白い軍勢2

 冒険家の階級を気にせず、言い値の報酬を出してくれる。

 なんと美味しい話だろうか。正しく自分達はお金に困っている時だけに、救いの手となってくれるに違いない。これはきっと普段真面目に生きている自分に対し、神様が好機を与えてくれたのだろう。それに世の中にはきっと楽に儲かる話がゴロゴロ転がっていて、世の金持ち達はその方法を独占し、自分達はただ知らないだけ。ならば乗らねば損というものだ。

 ――――等という考えが一つでも浮かんだ輩は、もう少し世の中について学んだ方が良い。

 世の中に美味しい話なんてない。仮にあったところで見ず知らずの他人に教える訳がないし、一誰にでも教える底抜けのお人好しには美味しい話なんて舞い込まない。自分が真面目である事と儲け話がやってくる事にはなんの因果関係もないし、たくさんある筈の楽に儲かる話が一般に知られてない時点でお察しである。

 更に付け加えるなら。


「(なんでこんな小娘がそんな大金を持ってるんだっつーの)」


 話を持ってきた少女の年頃は、恐らく十歳かそこら。この歳で出来る仕事など、畑仕事か店番ぐらいだ。大金を手にする機会などあるまい。

 確かに身形からして金持ちの家の子のようであるが、その金はあくまで親のもの。いくら溺愛されていたとしても、使える金額には限度があるだろう。

 端から信じるに値しない話だ。故にスピカはこの小娘を、どうあしらおうかと考える。


「おお! そんな良い話があるのか!?」


 なお、阿呆ウラヌスはあっさり引っ掛かっていたが。


「あのねウラヌス……どう考えてもこれ詐欺」


「ふふん、あなたは少し見る目がありそうね! 他の冒険家ときたら、金もないのに話を聞きもしないんだから!」


「なんと! 人の話は最後まで聞かないといけないのにな!」


「だからこれ典型的な詐欺で」


「全くよ! パパに教わらなかったのかしらね。さ、他の連中に聞かれたら厄介だわ。人気のない場所に行きましょ」


「ねぇ! 流石にそろそろツッコミが追い付かないから私の話聞いてくれる!?」


「良し! 行くぞスピカ!」


 必死に詐欺を主張するスピカだったが、ウラヌス(と少女)は聞く耳を持たず。乗り気満々なウラヌスはスピカの手を掴むと、ずるずると引っ張り始める。

 ウラヌスの力がどれほど強いかは、言うまでもなし。無理矢理にでも振り解くなら、爆弾矢なり悪臭粉なりが必要だろう。流石にそれらを市街地で使うのは躊躇われる。


「(まぁ、うん……お金は私が持ってるし、悪漢に襲われてもウラヌスがいるし……話だけでも聞くか)」


 面倒臭くなってきたスピカは、ウラヌスに抗うのを止めて大人しく引きずられていくのだった。

 ……………

 ………

 …

 どんどん進む少女に連れられ、やってきたのは町の路地裏だった。

 路地裏と一言で言っても、都市によってその『様相』は千差万別だ。例えば帝国の中心である帝都ならば、意外と小洒落ていて、ゴミなども落ちていない。発展していれば人口が多いので路地裏を通る人も多く、治安は悪くなり難い。対して貧しい都市では、路地裏にはゴミなどが散乱している事が多い。清掃の手が行き届いていないからだ。そして人通りの少なさから治安が悪く、ならず者が居座っている事もしばしば。そこでなんらかの被害に遭っても、わざわざそんな道を通る方が悪いと言われてしまう。

 この町の路地裏の様相は、豊かさと貧しさの中間ぐらいだろうか。ゴミなどはなくて綺麗だが、人通りが少ない。ならず者の姿もなく静かだ。内緒話をするにはうってつけ、と言えなくもない。


「さぁ、依頼の話をしましょ!」


 この頭空っぽそうなちびっ子が、そこまで考えているとはスピカには思えなかったが。


「うむ! スピカ、良い話があって良かったな!」


 ウラヌスはウラヌスで上機嫌。詐欺の可能性など微塵も考えていないらしい。こちらの亜人も子供と同じぐらい頭空っぽのようだ。

 スピカだけが呆れたようにため息を吐く。


「(まぁ、話だけでも聞いてあげようかな。で、本当に詐欺なら頭にゲンコツを一発食らわせておこう)」


 半分の諦めと、半分の疑念を抱きながら、スピカは少女の『依頼』について話を聞く事にした。二人を嗜めるにしても、話も聞かずにやったところで聞き流されるだけになりそうなので。


「……良い話かどうかは、聞いてから判断するわ。で? 私達にしたい依頼って何かしら?」


「ふふん。依頼内容はね、私を南にある町クエンまで送り届けてほしいの」


「ふぅん、護送依頼って事ね」


 依頼の話を聞きながら、スピカは自分の頭の中にある知識を読み返す。

 宝石都市クエン。

 少女の言う『クエン』という都市は、ほぼ間違いなくそこを指しているのだろう。宝石都市というのは自ら名乗っている訳ではないが、一般的にはこの呼名の方が通りは良い。理由は付近に巨大かつ多種多様な宝石の鉱山があり、それを販売する事で莫大な利益を得ているからだ。

 宝石都市クエンから得られる宝石は品質も良く、帝国のみならず世界中で様々な用途に用いられている。例えば貴族など富裕層の人々が自らを飾るために使うもの……一般的にはこの需要が一番多い。しかし他にも使い道があり、ある種の宝石は研磨剤の材料になるという。

 研磨剤というのは、この世界において極めて重要な物資だ。

 それは高品質の武具が、いずれも『動物性』であるため。例えばドラゴンの骨を加工して作った剣は、金属の鎧を牛酪のように切り裂くという。ドラゴンの皮で作った鎧や甲は、鉄の剣を通さないと聞く。国防を担う騎士団や親衛隊などはその最上級装備で身を固めているらしい。

 スピカのような一般冒険家には高くて手が届かないが、それでも命を預ける武具は高価な動物性のものを使う事が多い。例えばスピカの使う弓は、とある地域で神獣と崇められているキムンカムイというクマの皮と、百年経とうと朽ちないというプルセルピナの蔓で作られたもの。毎日の手入れは必要だが、手入れをすれば何年でも変わらぬ性能を発揮してくれる。安物の弓ではこうはいかない。

 それら強大な獣の皮や骨は、金属を超える性能を持つ。当然、これらをただの金属では研磨など出来ない。それに金属の中には腐食性を持つものもあり、擦り付けると駄目にしてしまう物もある。しかし宝石都市で得られる一部の宝石は、獣達の身体を削るほどの硬さと、反応を起こさない安定性を持つ。この宝石で作った研磨剤であれば、獣達の身体を材料にした武具が作れるのだ。

 ちなみに、宝石そのものを武具に加工するのは好ましくない。鉄などと違い熱を加えても全く溶けないため成形出来ず、塊を削ろうにも産出するのは大抵小指の先程の大きさで、しかも大きいものは叩くと簡単に割れてしまうからだ。宝石剣を作ったとしても量産なんて出来ないし、出来上がったもので相手を切りつければすぐ折れる。

 ……話を武具の加工に戻そう。宝石の研磨剤はそれら獣製装備の加工に欠かせないのだ。もしも供給がなくなれば、人類の戦力は大きな後退を強いられるだろう。他にも、ある種の危険な薬品の保管に使う容器の原料や、特定の動物が嫌がる香料の材料などにも宝石は使われている。

 クエンで得られた宝石は、世界の国防や医療にも深く関わっている。その辺りを知らない多くの一般人(宝石を使ったものは高級品が多いので、用途を知らない人も多い)からは『成金都市』などと揶揄される事もあるが、宝石の価値を知る者達には大変有り難く思われている都市だ。

 そしてスピカが行きたかった、この町の南にある都市である。


「(確かに、願ったり叶ったりな依頼ね。事実であれば、だけど)」


 魅力的な条件。しかしそれに飛び付くような輩は、詐欺師からすれば魅力的な『カモ』である。

 そもそも何故彼女は宝石都市に行こうとしているのか。確かにクエンは大都市であり、人の出入りが多い。されどその目的は主に商売。他の都市や国に高く売り付けるための宝石の仕入れ、鉱山だらけで食糧生産に向かない宝石都市クエンに食べ物を輸出、クエンの高い購買力に目を付け貴重な書物を販売……基本的には商人が出向く都市だ。こんな小娘が商売をしているとは思えない。

 いや、商人云々以前に、この手の年頃の子は普通親と行動を共にするものだ。旅の護衛を冒険家に依頼するのも親の仕事。子供の出番など……精々部屋の隅で「私達を助けてください。出来れば格安で」と主張するよう涙目になるぐらいしか……ない。

 この少女の言葉は最初から最後まで疑問点ばかりだ。


「どうしてクエンに行きたい訳? 何か用でもあるの?」


「……い、良いじゃない、そんな事。護送してくれれば謝礼は出すわよ!」


 尋ねてみれば少女は露骨に目を逸らし、しかも話を誤魔化す。

 嘘の吐き方があからさま過ぎる。想定すべき質問への答えを用意してないなんて、稚拙にも程があるというものだ。

 子供か、と言いたくなったが、目の前にいるのは子供だ。それに恐らく真っ当な大人は彼女の依頼に耳も傾けていないだろう。スピカもウラヌスが話を進めなければ、適当にあしらった筈だ。今回が初の問答だとすれば、手際が悪いのも仕方ないかも知れない。

 そしてそれは、相手から情報を引き出したいスピカにとっては好都合。相手の不慣れなところを突き崩すのは『対決』の基本である。


「いやいや、依頼主の事はちゃんと知らないと。目的が分からないと不足の事態に対処出来ないかもよ?」


「な、な、なら……べ、別に断っても良いのよ! 冒険家なんていくらでもいるんだから!」


「いやぁ、この条件じゃ誰に頼んでも無理ねぇ。優秀な冒険家ほど警戒心が強いから、少しでも疑問点があれば断っちゃうわよ? 断らない冒険家は質が良くないから、命がいくらあっても足りないんじゃないかなー」


「うぐ、うぐぐぐぐ」


 反論を二度ほど行えば、少女は顔を赤くしながら悔しがる。

 意地悪をする気持ちはない、と言えば嘘になる。しかしスピカの告げた話に嘘はない。優秀な冒険家というのは常に最悪を想定し、それに対処するように行動するものだ。無論、対人関係であろうとも。

 話し手が少女だとしても、胡散臭い話には乗らない。背後に何がいるか分からないのだから。もしもこんな話を受ける輩がいたら、底なしに善良な阿呆か、或いはが目当てか。どちらにしても少女の命は保証出来ない。

 そういう意味でも諦めさせるのが、大人としての役割だろう。それに、明かした目的次第では助けてあげない事もない。それもまた大人の役割である。


「う、うぅ……その……」


 さて、そんなスピカの思いなど知る由もないであろう少女は、途端にもじもじし始めた。何かを言おうとしているが、躊躇っているようだとスピカは感じる。

 しばし何も言わずに待っていると、少女は気丈に振る舞いながら、けれども明らかに目を泳がせて話し出す。


「じ、実はクエンは私の生まれた町なの! だからそこに帰るのよ!」


「帰るなら家族と一緒じゃなきゃ駄目でしょ。ご家族は何処にいるの?」


「か、家族は、わ、私と一緒じゃないわ! 私は一人前だから、その、一人で町にいても良いの!」


「子供一人で他の町に行かせて、それで帰りも自分でやれ? 責任ある大人なら、そんな事はしないと思うわよ。大体、クエンからこの町に来たってんなら、行きで護衛してくれた人達がいるでしょ。その人達に帰りの護衛も頼めば良いじゃない」


「あ、あの、その人達は、べ、別の仕事が……」


「ふぅん。ま、片道だけの護送とか珍しくないけどね。滞在期間が未定なんて、商人ならよくあるし。でも、あなた商人じゃないわよね? この町で商売するなら、許可書ぐらい持ってるでしょ? ねぇ?」


「きょ、きょ、きょか、か」


 問い詰めれば問い詰めるほど、少女の口から出てくる言葉はあやふやになっていく。ちなみに許可書云々は事実だ。というより多少発展した町なら何処でもやっている。ある程度町が大きくなると徴税も大変なので、誰がどの程度稼いでいるか目を光らせる必要があるからだ。

 そうした基礎的な知識がない以上、彼女は商人ではない。無論、こんな無知な子供を一人前としてほっぽり出す親は(虐待や頭がイカれているなら兎も角、普通ならば)いないだろう。嘘で塗り固めた話が、ボロボロと壊れていく。


「ぅ、うぅ、ぅ……」


 ついに少女は大粒の涙を零し始めたが、スピカは追及を緩めるつもりなどない。


「ほれ、ほんとの事を話しな。相談に乗らない事もないからさ」


 『優しい言葉』で追い討ちを掛ければ、少女はついに白状した。

 曰く、少女はクエンでも特に大きな大富豪の家の娘らしい。

 家族は父と母の他に兄と姉が一人ずつ。皆優秀で優しい……のだがどうにも最近構ってくれず、おまけに子供扱いばかりしてくる。更に母親から許嫁を紹介され、将来まで決められてしまう。止めに父親が、大事に取っておいたお菓子を食べてしまった。

 なので家出を敢行した。

 家に来た商人の馬車にこっそり乗り込み、クエンから出立。積荷が腐ったり傷んだりしない宝石であったため商人達は馬車の中を逐一確認する事もなく、またお菓子を服の中にたっぷりしまっていたので少女がお腹を空かせる事もなく、小便などは商人達が休んでいる時にこっそり済ませていた(「誰も見てないなら平気」だそうで割と図太い性格らしい)ため、三日間の旅を誰にも見付からずに完了出来た。

 そして町に辿り着いた後、少女は馬車から脱出。『お小遣い』片手に町を観光した。宿代もお小遣いから捻出。家で出されるものより格式は遥かに下がる、大雑把で如何にも安っぽい味付けの、けれどもとても美味しい料理に舌鼓を打つ。そしてこれから一人で、力強く生きていくんだと決意した。

 ……というのが二日前の事。

 流石に二日間も町にいて、金持ち少女は気付いたのだ。お金というのは、子供が簡単に稼げるようなものではないのだと。貧民の子は薄汚れた服のまま、重たい荷物を一日中運んで、それでようやく一日分の食事を得られるのだという事実も目の当たりにした。


「で、そんな生活に耐えられないから家に帰りたいけど、クエンに行く馬車がどれか分からないし、しかも大抵食料品だから場所の中を定期的に確認して密行がバレて怒られそうだから、途方に暮れていた、と」


「……………はい」


 真実を解き明かされて、少女はすっかりしおらしくなっていた。スピカは大きなため息を吐く。

 如何にも子供っぽい、後先考えない行動だ。商人が動物に襲われた時の危険性を全く考慮していない点や、進退窮まってから対策を考えるところも含めて。

 一つ、気になる事があるとすれば。


「(なんで、娘が家出してるのに迎えの一つも出さないんだろう?)」


 話通りなら、少女はとある大富豪の娘である。少なくともそれは間違いない。そして『お小遣い』として二日分の宿代を余裕で賄える金額を、ポンッと渡すぐらいには溺愛していた。小遣い額の大きさが愛情の大きさとは言わないが、指標の一つにはなる。

 そんな愛娘が行方知れずになったなら、普通は全力で探す筈。資金力に物を言わせて目撃者を掻き集め、この少女の行方を探すだろう。

 恐らくこの少女は少女なりにこそこそと行動していただろうが、しかし所詮小娘の行い。少なからず目撃者がいると思われる。乗り込んだ馬車やその行く先を詳細に知る必要はない。馬車や商人の集まる場所に向かったと分かれば、家出先の候補に都市の外が出てくる。

 クエンは大都市であるが、同時に辺鄙な場所に存在する町でもある。クエンと直接交易を行っているのは、基本的にこの町しかない。都市の外に出たという考えが出たら、この町に『部下』を向かわせる筈。商人の馬車というのは基本的に荷物をたくさん積んでいるものなので、ハッキリ言って非常に遅い。しかも馬を休ませたり、食事させたりと休憩時間も多く必要だ。その馬車で三日の道のりなら、冒険家が単身かつ急ぎ足で向かえば二日ほどの行程で済む。

 少女が出た一日後に冒険家を送り出せば先回り出来ただろうし、二日目三日目に送り出しても今頃この町に辿り着いている。人探しとして多少少女の名前が出ていそうなものだ。ギルドにも依頼を出すだろう。

 なのに、どうして少女を探している人物や依頼書がまだないのか? 三日以上探し回って、家族は娘が町の外に出た可能性を寸分も考えていないのだろうか?


「(まぁ、単純に気付いてないだけ、という可能性もなくはないけど……)」


 少女の家出を誰かが目撃している、という話の前提は、あくまでも可能性の話だ。奇跡的に、偶々誰一人として少女の姿を見ていない事もないとは言い切れない。

 ……ひとまず、少女の事情は理解した。

 奇妙な点はあるが、恐らく少女の言葉そのものに嘘はあるまい。子供らしい思い切りの良さと、それを可能とする財力が招いた悲劇だ。金に物を言わせた結果と考えれば自業自得だと嘲笑いたいところだが、子供相手にそれをするのは人間的に情けない。

 一人の大人として言えば、小さな子供の悪意なき失敗は、ゲンコツ一発で許してやるべきだろうと思う。

 その上で、スピカは問う。


「……ちなみに、今手持ちはいくらあるの?」


「ぅ……お、お金は……あの……」


 スピカの質問に、おどおどしながら少女は懐から貨幣を取り出した。

 広げられた掌に乗せられた貨幣は、銀貨五枚。

 ……子供が持っていて良いような金額ではない。しかしこの町から宝石都市に向かうまでの道のり、その間の保存食などの購入費だけで全て使い果たす程度の金だ。獣に襲われる可能性を考えると武具の整備もしたいのに、修繕費すら捻出出来ない有り様。通常はここに人件費利益を上乗せするものだ。要するにこの金額では、まともな金銭感覚の冒険家は絶対に護衛の依頼を受けない。

 だとすれば、スピカも断るのが合理的だ。いや、合理的と言うより単純に『仕事』になっていないのだから、受ける受けない以前の話である。

 しかし――――


「お願いします……パパと、ママに、会いたいです……う、うぅぅ……」


 泣き出した小娘を突き放すほど、腐った人間という訳でもない。

 それに比喩でなく、父親達の使いがあと数日来なければ彼女は銀貨を使い果たして宿にも泊まれなくなる。この町は比較的治安が良いが、それは大人が宿にしっかり泊まり、夜間出歩かなければの話だ。子供が一人深夜の町を練り歩けば、何時攫われてもおかしくない。

 帝国内での人身売買は違法であるが、根絶されている訳でもない。子供を買うような輩の下に置かれたら、見た目可愛らしいこの少女は……


「……ああもう! 泣くんじゃない!」


「ひっ、ご、ごめんなさい……」


 怒鳴るようなスピカの窘め方に、少女は怯えた顔を見せる。


「アンタの事、私が家まで連れてってあげるから安心なさい!」


 しかし少女の顔は、スピカのこの一言で瞬く間に切り替わった。


「ほ、ほんと!?」


「こんなところで嘘なんか吐かないわよ。ほら、泣き止んで。あとその銀貨五枚はちゃんと依頼料としてもらうからね」


「うん! はい、これお代!」


 元気良く頷いた少女は、銀貨をスピカに渡してきた。契約書も何も交わしてないのに、もう金を支払っている。

 これはこれで詐欺に騙されそうだからちゃんと教えないとなぁと、大人であるスピカは漫然と思う。


「む、話は終わったか?」


 ちなみにウラヌスは、途中から話を聞いてなかったのか、なんとも暢気な事を言い出す始末。

 自分が呼び込んだ案件を他人に任せてほったらかし。これもまた子供のやる事だ。

 少女とウラヌス。『子守り』しなければならない対象が二倍に増えた事実を今更認識したスピカだったが、満面の笑みを浮かべる少女の前ではやっぱ止めるとは言えず。

 自分の『悪癖』に項垂れながら、少しでも安全な旅路の計画を頭の中で練り始めるのだった。

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