。数にして表してみれば一分にも満たないが、黒髪の少女にはとても長く感じられた。


 まるで目の前には誰もいないかのように振る舞う少女を見て、もしかしたら自分に話しかけられていると認識していないのではないかと思い、もっと分かりやすく話しかけた。


「そこのあなたに言ってるの、白い髪のあなた! いつまでそうしてるつもり?……っきゃあっ」


 今までよりも一段と激しい轟音が響いた。恐らくさっきまでの音は爆発によるものだろう。しかし、今回は爆発によって何か大きな建物の壁や天井も破壊されたようだった。爆発音に続き、硬く重いものが地面に叩きつけられる音が続いた。


 少女たちがいる場所はそう大きく崩れなかったことから、爆心地はもっと遠くの場所なのだろう。それでもいつ今いる場所が、同じように破壊されるかは分からない。


 このままでは埒があかないと判断した黒髪の少女は、破壊の中そこに在る少女を無理やり立たせ、手首のあたりを引っ掴んだまま力の限り手を引いて部屋の外へと導いた。


「ここにいたら、壊れたかべにつぶされちゃう。外の安全なとこまで走るよ! あなた名前は? わたしは、かりん!」


 黒髪の少女は花凛と名乗った。あなたはと聞かれ、手を引かれる少女が初めて反応を示した。 


「な、まえ……」


 どうやら少女は名前が分からないようだった。なまえ、と呟いたその声に抑揚はなかったが、花凛には名前がどのようなものか聞いているように感じられた。


「名前が分からないの? 名前はね、それが呼ばれたときに、自分のことだって思えるようなもの! あなた、なんて呼ばれたら自分のことだって思うの?」


少女は戸惑った。自分は質問したつもりはなかった。したところで疑問が解決する訳ではないからだ。なのに花凛はいとも容易く答えを投げてきた。


「えす、えぬ、ぜろ、ぜろ、に」


 少女は与えられる時に呼ばれる音を発した。それが名前かは分からないが、花凛言っていた名前の意味におそらく一番近いものがこれだと思ったからだ。


「えす、えぬ……それってSN -002ってこと?」


「わからない。でも、わたししかいない場所でも、わたしに向けて言われたことばだった。わたし以外がいる場所でも、わたしに言われたことばだった。こう言われたときに、わたしが反応しないと大きな声で何か言われて、殴られたから、たぶんそう。」


「違う! それはあいつらがかってにわたしたちに割りふったただの番号! そんなのは名前なんかじゃない!」


 花凛は叫んだ。名前は花凛にとって、命と同じくらい大事なものだった。それが、何の意味も願いも込めずに、管理のためだけに機械的につけたただの番号であっていいはずがない。そう強く感じたのだ。


「じゃあ、分からない」


 少女はそう呟いた。結局少女の名前は分からずじまいだった。 


 何となく気まずくなった花凛は、その後しばらく無言で名前が分からずじまいの少女の手を引いて外へ、外へと向かった。

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